夜の神体山
あれからルーク兄様はいつも通りお優しく、カッコ良く、それでいて紳士的に私に接して下さった。そう言えば紳士度に関しては、以前よりさらに上がったと思う。最近時々私をエスコートして下さるようになったのだ。エスコートっていうのは、ルーク兄様が左肘を軽く曲げ、隙間ができたところに、私が右手をかけ、二人で歩くというやつだ。
先日、食堂まで行こうとしたところ、また絨毯の上で派手にこけてしまい、向かい側からやって来られたルーク兄様に体を起こして頂き、食堂までの少しの距離を、エスコートして頂いた。お優しいことこの上ない。
最近、マナーの授業で習われたのかな?
最初、エスコートして下さるとき、地面にこけていた私の体を起こしてから、私の右斜め前くらいに立たれ、私の右手をルーク兄様の曲げられた左肘に乗せるよう、ご自身の右手で私の右手を取り、左肘の上にそっと置かれて、「じゃあ、行こうか」と仰ったんだけど、そのとき少し緊張されてたように、ちょっと思った。
私はというと、突然何だ?って頭にいっぱい”?”が飛んだのち、ああ!前世のアニメで見たやつだ!って、ちょっと時間を置いてから、気が付いた。
ルーク兄様は日々素晴らしいことを学んでいらして、それを私で実践されるとか、復習を怠らないその姿勢、非常にステキ過ぎるな。
私は単なる練習台ではあるけれど、そんなのはもう喜んでやりますよね、進んでやります。日課として毎日のスケジュールに入れてもらってもいいくらいだ。だってホントにもう、カッコいいんだもん。
ま、まあ、ただ歩くだけだし、そんなに練習が必要でないのが分かりきっているので、残念ながらスケジュールに組み込むのは難しいに決まってるけど、ルーク兄様と行き先が同じとき、バッタリ鉢合わせすればいいなって、ちょっと最近新たな楽しみができた。非常に嬉しい限りである。
そんなことがあったり、日々クラウス先生の授業を受け、王立学院入学の準備の備えつつ、ボールドウィン侯爵家の皆さまと日々楽しく過ごしていると、緑生い茂る夏がやって来た。
昨日のディナーのとき、夏の夜の蛍がキレイだという話が出て、養父様が、
「小さい頃に神体山山頂の蛍を見に行ったことがあるのだが、本当に絶景だった。ルークやルシフェルが生まれた時には神体山に入ることができなくなっていたので、今まで見せることができず残念に思っていたが、ソフィーのお陰で今イラエ山は入山できるようになったので、今年は見に行けるのではないだろうか」
と、私たちに夜の蛍鑑賞を勧めて下さった。
でも、夜の神体山なので、クラウス先生に付き添いを頼まなければとも仰った。
貴族の親御さんは、子守というか、お子さまと一緒の時間をあまり持たれないのかな? 確か前世のアニメでも、子離れが早いというか、そんな感じだったような気がする。小さな頃の子育ても、割と乳母さんがやったりする場合も多いし。
でも、一緒に見れたら楽しいと思うんだけどな……。
いや、でも待てよ。
ルシフェルと養母様が一緒だと、めちゃうるさくなっちゃって、蛍が逃げちゃうとかあるのかも? そして、クラウス先生とルーク兄様ふたりいれば、ルシフェルひとりなら押さえられるだろうという、養父様の超懸命なご配慮かも??
……これは、養父様のご決定に全乗りしようと思う。
そうこうしてると時は過ぎ、皆んなで蛍を見に行く日になった。
時間は夜の八時くらい、辺りはすっかり暗くなっている。
私たちはボールドウィン侯爵家の転移陣の前で待ち合わせし、皆んなで神体山の凱旋門の前に転移した。
でも辺りが暗いんで、誰か『ライト』でもしてくれるのかなって思っていると、ルーク兄様が、
「『ライト』だと、上手に加減しても明るくなりすぎるだろうか。他の動物を驚かせたりして、蛍が逃げていってしまうかが、気になる……ランタン持って来れば良かったかな」
と仰るので、クラウス先生が、
「ならば私が加減しましょう」
と仰って、『ライト』を唱えようとされるんだけど、今度はルシフェルが、
「『ライト』もいいけど、ソフィーのモーゼの杖でもいいんじゃね? ちょうどあれ、常にぼんやり光ってるから、『ライト』よりも、なんか雰囲気出ていいじゃん」
と、いつものニカって笑顔と共に、あっけらかんと言った。
まあ、私は全然構わないのだけど。
私は、さっと手にモーゼの杖を出した。確かにぼんやりとした光が、雰囲気出してるな。
「おお! 今から夜道を探検するって感じ、出てるじゃん!?」
「ルシフェル、探検ではない、蛍を見に行くんだ。だけどまあ、ちょうど良い感じの弱い光で、いいのかも知れないが……」
と、ルシフェルは歓喜、ルーク兄様は困惑、そしてクラウス先生は、何故か天を仰いで嘆息された。
「ルシフェル様、モーゼの杖を、ランタン代わりなど……。恐れ多いにもほどがあります……」
と、一気に疲れがどっと吹き出たご様子だ。
そう言えば以前、私が厨房で料理したときも、『モーゼの杖を調理器具代わりなど……』と、少々お困りのご様子だったな。
この発想はあれか、養母様の教育の賜物なのかも知れない。
セレスティア流、前向き楽観的、常識には一切捕らわれない系、光の教育が、知らず知らずに私にも身についていたようだ。養母様の教育の成果が、こういう形でも私に表れるんだな。王命通りに順調に、私はすくすくと育っているようだ。良かった、良かった。
常識人のクラウス先生は、ちょっと戸惑いを隠せないようだけれど……。
それで、私はどうすればいいのかな?って思ってぼんやりしていると、ルシフェルがしきりに私の腕を引っ張って上に行こうとするので、なんかなし崩し的に、モーゼの杖のぼんやりした明かりを頼りに、山頂まで目指すことになった。
モーゼの杖のぼんやり明かりだけで歩く神体山頂上への道、この季節ならではの肝試しみたいだ。
ちなみに私は、そういう系は大嫌いの極みなので、右側にはルーク兄様、左側にはルシフェル、「どうか私のそばから、絶対に離れないで下さい!」と強い口調で言い、ルーク兄様とは腕を組んでモーゼの杖を掴み、また左手でルシフェルの袖をむんずと掴み、体小刻みに震わせながら歩いていく。
ルーク兄様には時々エスコートしてもらっているけれど、日頃の成果がこういうピンチの時に出るのか、実に素晴らしいと思った。
いつも私はあんまり自己主張するタイプではないので、ルーク兄様もルシフェルも、どうやらちょっと驚かれたようだけど、なりふり構ってはいられない。
ルシフェルは「大袈裟だなあ」と口調からして呆れ顔のようだけど、呆れようが何しようが知ったこっちゃない。私は怖い、怖いものは怖い、それだけだ。
ルーク兄様は、腕を組みつつモーゼの杖を持っている私の手をポンポンとして、「大丈夫だから」と、お優しい口調、本当にほっとする。今、暗いんであんまりお顔の様子が伺えないけど、相変わらずカッコいいに違いない。見れないのが、とても残念に思う。
まあ、ルーク兄様がカッコいいのは置いておいて、これは、キレイな蛍を見るためとはいえ、払う代償が大きすぎるな。マジ、怖すぎる。でも、私の周りには腕の立つ殿方が三人もいるので、安心してればいいんだけどさ、この植え付けられた怖さっていうんかな、なかなか払拭しきれない。
っていうかふと疑問に思ったんだけど、この世界に出てくる幽霊っていうのは、レイスとかゾンビとか、アンデットになるんだろうか? つまりそれは、魔物ということなんだろうか……
クラウス先生に尋ねてみたい気もするけど、前世の説明っていうか、幽霊の概念を、ちょっと説明しづらいな。
幽霊やお化けではなく、出るのは魔物って思うと、なんかちょっとだけ、いつもと同じ心構えでいいのかなって思えてくるところが不思議だ。幽霊と魔物がどっちが強いかとか、そんなの私には分かりっこないけれど、でもやっぱり、小さい頃から怖いと刷り込まれて怯え続けているものと、最近存在を知って怖いけれども魔法での対処法をある程度教えてもらっているものとでは、感覚が違うのかも知れない。
まあ、何にしたって、めっちゃ怖いには違いないんだけどね。 暗い夜道は何が飛び出してくるのかも分かんないしさ。
私は、ルーク兄様と組んでいる腕を、それこそプロレス技が決まるかのようにガシっと組み、そして、ルシフェルの袖を力強く握り、絶対に離すまいと心に固く決意しつつ、歩みを進めると、ようやく山頂が見えてきた。
蛍はまだ出てきていない。少し時間が早かったようだ。でも一枚岩があるので、山頂は少し光っている。
ちなみに魔力奉納に来られている貴族たちはいなかった。クラウス先生が仰るには、夜に貴族たちの魔力奉納がないのは、主に宗教的な問題があるという。
先日、先生から習ったけど、この世界には週に一回安息日があり、基本、皆んな働かずに一日中休んでいないといけない日がある。基本っていうのは、『モーゼの十戒』に記されていることなんで、以前はすごく忠実に守られていたんだけど、さすがに忠実に守り過ぎると、突然出てきた魔物を騎士団が討伐に行けず、魔物被害が尋常じゃなかったり、農業関係の皆さんも仕事がままならなかったり、料理人やメイドたちに一日中休まれたら困る貴族の皆さまたちもいて、何代か前の王様が、どうしても働かなければならない人たちは、働いても良い、休みは交代で取りなさい、っていうことになったそうだ。
でも、聖職者の皆さまは、神の教えということで、律儀に守っていらっしゃるという。
あと、神体山というのは、その名の通り”御神体”であり、つまりそれは”神の化身”とも考えられ、この世界では神と同等として扱われているので、神様に安息の時間を与えないのは不敬とかいう理由で、夜の魔力奉納はよっぽどの理由、つまり”神の御意思”がないと、できないことになっている。
世界中の魔力不足を考えると、昼夜問わず魔力奉納したほうがいいとは思うけれど、”神の御意思”ならば、致し方ないよね。
大体、魔力奉納の順番も、『神の御意思』通りの順番で、一日の奉納者も決められてるもん。神様も、少しはお休みしたいのかな、それとも他のお考えがおありなのかな、神様の考えることは、ちょっと良く分かんない。まあ、凡人には計り知れないお考えがあるのだろう。
まあそんな理由もあり、今日の夜、魔力奉納はしないけれど神体山に来ることは、一応王様の許可を取ってあるという。
ああ、なるほど、最初養父様や養母様が一緒に来られないの、子離れ早い系の貴族のしきたりかなって思ってたけど、まあそれもあると思うけど、それだけじゃなくて宗教的な問題もあるから、王様の側近であるクラウス先生に付き添いをお願いされたんだなって思った。




