ルーク兄様の”お手々ぎゅっ”
一番最初は確か、お屋敷の絨毯がふかふか過ぎて、転んだ時だったと思う。
向かい側から歩いてくるルーク兄様、ステキだなあと思いぼんやり見惚れていたら、思いっきり派手に転んでしまった。
すぐに走って私のもとへ駆け寄って下さるルーク兄様、私の手を取り、優しく体を起こして下さり、そして、「大丈夫かい?」と問われ、そして”お手々ぎゅっ”して下さった。
お屋敷の絨毯は、ふかふか過ぎるんで転んだって痛くもないし、ケガなんか、しようと思ってもできないレベルのふかふかさだ。
まあ、そのせいで、私がよく転んでしまうのもあるのだけど。ふかふかだとどうしても、足を取られてしまうのよね。王立学院入学に向けて、お勉強も大切だけど、歩く練習もしたほうがいいなって、密かに思っている。王立学院に絨毯があるかは分かんないけど、もしあったらコケっぱなしで大変だからね。
で、私は当然大丈夫なんで、「大丈夫です」って言うと、私の手を包むルーク兄様の両手に、少し力が入ったのち、「良かった」と言って、優しく微笑まれる。
この微笑みがさ、本当に心穏やかになるという、心なごんで、めちゃ落ち着くんだよね。琥珀色の髪に金色の瞳の美少年の微笑み、太陽のようというか、心が日向ぼっこしてるようなさ、心にじんわり来るものがあって、私は凄く励まされて、とっても大好きなのだ。
『次は、コケないように頑張るぞっ』て、自然と前向きな気持ちになるよね。
その後、今度はお屋敷で迷子になったことがあった。
ボールドウィン侯爵家は本当にあんまりにも広いお屋敷で、どこをどう歩いたのかもう全く分からなくなってしまい、半べそかいていていたら、ひとつの部屋の扉が開き、ふと見ると、ルーク兄様がお部屋から出られるところだった。
私は、希望の光を見つけたって思って、だてに光の一族名乗ってないなって、めちゃ感動して、半べそになりながら瞳をさらに潤ませていると、ルーク兄様が駆け寄って来て、「どうしたんだい?」と、心配そうに声をかけて下さり、そして私の手を取って、”お手々ぎゅっ”して下さった。
私は、半べそ状態のまま、ドミがいないから暇だなあと思って、お屋敷を探索しようと自分の部屋を出たんだけど、お屋敷があんまりにも広すぎて、迷子になって、もう、自分の部屋に戻れなかったどうしよう、お屋敷内で野垂れ死ぬか、餓死したらどうしよう、皆さまに迷惑かけちゃう、どうしようって思って、途方に暮れていたと、必死に状況を説明した。
そんなときもルーク兄様は、真剣な表情で私の説明を聞いて下さり、「それは怖かったね、私がソフィーの部屋まで送っていくから、もう大丈夫だよ」と仰って、”お手々ぎゅっ”しながら、優しく微笑んで下さった。
ルーク兄様とルシフェルのお部屋は、私が後から養女に来たからか、私とは性別が違うことが関係しているのかは分からないけれど、私の部屋と結構離れている。
一緒に歩いているときも、ルーク兄様はとっても親切で、
「迷惑じゃないからね。もっと頼っていいんだよ」とか、
「足元気を付けてね。転んじゃうよ」とか、
「次からはドミを呼ぶベルを持ち歩いてもいいんじゃないかな? さすがにソフィーの居場所までは分からないけど、呼ばれたのにソフィーが部屋にいなければ、主人の一大事とドミは思い、手を尽くしてくれるんじゃないかな?」とか、
色々気にかけ、提案して下さった。
養父様や養母様、あとクラウス先生もかな? きっとルーク兄様に、私のことを気にかけて、困ってたら助けて励ますようにって、言いつけているとは思う。そしてルーク兄様は、性格が超真面目だから、言いつけ通り、私が困っていたら助けてくれるに違いない。
でもルーク兄様の場合、超真面目なだけじゃなくて、超お優しくもいらっしゃるから、きっと言いつけがなくても私のこと、色々助けて下さるんじゃないかな、とも実は思えて、そう考えると凄い感謝で、有難いなってホントに思うのだ。
私はルーク兄様に感謝の気持ちを伝えるとともに、あと会話の流れから、私がボールドウィン侯爵家に養女となった影響とか、そういうの出てるのか、みたいなことをちょっと道すがら聞いてみた。
「父上は、可愛い娘ができたと目を細めているし、母上は、初めてできた娘に嬉々として、何かにかこつけて張り切っているし、ルシフェルは、面白いやつが来たって喜んでるし、私も、可愛い妹ができたので嬉しく、妹に頼られる兄でありたいなと、思っている」
と仰って、優しく微笑まれた。
いい話すぎる、皆さまこんなに私のことを思って下さってるなんて、ホント涙が出そうだ。
もちろん、私に良くして下さるのは最初からなんで、私も当然知ってたけど、改めてこうして聞くと、本当感動だなあ……。
でも、『可愛い』のところは、めちゃ恥ずかしいわ。
もちろん、現世での私の容姿がめちゃいい感じなのは、初めて鏡見たとき顎外れるかと思うくらい驚いたんで、知ってはいるんだけど、私は前世で性格形成されていて、こっちに来てからはまだほんのちょっとしか経ってないんで、やっぱり、戸惑うんだよね。
あと、私を養女として迎えるに当たって、ボールドウィン侯爵家で家族会議をしたらしい。
ほほう、それは面白そうな話だな。
私は興味深く聞いていると、王立学院でも一緒のルーク兄様は、とにかく私をサポートして励ます、という任に就くことになったらしい。
おお、やはりそのような話が事前に出ていたのか、と思いつつ、じゃあ、王立学院では同じ学年で、さらに一緒にいる時間が多くなるルシフェルは、いったいどんな任に就いたんだろう?
不思議に思って聞いてみると、ルーク兄様、
「ルシフェルは、父上と母上から『とにかく邪魔はするな』と、きつく言い渡されていたよ」
る、ルシフェルらしいな。邪魔をしないのが任務とか。皆んなの足を引っ張らないのが最大の貢献とか。ルシフェルだから愛嬌で、全部許されちゃうんだけどね。
それで、ルシフェルがあまりに頼りないんで、ルーク兄様の負担が重くなるけど、何とか頑張って欲しいと、養父様、養母様から懇願されたそうだ。
「ルーク兄様、本当に申し訳ないです。今もこうやって、私の部屋まで送らせてしまい……なるべく兄様の負担にならないよう、私も気をつけていきたいです」
と、申し訳ない気持ちいっぱいで言うと、ルーク兄様は少し笑みを浮かべ、首を左右に振られた。
「父上、母上に言われたのは確かだけれど、それ以上に、可愛い妹の前では張り切りたい気持ちがあるというか……。ルシフェルは、ああいう性格だし年齢が近いのもあって友達みたいな感じだけれど、実は兄として、本当は年下の兄弟からしたわれたかったというか、妹ができて、初めて自分のそういう気持ちに気がついて……。だから、頼られるのはとても新鮮で、非常に嬉しく思っている」
そう仰って、満面の笑みを私に向けられた。
ま、眩しすぎます。頼られたら嬉しいとか、ホントですか? 私のほうが嬉しすぎて、小躍りしそうですよ、今?
でもとりあえず、小躍りしたい気持ちを頑張って押さえ、私は、
「何でもできるルーク兄様のこと、既にとても尊敬していて、いつも頼りにしていて、今も甘えさせてもらっています。本当にありがとうございます」
と丁寧に、そして私も満面の笑みで答えた。
ルーク兄様と一緒にいると、暖かい空気が流れるなあ……
と思いつつ、なごんでいたら、もう私の部屋の前まで着いてしまった。
ああ、このなごみタイムもお終いか、ちょっと残念だな……
とは思ったものの、気を取り直してルーク兄様にお礼を言った。
「部屋まで送って下さって、ありがとうございました……あ、でもルーク兄様、お部屋から出て来られたところ、バッタリお会いしたということは、兄様もどこかに出かけられる予定だったのではないですか? 気遣いできず、時間をと取らせてしまい申し訳ありません」
迷子になってテンパってたんで、うっかり忘れてた。
こういうところがホント、気の回らない女というか、女子力の低さが完全に露呈しまくってるわ、とほほ……。
私は自分自身にガッカリしつつ、でも、気を取り直してルーク兄様を早く予定のほうに向かわせようとすると、
「そんなに慌てなくていいよ。今日はこれから父上と稽古なんだけど、いつも時間があるときは三十分以上早めに行って、練習してるから。今日も、今から向かってもまだ余裕で間に合うから、大丈夫」
と、慌てる私を心配しつつ、優しく微笑んで下さった。
正直、私よりもルーク兄様のほうが、女子力高いと思うな。気遣いも、大人レベルだよ、ホント。
「ルーク兄様はもう本当に、色んな方面で秀でていて、人間できすぎっていつも思ってます。優秀で、真面目で、クラウス先生も兄様のこと、勇者気質みたいなこと仰ってたことありました」
本当に、ルーク兄様が勇者だったら、安心して世界を任せられるって心底思っちゃうな。
でも、私のそんな発言に、ルーク兄様は首を左右に振られた。
「いや、私が真面目に見えるのは、身近な比較対象として、いつも隣にルシフェルがいるからだと思う。あいつは、良くも悪くも個性的だから」
……なるほど、そういう視点もあるのか。だからこそ余計に、優秀で真面目な感じが際立っちゃうのかも知れないな。
でも、ルーク兄様は、必要以上に良い人と思われるの、イヤなのかな? きっと皆んな、ルーク兄様のことを純粋に褒めたいだけだと思うんだけど。
ルーク兄様に聞いてみたら、
「イヤだという感情よりも、ピンと来ない、という感情のほうが強いと思う。ルシフェルは発想が豊で楽しいやつだから、ちょっとおちゃらけて見えるけど、その実、兄である私のことを立てるときは立て、控えるときは控え、ちゃんと弁えてるし、普段は友達みたいだけど、いざというときはとても信用もできるし頼れるんで、私ばかりが過大評価され、ルシフェルは過小評価され過ぎているのではないかと、その辺りが、気になるかな」
と、弟思いのルーク兄様は、仰った。
自分がいい人と思われることで、弟のルシフェルの良いところを皆んなに理解してもらえないことのほうが、兄様は気になるみたい。
いくら兄様が弟想い、家族想いだからと言っても、嘘をついてまで持ち上げたりはされない真面目な性格なのは知ってるんで、兄様が仰るルシフェルのことは、本当だろう。
意外な一面を持ってるんだなあって思った。
いつも、遊ぶことに能力を全振りしているように見えたので……。ひょっとしたらルシフェルは、損な性格なのかも知れないな。
そして、そんな不器用なルシフェルをいつも気にかけているルーク兄様は、本当お優しいし、仮に比較対象としてルシフェルがそばにいなくても、めちゃいい人に違いないなって、私は思った。
「私もルーク兄様を見習って、ルシフェルを見守りつつ、彼が必要以上に不利益を被らないよう、注意深く見ていきたいです。教えて頂き、ありがとうございます。やっぱり、ルーク兄様はお優しいです。ルーク兄様みたいに、私もなりたいです」
私は、ルーク兄様に、めちゃ満面の笑みを向けた。
するとルーク兄様は、目を少しぱちぱちされてから、少し寂しそうに笑って首を左右に振り、私の手を取り、”お手々ぎゅっ”して私を見つめられた。
「私は事実を述べただけで、優しいとかではないのだけれど……。だけど、優しいと言えば、ソフィーのほうがよほど優しいと思うよ。だからソフィーは無理をしないで、自然体でいい。今みたいに笑顔でいてくれれば、それでいいから」
え、笑顔でいてくれればそれでいい、て、どんなキラーワードですか!?
何か流行りの歌の歌詞みたいですよ!?
おまけに、ルーク兄様ほどの超イケメンに言われたら、お顔真っ赤になるのは、ホント必須ですよ!?
私は、ルーク兄様の笑顔があまりに眩しかったので、めちゃ恥ずかしくなって、顔真っ赤で俯いた。ルーク兄様に”お手々ぎゅっ”されてるのが視界に入る。兄様の両手に包まれた私の手は、とても暖かかった。
そして、なんとか声を振り絞り、
「私は、ボールドウィン侯爵家に来てからというもの、皆さまのお陰でずっと笑顔でいることができています。本当に、ありがとうございます」
と、頑張ってそれだけ告げた。
ルーク兄様の”お手々ぎゅっ”が、心なしか強くなった。
私は顔を上げると、そこには眩しくて直視できないレベルの、超カッコ良すぎるルーク兄様が、優しい微笑みを浮かべていた。




