巷で話題の少年小説
私がルシフェルの腕の中にちょこんと収まっていると、クラウス先生とルーク兄様が慌ててやって来た。
「ルシフェル様! ソフィー様!!」
「ルシフェル、何事だ!?」
その呼び声に私はハッとして、さっとルシフェルから体を離した。そして、勢いよく私たちは立ち上がった。
すると、クラウス先生はルシフェルの前に立ち、とっても怖い顔で、ルシフェルを見下ろした。
「先ほどソフィー様の声が聞こえましたので、何事かと思い、こちらを見てみたら、ソフィー様がルシフェル様の剣を両手で持っていたではありませんか。どういうことなのか、説明して頂けますでしょうか」
く、クラウス先生のマジ怒モード、超怖いよー! でも、その怒った横顔も、めちゃめちゃカッコいいよー! でも、そのお顔で怒られたら、マジ私泣いちゃうから、怒りの矛先は私に向けないで欲しいよー!!
と、勝手なことを妄想しつつ、成り行きを見守った。
「いえ、あの、剣の練習を……」
ルシフェルはたじたじになりながら、一所懸命言葉を選んでいる。
なるほど。ルシフェルは、面白ワードは得意だけど、言い訳文句は不得意なようだ。
「まだ、王立学院にも通っていないルシフェル様が、全くの初心者でいらっしゃるソフィー様に、剣の稽古がつけられるわけがありませんが?」
「いえ、これには深い事情が……」
「ルシフェルは、その年にしてはなかなかの剣の腕前だと兄である私も思っているが、初心者に剣の稽古がつけられるとは、私も思っていない。深い事情とは何だ? まさか、また君の冗談に付き合わせるという、浅すぎる事情では、ないだろうな?」
さすがルーク兄様、的を射すぎている、全てお見通しだ。素晴らしいな。おまけに怒ったお姿も、カッコ良すぎるな。
金色の瞳が、さらに鋭く光る。
ルーク兄様、いつもはホント優しいのに、怒らせたら超怖いの典型だわ。責める姿勢、容赦ないもん。
いや、こんなカッコいい人になら、責められてみたい気もする……?
いやいや、やっぱり止めておこう。だって、こんなステキな人に、嫌われるのは、辛いもんね。
クラウス先生とルーク兄様に責められ、ルシフェルは、ギブアップ寸前だ。
「いや、あの、ソフィーには、才能が……」
え、それはあの、例の”酔剣”のやつですかね? いくらなんでもそれ、無理があると思うよ?
「ソフィー様は、モーゼの杖所持者と神に認められるほどのご人格で、それだけでなく、魔力量、頭脳明晰、既に充分過ぎるほどの才能をお持ちです。ですので、これ以上の才能は、特に必須ではございません」
え、いろいろちょっと、意味不明ですよ、クラウス先生。モーゼの杖に関しては、神様の気まぐれと思うし、頭脳に関しては、全くひらけたものがないんだけど……。
あれかな、平民なのに既に読み書きできる転生特権のことを、賢いだとか勘違いしてんのかな?
これはヤバいな、訂正したい。でも、今はそのときではないだろう。あとでいいな、焦ったら余計墓穴掘るかも知れないし。自分があんま賢くない真実、いかに自然と知ってもらうか、それはあとで、ゆっくり考えるとしよう。
「そのエメラルドグリーンの瞳には、ソフィーが剣の達人かのように映っているのか? 私も先ほど一瞬倒れ込むところを見たが、とてもそうには見えなかった。むしろ、気の毒にさえ思った。もしもソフィーに剣の才能があると本気で思っているのなら、私は君を、今すぐ医者に診せに行く。さっさと用意しろ」
る、ルーク兄様、容赦ないです! 金色の瞳、凄味が増してますよ?
声は落ち着いているのだけど、いつもより低いトーンなのが、余計に怖さを引き立てている。
私は、ルシフェルがあんまりにもたじたじになっているので、ちょっとことの経緯を話そうと思った。
「あの、ルシフェルが私のこと、才能がある?みたいなこと言ったのは、なんか私も聞いたことないんですけど、”酔剣”の才能がスゲー?とか何とか言ってました。私には何のことか分からないですが、でも、そんな才能はないと断言しますけれど」
確かにルシフェルは、嘘偽りなく私に、『才能スゲー』とは言ったので、それは嘘ではないと、強調してみた。
強調してみたんだけど……
クラウス先生は、一瞬驚いたあと、大きくため息をつかれるし、ルーク兄様に至っては、怒りの表情でゆっくりとルシフェルに近づいていき、そしておもむろに胸ぐらを掴んだ。
「なるほど。それは、最近流行りの少年小説『ブルー・スリー』に出てくる勇者の必殺技じゃないか。どうしてそんなものをソフィーで試そうと思ったかは知らないが、本物の剣を使って、初心者の女の子にさせることではない。ケガでもさせたら、どうするんだ!」
と物凄い剣幕で怒鳴り、ルーク兄様はルシフェルを突き飛ばした。本当に怒っているようだった。
ルシフェルは、バツの悪そうな顔をして、でも、反省しているのか「悪ふざけが過ぎた。悪かった」と、小声で謝った。
ところで、少年小説『ブルー・スリー』とは何ぞや? と思ったので、ルーク兄様に尋ねてみると、少年の間ではやっている勇者ものの小説らしい。王立学院の男子生徒の間でも、流行っているそうだ。
ちなみに、どんな話かというと、小説『ブルー・スリー』には三人の勇者がメインにいて、あちこち冒険をする話らしい。槍を持つ正統派勇者、弓を持つ美少年勇者、で、ルシフェルが憧れているのが、やんちゃ系酒豪勇者の剣士だそうだ。
こ、個性あふれる勇者たちだな。
と内心思いつつ、話をさらに聞いていると、そのルシフェルが憧れている、やんちゃ系酒豪勇者の必殺技のひとつに”酔剣”があり、家でも時々真似して遊んでたらしい。
……完全に、ルシフェルの行動パターンだ。
ちなみに、なんでタイトルが『ブルー・スリー』なのかというと、勇者三人はめっちゃ強いんで、敵が最後に必ず青ざめ、やられるからだそうだ。
タイトルもお話の内容も面白すぎるな、ちょっと読みたくなってきた自分がいる。
ルーク兄様は、それでも怒り治まらない様子なんだけど、それでもそれ以上怒鳴ることはされず、ルシフェルに、
「謝るのは私にではない、ソフィーにだ」
と静かに仰って、私への謝罪を促された。
すると、ルシフェルは私の前に立ち、少し俯き加減で、
「悪かった。もう、二度としない」
と、恥ずかしがりながらも謝ってくれて、二度としないと約束してくれた。
ルシフェルは素直だなって思う。
十二歳の男子だから、まだまだ思考回路がお子様なのはあるあるだし、調子に乗ることもあるだろう。でも怒られたときに、意地になって反発したり、自身を正当化するために逆切れしたりは一切なくて、立ち止まり、自身の過ちを認めることができるのは、器が大きくて、強い人だと思う。ますます将来が楽しみだなあって思った。
ルシフェルは、私を見て困惑しきりの顔をしている。いつも豪快に笑っているところしか知らない私は、とても新鮮だなって思った。きっと、とても反省しているものの、その表現方法がいまいち分からない、今の謝罪で良かったのか? みたいな、顔を見てたらルシフェルの心の声が聞こえてきそうなほど、困った顔をしている。
あんまり見ない表情なんで、おまけにとてもカッコ可愛いし、もうちょっと見てたいなあと思いつつ、でも、あんまり困らせたままでいるのも可愛そうなんで、私は、大丈夫だよって感じでニッコリ微笑むと、ルシフェルは小さく頷いてから、満面の笑み、いつものニカって感じの笑顔になった。
うん、やっぱりルシフェルは、笑った顔が、一番いいな。
と、私がそう思ったのも束の間、その後ルシフェルは、クラウス先生の前に立ち、緊張した面持ちになった。
う、笑顔は一瞬だけだったな。頑張ってクラウス先生のお叱り受けてね、陰ながらめちゃ応援してるからね。
と、私が心の中でルシフェルを激励していると、ルーク兄様が私に話しかけてきた。
「危険な目に遭わせてしまい、すまなかった。ケガはないかい?」
私は心配そうに見るルーク兄様。
心配かけて、申し訳ないです。あと、私のこと心配してくれて嬉しいなって気持ちと、心配顔も憂いを含んで超イケメン、見れてよかったっていう気持ちがごっちゃになって、乙女心って、複雑だなあ、と思う。
「私は大丈夫です。心配をおかけし、申し訳ありませんでした」
でも、いくらイケメンだからと言って、ずっと心配させておくのは申し訳ないので、早くルーク兄様の心配を取り除いてあげたい。実際私はケガもなく、体ピンピンしてるしね。
でもルーク兄様は、私の手を両手で包み、私のことをさらに心配そうに見つめた。
「今は神経が高ぶっているので、気づいてないだけかも知れない。今日は注意深く自分の体を気にしつつ、異変を感じたら、すぐに私に教えるんだよ、いいね?」
私の手を包むルーク兄様の両手に、少し力が入った気がした。
うわっ、うれしい! ルーク兄様の”お手々ぎゅっ”だ!
このようにルーク兄様は、”お手々ぎゅっ”して、私のことを励まそうとして下さることが、今まで結構よくあるのだ。




