神体山に生息する植物
神体山を形成している背高のっぽの木々は、全部ヒノキ。スギとかはないみたいだ。
常緑樹なのに少し枯れている木々があるのは、やはり、貪汚や魔力枯渇が原因だという。なので、早く正常な魔力エネルギーで土地を満たせればと仰っていた。
あと、時々倒木している木があった。それは貪汚の影響で根っこが腐ってしまった木だそうだ。その木々の再生はもう難しいけれど、しばらくしたら土に還っていくので、神体山の現状が回復していれば、そのときに神体山の正常な魔力エネルギーに取り込まれることになるという。そのためにも、神体山が魔力で満たされるのは、非常に重要なことだそうだ。
ちなみに、ヒノキから採れる木材からは精油を抽出でき、ポーションになったり、魔石を作ったりもできて、またヒノキは神体山でしか採れない、とても貴重な木だそうだ。
様々な効能があるので、色んな種類のポーションが作れるんだけど、特にこの神体山にとって良いのは、貪汚を跳ね除ける強い浄化作用効果だという。
でも、その強い浄化作用さえも蝕んで、貪汚でヒノキの根っこを腐らせ倒木させているとなると、やっぱり事態は深刻だ。でも、倒木している数はパッと見た感じそんなでもないし、クラウス先生が七歳になる以前から全部の神体山を悪魔に乗っ取られていたという歴史を考えると、むしろヒノキの強い浄化作用のお陰で、被害かこの程度で済んだという見方も、あるかも知れないな。
それから他に、ヒノキの下に生息している高さ五十センチくらいの植物は、ハスノハグサという名前の植物らしい。確かに大きな葉が蓮の葉に似てるなって思った。どのくらい大きいかというと、人の顔がスッポリ隠れるくらい大きい葉もある。
この植物は、日向を好まず日影が好きで、だから背高のっぽのヒノキの下に、陰に潜んで生息しているらしいけど、日影が好きな割には凄く葉っぱが大きくて、よく成長するなあって、ちょっと感心した。しかもこの葉、葉先が七つで七角形だ。七角形というと、最初のほうの授業で、王都トリアスオービスが正七角形なの思い出した。
不思議なご縁だ、何か意味があるのかな?
少し立ち止まって見てみると、ハスノハグサの葉は、どれをとっても葉先七つの七角形だ。クラウス先生いわく、イレギュラーはないという。いわゆるシロツメクサの”四つ葉のクローバー”的存在のような、”八角形のハスノハグサ”とか、その他の多角形のハスノハグサというのは、この世界では存在しないらしい。
ハスノハグサもヒノキと同じようにポーションになったり魔石になったりして、とても貴重なんだけど、七角形が幸運の多角形という意味があるので、げんかつぎというか、ラッキーアイテムとしても人気のある素材だそうだ。また、ヒノキと同じでハスノハグサも神体山にしか生息していないので、希少価値があり、効能もあるので、ヒノキ同様ハスノハグサも人気に拍車をかけているという。
へえ、ヒノキってレアアイテムなんだ。前世じゃ山に行けばどこでもあるイメージだったけれど。
ちなみにハスノハグサは有毒植物で、薬にもなるらしい。なので、薬の効能を抽出したらポーションになるし、毒の部分を抽出すると、それは凄く猛毒なので、爆薬などに仕込ませて、攻撃アイテムとしても重宝するという。なんか、日影育ちとは思えないほどの万能アイテムだなあって思った。
クラウス先生に様々なことを教えてもらいながら、私は山道を進む。
そう言えば、初めてこの道を通った時、道が光に照らされてたり、めっちゃ魔物に襲われそうになって、謎の透明の壁が私を守ってくれたけど、今は、道も光ってないし、透明の壁もないように見えるのは、壁が透明だからだろうか? 魔物も襲って来ないので、透明の壁は、見ただけでは確認できない。
神体山が解放されて、魔物が少なくなった話は以前、クラウス先生からお伺いしてたけど、道が光らないのも神体山解放と何か関係あんのかな? あと、透明の壁みたいなのは、今、どうなったんだろう?
不思議に思い、私は歩きながら端に寄って、山道と木々の狭間の辺りに手を何度か出してみた。
……ただ、スカスカするだけで、何もない。
やっぱり、透明の壁っぽいのも、ないみたいか。
私は考え事をしながら歩いていると、クラウス先生が私のほうへ近寄って来て、「どうされましたか?」と、声をかけて下さった。
「実は、最初にこの山道を通ったとき、たくさんの魔物が私の飛びかかろうとしてきたんです。でも、透明の壁みたいなのに阻まれて、それができなく勝手に消滅していっちゃって……それでその、今もその透明の壁があるのかなあと確認してみようと思い、手を、こんな風に入れてみたんですが、なんにもないなあと思いまして……」
「実は私その時、王命で凱旋門からソフィー様の後をつけていて、貪汚が蔓延る山は魔物がたくさんいますから、お助けしなければ後ろから構えていたのですが、確かに透明の壁があるかのように、魔物が次々跳ね返されて消滅し、私も非常に驚いていたのです」
「あれはいったい、何だったのでしょう?」
「……申し訳ありません、私にも分かりかねます。ただ、ソフィー様はモーゼの杖所持者で、また、大天使ウリエルが守護天使に、というお話もされていましたので、どちらかの能力ではないかと。モーゼの杖を始めとした聖具や、大天使に関わることはまだまだ未知の領域で、明確なお答えができず、申し訳ありません」
と、陳謝された。
そんなそんな、とんでもないです。
「いえ、こちらこそ恐縮です。私を助けようと、後ろから見守って下さり、本当にありがとうございます」
とお礼を言いつつ、ちょっと考えた。
透明の壁っぽいのがあるかのように、と仰ったクラウス先生。
じゃあ、道が光ってたのは、見えてたのかな?
先生に尋ねてみると、それは見えなかったという。
じゃあ、神体山解放のときに、魔法陣が浮かび上がり上昇し、上空で弾け、光の祝福のように山に降り注いだ光は?
それは、クラウス先生には見えたという。
光で行く道を照らし、あらゆる問題の解決を手伝う大天使というウリエル。私に行き先を告げている光に関しては、私にしか見えないのかも知れないな。最初、家から出てきたときも、町の人には光、見えてなかったっぽいし。
神体山解放時の祝福みたいな光は、魔法発動時に出る光と同じ感覚で、そっちは問題なく見えるのかも知れない。
まあ、ひとつの疑問が解決へと導かれたと、とりあえず思っとこう。
でも、クラウス先生には疑問が残っているようで、私に質問された。
「ソフィー様には、光の道が、見えたのですか?」
「はい、行きがけだけですけど。帰りは消えていたので、クラウス先生が『ライト』で周りを照らして下さり、とても助かったの、覚えてます。
そういえば、大天使ウリエル降臨時もかなり光を放っていたと思いますが、ご覧になりましたか? 先生がいらっしゃったところからは、少し遠かったかもしれませんけれど」
「……いえ、見えませんでした」
クラウス先生が仰るには、姿だけでなく、大天使が放っていた神々しい光も、見えなかったそうだ。
そうか。天使や、天使が放つ光も、他の人には見えないのか。
でも、王様は”神託の間”で”神の御意思”を伺うことができるので、王様なら神様が見えるのかな?
クラウス先生に尋ねてみると、
「いえ、王に以前お伺いしたことがございますが、”神託の間”に神が姿形を伴って降臨されることはなく、ですのでお姿は一切見えないそうです。お声も聞こえず、ではどうして”神の御意思”を伺うのかというと、”神託の間”で祈りを捧げていると、『そうしなければならない気になる』と、仰ってました」
私は不思議な感覚で、そのお話を聞いてたんだけど……ああ、でもそうだ。確か大天使ウリエルのときも、姿形は見えても、言葉はというと、脳に直接語りかけられているような、そんな感じがした。
神様の場合はお姿も見えないので、そんな感じになるのかも知れないなあ……
ちなみに、”神託の間”に入って”神の御意思”を聞けるのは、王様ただひとりらしい。
他の王族には無理なのだそうだ。
なんか貴族が魔力を登録を義務付けられてるみたいに、神託の間にも登録する場所があって、たったひとりだけが神の御意思を聞けるようにするシステムとかが、あったりするのかな?
まあ、その辺の詳しいところは王族の秘匿情報かも知れないし、特に詮索したりはしないけれど。
そんなお話をしながら神体山を上っていると、ようやく山頂が見えてきた。
前来たときと同じように、山頂は平らで、雑草が生い茂る空地のような円形の広場があり、その中心に直径三十mほどの大きな一枚岩がある。以前と同じだ。
でも、以前と少し違うのは、雑草のところにシロツメクサが結構生えていた。季節が三月に入ったからかな? もう春なんだなあって思う。
ちなみに私は、シロツメクサの達人である。
達人と言っても、よくアニメとかで見る花冠作ったり、小さな指輪作ったりできる程度だけど。
なんで達人になったのかというと、前世で、私は学校後すぐに家に帰れる状況ではなかったので、よく公園に行って、時間を潰していたからだ。
色んな公園にも行ったな。わざと遠いところにも行った。近所だと、近所の人の目が怖くて、母親にチクられたらと思うと、気が気じゃなかったから。
また、あんまり同じところにいて、目をつけられてもイヤなんで、色々知らないところも歩いて、探しに行ったりもしたな。なるだけ人がいない、子供が遊んでいない公園とか。
見つからなくて、ただ歩くだけの日っていうのも、たくさんあったけど。
学校にも、時々放課後残ってたけど、友達もいないのにあんまりひとりで残ってると、先生に怪しまれて、母親に報告が言ったらって思うと怖くて、あんまり学校にもいられなかったな。
気にし過ぎとは思うけど、でも気にし始めたら拭い去れなくて、そうなると挙動不信感満載になり結局怪しまれると思い、怖くて、やっぱり時々しか放課後残れなかった。
なんかちょっと、イヤなことを思いだしちゃったな。
でも、シロツメクサには罪はない。というか、むしろ時間潰すのにちょうど良かったと、感謝すらしている。ずっと地面に座って俯いていられるしね。誰もいないときはぼんやりとブランコ乗ったりのしたけど、他の子供たちが来たら、私がずっと占領しているわけにはいかないし、私は特に公園に遊びに来たわけではないから、他の遊具でひとり遊ぶ気にもなれないし、ベンチにひとりで座っているのも、ちょっとならいいけど、ずっととなると人の目がだんだん気になってくるし……。
なので、シロツメクサのお花が咲く時期、三月から八月は、とても時間が潰しやすかったな。




