実験してるとアツくなってくる?
え、もう終わったの!?
私はエミール様の作業台を見ると、めちゃキレイな緑色したヒノキチオールのオイルが、フラスコに溜まっている。
おお、さすが王立学院一の頭脳を誇る編入生! 手先も器用でいらっしゃるようだ!
教室内を見回っていたクラウス先生は、すぐにエミール様のもとへ来られて、ヒノキチオールオイルを厳しい目で確認される。
わあ、こうして見るとクラウス先生、マジで研究者っぽいなあ……
って、密かに見惚れていると、クラウス先生が静かなお声で「結構です」と仰った。
おお、一発合格とはさすがでいらっしゃる!
と、尊敬のまなざしでエミール様を見ると、エミール様にしてみれば、これくらいのことは全く大したことないようで、クラウス先生の仰ることに顔色ひとつ変えず、淡々と仰った。
「時間が余り過ぎてしまいましたので、このオイルで魔石を作ったり、別の素材で実験をしても、かまわないでしょうか?」
「……まあ、エミール様は、王立学院編入試験に合格された際の内容を見る限り、すでに魔法師団研究所レベルでしたね……よろしいでしょう」
と静かに仰って、クラウス先生は行ってしまわれた。
おお、クラウス先生のお墨付きでいらっしゃったとは、エミール様、さすがだ!
そういえば、八月終わりに行った海の調査でも、神体山の防御結界に穴が開いてたの発見されて、クラウス先生に進言されてたし、エミール様の能力はやっぱりクラウス先生も認めざるを得ないのかも知れない。
でも、私だってクラウス先生に直々に教えてもらっていたし、つまりそれは、クラウス先生の弟子みたいなもんだ。
なので、クラウス先生に恥をかかせないよう、私もエミール様を見習って、めちゃ頑張ろうって思った。
で、火加減大丈夫かなあ~、水分飛ばすのできてるかな~とか思いながら、いつも以上に真剣な表情で、眉をひそめて自分の実験を行い、様子を観察していると、クラウス先生が私のところまで来て下さった。
「ソフィー様は実際に実験をするのは初めてでしょう。モーゼの杖所持者には、実際に魔石作りや魔術具作りに従事させることを想定しておりませんから、それらに関する王立学院の勉強範囲は知識としてしかお教えしておりませんでしたので……どうでしょうか?」
おお、見た目は王子モードなのに、教室内では”ソフィー様”呼びのようだ。
一般の生徒が周りにいるときは”様付け”で、周りがほとんど身内ばっかりのときは”呼び捨て”って、おおよそそんな感じなのかな?
なるほど。今後はどっちも堪能できるということか、それはそれで素晴らしいな。
それにしても、クラウス先生の表情からは、少し心配の表情が伺える。
ちょっと私のことを心配されて、様子を見に来て下さったのかも知れない。
なので私は、満面の笑みで答えた。
「クラウス先生が教えて下さった知識はもちろん、ボールドウィン侯爵家での料理経験も生かされて、なかなか段取りよくできてると思います! どうですか?」
クラウス先生は、私の作業台にあるヒノキチオール抽出精製作業をじっくりとご覧になった。
「……そうですね、順調にできてますね。私も師として誇りに思います」
と、笑顔で仰った。
おお! 師匠のお墨付きが出てしまった! とっても嬉しいな。
「頑張ります!」
私が満面の笑みでそう言うと、クラウス先生は笑顔で去って行かれた。
で、私が作業に戻ろうと、作業台に視線を移すと、エミール様が話しかけてこられた。
「今、小耳にはさんだのですが、ソフィー様は料理をされるのですか?」
「いえ、料理っていうほどのものでもないんです。魔法の練習を兼ねて少ししたことあるって程度ですから……でも、料理と実験は、ちょっと似てるかも知れないですね」
「私は料理をした事がないのですが、料理と実験は似ているのですか? 実に興味深いご意見です。ぜひ一度、ソフィー様が作られた料理を食べてみたいです」
と、めっちゃ満面の笑みを私に向けて仰るエミール様、そ、そんな美しい笑顔で見つめられたら、思わず”うん”って頷きそうになっちゃったじゃないですか!?
いやいやでも、それはちょっと無理よね。そもそも料理が上手なわけでもないし、どこで料理して、どこでふるまうのかっていうのも問題あるし、実現可能とは思えないな。
「いえ、そもそも料理は魔法の練習でしてたものですから、上手ではないのですよ……それより、エミール様は今なにをされているのですか?」
と、めちゃ強引に話を変えてみた。
エミール様は私と話をしながらも、テキパキと作業をなされている。
「ああ、先ほどのヒノキチオールは既に魔石に変えましたので、今はハスノハグサの花で成分抽出精製作業をしているところです」
私はエミール様の作業台を見てみた。めちゃキレイな緑の魔石が何個もある。エミール様が今作られたものだろうな……手際が早すぎると思った。
で、今作られているハスノハグサの花は、深紅の色がとてもキレイな色をしているんだけど、見てるとオイルも同じような色をしている。
宝石に例えるならば、ヒノキがエメラルドで、ハスノハグサの花はルビーみたいって思った。
「でもエミール様、それほどたくさんの魔石を作られて……その、また”買収用魔石”でも作っていらっしゃるんでしょうか?」
私がそう尋ねると、エミール様は一瞬私を見てなんか目をぱちぱちされたあと、視線を落として、フッと笑われた。
「……そうですね、買収用にも充分に使えそうです……ところでソフィー様は、ハスノハグサに闇属性促進作用があるのをご存じですか?」
「いえ、知りませんでした。今作っているヒノキチオールには、確か光属性促進効果があるので、その真逆ですね」
そういえば、ヒノキは陽の光を求めて上へ上へと伸びて育つけれど、ハスノハグサは日影が好きで、ヒノキの影に隠れて繁茂している。
そういうところも真逆なんだなって、ちょっと思った。
「そうなんです。ですのでこれがあれば、闇属性魔法使用時に、通常より威力が高まるだけでなく、ヒノキチオールや他の魔法などの攻撃で、闇魔力の威力が衰えてしまっても、通常の状態に戻すことができるのです……ですのでぜひ、作っておきたいと思いました」
と仰りながら、真剣に作業をされるエミール様……横顔が、めちゃ美しいです。
まあ、エミール様はどちらかというと闇属性が強いタイプだから、持っておかれたいのかも知れないな。成分抽出精製したあと魔石にしといたら、永久保存も可能だし、魔石からポーションを作ることも可能だから、とても便利と思う。
「エミール様はホントいろんなところで用意周到なんですね。やることに無駄がないし、時間も無駄にされません。合理主義を極めていらっしゃるように思います」
「仰る通り、私は無駄が嫌いで合理主義をこよなく愛する人間ですが、でも最近はそればかりではいけないなと、悟ったのですよ」
「え、そうなんですか? またどうして?」
「理由はですね……とりわけソフィー様の側近になるためには、最短距離を選択し焦ったりすることがあってはならないと、肝に銘じています。何より大切なのは、まずソフィー様の信頼を得、私の能力を知って頂き、私をそばに置けば必ず役に立つ、私は価値のある人間だと、ソフィー様に感じて頂くことですから」
そう仰って、エミール様は優しく私に微笑まれた。
うう、あまりに美しいんで、目をこれ以上あわせられないよう……
私は思わず自分の作業台に視線を移した。
「それを教えて下さったのは、誰でもない、ソフィー様ですよ……」
……もう、なんて返事したらいいか、分かんないですよ……?
私はだんだん顔が真っ赤になってきた。でも、顔を隠せないんで、とりあえず自分の作業をガン見する。
そうだ。顔が赤いのは、作業中の”熱蒸気”のせいにしよう、うん、それがいいな。一応防御結界の『ヴァルム』張ってるけど、見なかったことにしよう。
いやあ、めちゃ暑いな、暑い、暑い。
「合理的な方法ばかりではなく、時には回り道をするのも大切です……ああ、そう言えばこれもソフィー様が教えて下さいましたね? いえ……間違えました、回り道ではありませんでした。そうそう確か、ゴール地点を先延ばしにしても、いいんですよね?」
エミール様はそう仰って、クックックとお笑いになり始めた。
……
結局またそうやって、私をからかいたいだけなんじゃん!?
私は今度はむぅって思ってさらに顔が赤くなっちゃって、でもやっぱり隠しようがないんで、とりあえず口を尖らせた。
で、エミール様は相変わらず、片手で口を押えてお笑いになりながら、「怒ったお顔も、本当にお可愛らしい」とかなんとか仰ってるんだけど、絶対に信用しないもんね。
でも、さらに顔が赤くなってくるから、もうどうしていいかマジわかんないな。
と、自分の顔の赤さの収拾がつかないことにめちゃ嘆いていると、エミール様はじっと、私の顔を覗き込まれた。そして、
「いやあ本当に、”熱蒸気”が、暑いですね?」
と仰って、エミール様はめちゃ涼し気な微笑みを私に向けられた。




