アドリアーナ先生の『釣りの定義』とか、その他いろいろ……
「アドリアーナ先生、結構色んな魚がいたのですね。ご苦労様です」
「まあ、これくらい、あたくしにかかれば容易いことですわ」
「ですが、どのようにして魚を釣られたのでしょう? 先ほど私がチラッと見ましたときは、男子生徒が海に放り投げられ、あれでは魚を釣るどころか、逃げられるばかりと思ったのですが」
「ああ……あれは魚を釣り終わった後のことですわ。まだ少し時間があると思いましたので、生徒たちに泳ぎの練習をさせておりましたの」
「泳ぎの練習と申されましても海に初めて来た生徒たちに、何の泳ぎの練習でしょう?」
「ま、まあ、あれですわよ、あれ、平たく申しますと”習うより慣れろ”方式ですわ……それにしても、せっかく制服を乾燥させ証拠隠滅を計ったのに、クラウス先生に見られていたとは想定外でしたわね……いえ、こちらの話でございいます、ほほほほほほほほ」
と苦し紛れにアドリアーナ先生は笑われた。
クラウス先生は、大きくため息をついていらっしゃる。
……にしても、男子たちの制服を魔法で乾かしていたのって、思いやりの心ではなく、証拠隠滅だったのか。なんだ、変な勘違いしちゃって損しちゃった。
で、泳がせてる?のを見られたくなかったということは、さっきの”男子海水放り投げ”は泳ぎの練習などではなく、アドリアーナ先生ご自身の趣味嗜好だったようだ。
どんな嗜好だろう?
そんなことを考えていると、後ろからルシフェルがこっそり私に話かけてきた。
「アドリアーナ先生、あれじゃね? 男子を海に放り投げたやつ、こないだの入学式での『男は女に手のひらで回されてなんぼ』の海バージョン、『男は女に釣られてなんぼ』を、リアルに海で再現したかったとかじゃね? ちょーウケる」
とか言って、めちゃ笑い始めた。
……
あ、ありえる……
ルシフェルはエミール様から入学式の詳細を聞いてるもんだから、勘もよく想像力豊かなルシフェルのこと、アドリアーナ先生の思考がちょっと読めるのかも知れない。
にしても、男性生徒たちを海に放り投げて、『リアル男釣り』を堪能されるとか、どんな先生なんだよマジでってちょっと思った。
クラウス先生を見ると、軽い頭痛がするのかこめかみを指で押さえつつ、仰った。
「アドリアーナ先生、とにかくその妙な水槽から出て、釣った魚を魔術具ボックスに入れて、早くこちらへ上がって来て下さい。男子生徒たちも、立往生していますよ」
「まあ、妙な水槽とは何んて仰りようでしょう? せっかくあたくし、この中で魚たちと戯れ生命としての原点回帰をしておりますのに……クラウス先生はひょっとして、全ての生物が海から誕生したことを、ご存じないのかしら?」
ふとクラウス先生を見たら、さらに頭痛が増されたのか、こめかみを押さえる指に力が一層込められたような気がした。
「海から生物が誕生した話はもちろん知っておりますが、そもそも、生物誕生と魚を持って帰る事とは全く別の話です。そのままでは、せっかっく釣って頂いた魚も持って帰れないでしょう? いったいどうやって運ぶのですか?」
「まあ、どうやって運ぶのかですって? それはもちろんここにいる、あたくしが鍛え上げたばかりの精鋭ぞろいの男子生徒たちが、あたくしもろとも運んで下さいますわよ。これも筋トレの一環ですわ。ねえ、皆さま?」
そのアドリアーナ先生の話を聞いて、男子生徒たちは揃いも揃って、『え、マジで!?』って顔をされているんだけど、さっきの恐怖体験が蘇るのか、誰も文句を言う男子たちはいない。
皆さん、一瞬の沈黙のあと諦めた表情になり、無言でアドリアーナ先生入りの『妙な水槽』をゆっくりと担いだ。
二十人いるうちの十二人くらいは外側で、残りの八人くらいは水槽の下に入りこむ。なんとか持ち上げられたようだ。
道のりはめっちゃ長いけど、筋力上昇魔法『ヴァリドゥスサージ』とかも駆使しつつ、ぜひとも頑張って頂きたいものである。
「さ、皆さま。あたくしと一緒に転移陣まで運んで下さいませね。参りますわよ」
そうアドリアーナ先生が掛け声をかけると、男子たちはゆっくりと歩み出して、『アドリアーナ号』から脱出、係留場に降り立ち、皆んなで帰ることとなった。
私は物珍しいのもあって、その『妙な水槽』を真後ろから眺めながら山道を歩いている。
なんか見た感じ、外側にいる男子たちは神輿でも担いでるかのような感じ? で、『妙な水槽』の下に入っている男子たちは、縁の下の力持ちっぽい感じだなあとか思った。
すると、隣にいたルシフェルが、私に声をかけてきた。
「俺、よくは知らねーけど釣りって”一本釣り”っていうのがあるらしいじゃん? でもアドリアーナ先生のあの『リアル男釣り』見てたら、宝帯が四方八方飛び散っててさ、あれはいったい何本釣りっていうんだろ? マジで不思議じゃね?」
「……それはね、私もめちゃ不思議に思ってますよ」
私たちは目を合わせ、「ははは」みたいな乾いた笑いをかわし合った。
それにしてもルシフェルも、あの『アドリアーナ号』の惨劇?を見てたのか。まあ、遠目だったとしても派手に宝帯と男子たちが宙を舞ってたし、砂浜にいれば分かるだろうな。
光の一族に生まれ、光属性が強く、砂浜チームに選ばれたことに対して、今日はいつも以上にご両親に感謝するに違いないな。あんな『魚釣りチーム』に選ばれてたら大変なことになってたよね、命拾いだよ、ホント。
にしても、アドリアーナ先生は、”決めた男を一本釣り”タイプではなく、何人も釣り上げては海に放り投げるところが、生き様を現してるんじゃないかなあって、ちょっと思った。
すると、アドリアーナ先生は至極ご満悦で、なぜか自分の足に宝帯をぐるぐる巻きにして、上げたり下げたりを始められた。
「これが本当の人魚姫ですわね、ほほほほほ」
……どうやら、先ほど仰ってた生命の原点回帰設定には、飽きられたようだ。
で、宝帯でグルグル巻きになった下半身から、視線を上半身に向けてみると、めっちゃぎょっとした。
胸のところが貝殻になってる。
海だしまあ貝殻の一つや二つはあるだろうけど、なんていうかあの人魚姫のテンプレイメージは、どこの時空の世界でも共通事項なんだろうか?
それにしても、豊満な胸がさらに露わになって、マジで本当セクシーすぎる。『妙な水槽』を担がされている男子たちはもちろん、周りの他の生徒たちも皆んな目のやり場に困っていた。
で、私の隣にいたルシフェルはすかさず、
「俺、前に行くわ」
と言葉少なに言って、去ってしまった。でも、去りゆくルシフェルの後ろ姿見ると耳が真っ赤なのはわかるので、相当刺激が強かったんだろう。
……まあ、あれはホント目の毒よね……私、同じ女だけど、それでも目のやり場に困っちゃうもん。特にあの胸元にある貝殻、あれがもしうっかりポロっとかなったらマジでどーすんの?って思って、本当気が気じゃないし、めちゃハラハラドキドキする。
でも、そんな私の心配など露知らず、アドリアーナ先生は上機嫌すぎるせいもあり、さらに言動をヒートアップされていった。
「ああ、今あたくしはこのように足を縛られて……今なら誰かに襲われても、抵抗できないわ……」
とかなんとか、なまめかしく仰ってる。神輿男子たちがめちゃ顔真っ赤だ。
ルシフェルはすぐさま前に行くなどして逃げられたからいいけれど、神輿男子と縁の下男子たちもそもそも逃げられないんで、耐えるしかない。
筋力よりも、もっと別のことのほうが、心配になってきた。
だいたい、足縛ったの自分自身だし、襲われるもへったくれもないじゃん……って内心私はぶつぶつ思っているんだけど、
「ああ、腕まで縛られたら、あたくし、もう、いいようにされて……」
って、アドリアーナ先生の妄想がさらにひどいことになってきた。
……なんか、今はそーゆープレイっぽいのをされたい気分なのかな……にしても、人魚姫が一体どこがどーなってこーなったのか、さっぱりわかんない。
私はこっちの世界に来て、自部屋の本棚にある人魚姫が載っている童話集をちょっと暇つぶしに読んだことがあるけれど、アドリアーナ先生が仰ってるようなシーンはどこにも載ってなかったなって思った。
で、神輿チームの男子たちは一斉に俯き始めた。もう顔真っ赤すぎて、顔を上げられないんだろう。
縁の下の力持ちチームの男子たちは、顔は見えないけど、なまじっか『妙な水槽』の下って陰になってて暗いし、アドリアーナ先生は上でくねくねしてるし、妄想が広がって気の毒なことになってそうだ。
まあこれは、途中休憩がてら、反対側の凱旋門で緊急間接魔力奉納決定だな。神様もたぶん喜ぶだろう。
とりあえず、少しでも助けになればと思い、筋力上昇の魔法を男子たちにこっそり後ろからかけておいた。これで凱旋門まで持つだろう。こんなことしかできないけど、ぜひ頑張って欲しい。
すると、ルシフェルが前に行っちゃったのもあり、クラウス先生が私の隣に来て下さった。
「今のは、『ヴァリドゥスサージ』でしょうか?」
「はい、少しでも手助けをと思いまして……でも、私も場所を移動しましょうか? 目の前が、その、あのような状態ですし……」
私が声を濁して言うと、クラウス先生は苦笑いして仰った。
「大丈夫ですよ。視覚誤認魔法『カウザアスペクトゥ』のアレンジ版をアドリアーナ先生にかけてますから」
「その魔法を使うと、どうなるんですか?」
「私だけ、アドリアーナ先生が黒く見えます。普通に魔法をかけてしまうと全員アドリアーナ先生の姿が黒く見えてしまい、アドリアーナ先生に誰かが魔法をかけたことがバレてしまうので、ですから私限定で黒く見えるように、魔法をかけてあります」
これ、エミール様が仰ってた魔法じゃないかな? 入学式で生徒の皆さんを買収するときに魔石に仕込んで渡したとかなんとか。
『カウザアスペクトゥ』は動いてない物には割と難なくかけられる魔法だけど、対象物が動く物だと難易度が急激に跳ね上がるので、私は静止した物にしか使えない。
それをアレンジ版でかけられるなんて、クラウス先生はやっぱり凄いな……そして、その魔法の魔法陣を魔石に付与できるエミール様も。
私は改めてクラウス先生を尊敬の眼差しで見ると、クラウス先生は、それでもやはり困ったように仰った。
「まあ、貴重な魚を運んでいるので、私が監視しないわけにはいきませんので、この『妙な水槽』を見守るには見守りますが……それでも、周りにいる男子たちの表情は、見て知ることができますから……まあ、その、本当に頑張ってもらいたいなと、私も陰ながら応援しています」
と、あんまりにも申し訳なさそうに仰るので、私もクラウス先生を見て言った。
「そ、そうですね、私たち、陰ながらでもしっかりと男子の皆さんを応援しましょうね。きっと皆さんの努力は報われることでしょう」
って自分で言っておきながら、いったい何に報われるのかさっぱり分かんないなあとか思いつつ、とりあえず雰囲気でクラウス先生と気持ちを分かち合っておいた。




