二年生魔力上クラスが海の調査に選ばれた理由……
「ところで、今回の海の調査に私たちのクラスが選ばれたのはどうしてなんでしょう? てっきりクラウス先生が、モーゼの杖を海で試してみたいと思われたからだと思いました」
そう、ちょっとクラウス先生のご様子が、モーゼの杖を出しているというのにそんなにテンションが高くないのが、気になるんだよね。何か、他に理由でもあるのかな?
「ああ、それもついでに試してもいいなとは思っておりました。ですが、思うような結果は得られないだろうなという予測もありましたが」
なるほど。そもそも私のクラスを海の調査に駆り出されたのは、モーゼの杖が理由ではなかったのか……では、何が理由だろう?
「では、『プリフィカティオ』が使える生徒がルーク兄様のいらっしゃる三年生のクラスよりも多いというのが理由でしょうか? 今回は魚の浄化もしなければならなかったので」
「まあ、それも理由のひとつでしょうか」
……
このような仰りようをなさるということは、これもメインの理由ではないらしい。ではいったい、何だろう……?
するとクラウス先生が、私の背中にそっと優しく手を置いて、仰った。
「……私と砂浜を散歩するのは……楽しくないですか?」
……へっ? ひょっとしてクラウス先生、この砂浜デートが一番の目的だったの!?
私はめっちゃ驚愕して、クラウス先生の顔を見ると、なんとも艶めかしい表情で、私に微笑まれた。
いや、その、それはひょっとしたら職権乱用では??
確か王族は、妙な噂がたってはいけないとかで、異性とデートとかもできないみたいなお話を先日お伺いしたばかりだけど、これは、私がモーゼの杖所持者なのをいいことに、王族の務めを果たしている体を装って、ちゃっかりプライベートを満喫していらっしゃるのでは!?
ま、まあ、クラウス先生は日頃激務でいらっしゃるし息抜きも時には必要とも思われ、そのお相手としてお散歩くらい全然お付き合いしますけれど。私だってめちゃ目の保養になるしむしろ役得、うれしい限りです。
だけど、まさかそれを授業中にされるとは、思ってもみなかったな……
っていうかひょっとしたら今まで神体山に私の体力増強を兼ねたお散歩って、そういう意味もあったのかな……
そのときは、クラウス先生のお気持ちを全く知らなかったから、ひたすら付き合わせて申し訳ないなあと思うばっかりだったけど……
そう言えば、以前エレガンドゥード山の山頂に海の戻り具合を目視で確認されるのをご一緒したときも、
『お寂しい、ですか?』
『いえいえ、そんなことはないです。ルーク兄様やルシフェルとはディナーで毎日のように顔を合わせていますから』
『……そうですか、それならば良かったです』
みたいな会話をしたような気がする……
そうか、全く気づかなかったな……
私はまたクラウス先生のほうを見た。すると先ほどの妖艶美しい表情ではなく、今はどことなく寂しい表情をされている。
私がクラウス先生に視線を向けると同時に、私の背中に置かれているクラウス先生の手が、少しだけ、ピクッと動いた。
「……本当ならば、手を繋ぎたいところですが、さすがにそこまでは……王族としてモーゼの杖所持者を見守るという任務の範疇を超えてしまいますので……」
ええ? それって完全に砂浜デートじゃない??
私、前世のアニメで見たことあるもん。恋人同士が手を繋いで砂浜走るやつ。クラウス先生は、あれをされたいんだろうか??
ひゃあ、想像したらめちゃ赤面もんだわ。私の手を引っ張るクラウス先生の微笑みが、私の妄想の中ではめちゃキラキラしてた!
い、いけない、いけない、これ以上想像したら、頭に血がのぼって血液蒸発してしまうわ。
大体、ここまで来るのに、神体山登って降りてして、おまけに砂浜も結構歩いたし、砂浜を走る体力なんて、今全然ないのよね。
そうか、砂浜デートを成功させるには、もっと体力が必要なんだな。
よし、未来のためにさらなる体力増強は必須だと、心に刻んでおこう。
前世で見たやつ、やっぱり一度は経験して、みたいよね……?
私がそんな恥ずかしい妄想だったり、決意を新たにしていると、クラウス先生が前方を指差された。
見ると、木製でできた小舟用の小さな係留場があった。砂浜から海の方にせり出していて、ボートも何隻か繋がれている。
「あそこに丁度ボートがありますので、帰りはあれで帰りませんか? ここまでずっと歩いて来られたので、さすがにソフィーも疲れたでしょう」
うう、砂浜デートのあとは、ボートデートプランまであったのか。めちゃ用意周到に思う。
そう言えば、先ほどの魔笛の素晴らしすぎる演奏も、ひょっとしたらデートプランの一環、演出のひとつだったのかも知れないな……だって、めちゃ美しくてうっとししちゃったし、何より、
『思いを込めて、演奏しましたから』
って、仰ってたような、気がする……
お、思い出したらめちゃ顔真っ赤になってきた!
ついでに言うと、クラウス先生のお気持ちに気づかず、ぼんやりしていた私のことも思い出して、さらにめちゃ恥ずかしいし!
などと、勝手にまた妄想を暴走させてしまったんだけど、いい加減返事をしないといけないことに、ちょっと気が付いた。
「あの、さすがにボートでの帰還は、目立つのではないでしょうか……」
そうそう、今私が赤面しているのは、『ボートで帰還すると目立って恥ずかしいから』、ということにしておこう。
「心配には及びませんよ。帰りは海と魚の様子を調査しながら帰還したと言えば、何の問題もありません」
おお、そうか。確かにその言い分ならとても自然と思う。
クラウス先生、さっきも係留場の上から目視されてただけだったもんね。
って、速攻納得させられちゃう私もちょろいっちゃあちょろいんだけど。まあ、いっか。
クラウス先生が、めちゃニッコリと微笑まれて、私をご覧になる。目がもう、『ボートで、帰りますよね?』と、仰ってるみたいだ。
そして私も、『そろそろ座りたいなあ』とか、『ボート、乗ってみたいなあ』とか、『クラウス先生とボートに乗るのは、何より目の保養になって、楽しすぎるだろうなあ』などという欲望には勝てず、次の瞬間私は「……はい」と俯きながら呟いていた。
小さなボート係留場に着くと、ボートに乗るためクラウス先生が手を差し伸べてくれた。
おお、めちゃ紳士! そして、笑顔が眩し過ぎ!
って内心思いながら、クラウス先生の手の上にそっと私の手を置いて、ボートに乗せてもらった。
……先ほど、『手を繋ぎたい』と仰ってたクラウス先生……この一瞬の触れ合いに、少しだけ時間をかけていらっしゃるような、そんな気がした。
ゆっくりとボートが動き出す。水面に視線を落とすと、小さな波が揺れて、動いているんだなと実感する。陽の光があたって、キラキラしてとてもキレイだ。
「クラウス先生は、ボートを漕ぐのもお上手ですね」
「先日、アドリアーナ先生が船の試運転をされるときに、私もご一緒して、ボートに乗ってみたりもしたのですよ。まあ、なんてことはありません。馬に乗るより簡単です」
そうなのか。じゃあ、私にも漕げるのかな? でも、腕の筋肉が異常に要りそうなんで、やっぱり無理かもしんないな。
「アドリアーナ先生が先日船の試運転にいらっしゃったとのことですが、ひょっとしてクラウス先生もご一緒だったんですか?」
「はい、そうです。反対側の転移陣には、魔力奉納の訪れるためにやって来た他領地の貴族と、一応例外として、王の許可を得た王族、そしてその王族が連れて行く者しか行くことができませんので。今日、皆でこのように海の調査に来れるのも、王の許可と、王族である私の引率があるからなのですよ」
「そう言えば以前、王族は王様の許可があれば、神体山に関わることができるというお話をお伺いしたことがあります。これも、その一環なのでしょうか?」
「仰る通りです。王族ならば『神の御意思』による王の許可さえあれば、夜の神体山の魔力奉納も可能ですよ。また、魔力奉納は神体山の生命線ですので、同じように許可があれば、王族命令で他の貴族の魔力奉納も可能です」
「夜の神体山と言えば、去年の蛍を見に行ったときのことを、思い出しました」
「私も初めて見ましたが、とても綺麗でしたね……蛍を見に行ったときはイラエ山のみの解放でしたので他領地含むあらゆる貴族に魔力奉納をさせることが最優先でしたが、今後神体山が解放するにつれて、神体山の魔力奉納が足りない場合も出てくる可能性があります。そのときは……私含め、ソフィー、そしてボールドウィン侯爵家など魔力を多く有する貴族に夜の魔力奉納をお願いすることも、ひょっとしたらあるかも知れませんね」
「それが蛍の季節だと、なおよいなあと思いました」
「ええ、本当に……」
そう仰ってクラウス先生が、私に優しく微笑まれた。
……めちゃ、癒される……とか思いながら、そういえば今年は蛍を見に行けなかったなって思った。
もともと蛍出現が十日間ほどなんで、短すぎるっていうのも理由のひとつだけど、やっぱりクラウス先生も多方面に駆り出されていていてお忙し過ぎるというのもひとつの原因だと思うんだよね。
最近までは、王様の側近だから忙しいのかとばっかり思っていたけれど、この世界の第一王子と知ってからは、多方面に駆り出されるだけでなく、多くの執務もこなされているということも知ったので、とてもじゃないけどこれからは、『蛍見に行きたい』とか口が裂けても言えないなあと思った。
何よりクラウス先生ご自身が、見に行きたいと思っているのに見に行けないお立場でいらっしゃると思うからさ。
でもまたいつか皆んなで蛍、見に行けたらいいな……




