クラウス先生の本当のお気持ちは……
私もみるみるうちに顔が真っ赤になっていった。目をそらしたいのにでも、そらせない。
私は自分の両手をクラウス先生の両腕にかけて、引っ張って私の頬からはがそうとするんだけど、うんともすんともならない。
結局私はクラウス先生の至近距離お顔どアップから、逃れることはできなかった。
「そう、あえて近くしている。君の顔も赤くなったので、私も満足だ」
言葉遣いが、先生口調じゃなくなってます、先生……いえ、クラウディウス王子。
「満足されたのなら、手を放して下さいませ、クラウディウス王子。さすがに恥ずかしくて涙目になってきました」
「問題ない。もし涙したのなら、私が指で拭えばいい、こんな風に……」
クラウディウス王子は、私の頬に両手を置いたまま。私の目の下を親指で優しく滑らせた。
私をじっと見つめる瞳は、とても優しい……
私はクラウディウス王子の瞳を見て、夜明け前の闇は一番暗くて深い紺色になる、という話を思い出した。
王子の瞳の色、紺色の闇が広がっているようなその色は、とても暗く、そして深く、闇が今明けるのを心待ちにしているような、夜明けの兆しを期待するような、そんな奥深い、今まで見たことないほど暗い色だった。
あまりに深くて、吸い込まれそうだ……
私はふらっとする気持ちを抑えるように、ぎゅっと目をつむった。すると、本当に涙が滲んでしまった。
そりゃそうだ。こんなシチュエーション、さすがにちょっと恥ずかしすぎる。
クラウディウス王子は、親指で私の涙を優しく拭われた。
「ああ、本当に泣かせてしまった……すまない」
私はもうただ、なされるがままにしている。
「先ほど、クラウディウス王子は私のこと、”か弱い女の子”と仰いましたのに、そんな”か弱い女の子”を泣かせたら、ダメだと思います……」
「確かに私は、君を”か弱い女の子”と言った……だが、私を思って恥ずかしがる君は、この上なく可愛い……」
と、さらっと優しい微笑み付きで仰った。
な、何を言ってるんですか! クラウディウス王子!?
「もう無理です、もう本当に、手を放して下さい、私もう、涙が止まらなくなりますよ?」
そう言って必死で訴えて、私の頬にある王子の両手をはがそうとするけど、やっぱりうんともすんともならない。
それどころか、深い闇色の瞳がまた一段と深くなり、私をじっと見据えて、仰った。
「問題ない。君の涙が溢れたら、今度は唇で拭えばいい。ほら、こんな風に……」
お、王子の顔が、私に迫ってくる!?
ひゃー---! 待ってください。ちょっと待って!? めっちゃ美しカッコいい顔が、さらに私に近づいて来るんですけど??
私はもうあんまりにも恥ずかしいんで、慌てて顔を両手で隠そうとする。するんだけどでも、既にクラウディウス王子の両手が私の頬にあるので隠すことができない。
私はたまらずまた目をぎゅーってつむって、涙こぼしつつ、両手で王子の両腕を必死で叩いて、ひたすら「待って下さい、待って」と叫んだ。
次の瞬間、クラウディウス王子はさっきまで私の涙を拭っていた親指の一つを、私の唇の上にそっと置かかれた。
私はハッとして、思わず叫ぶのを止めた。軽く置かれているだけだったけど、私はもうそれ以上、喋ることができない。
私がクラウディウス王子を涙目で見上げると、王子は私に諭すように言った。
「黙りなさい、声が大きい。人に気づかれる」
た、確かにこんな状況、人に見られたらまずい。私はすぐに口をつぐんだ。
どうやらこの書庫室は防音ではないようだ。まあ、貴重な蔵書ばかりある書庫室で騒ぐ人って、いないからだと思うけど。
もちろんこの書庫室には王様の許可なく入ってくることはできないので、現場を押さえられるっていうことはないけれど、でも、騒ぎ声が聞こえたら……怪しまれるよね……
私がずっと涙目でクラウディウス王子を見ていると、王子は、
「いい子だ」
と仰って、私をおもむろに、抱きしめられた。
声を出してはいけないので、私はじっとしている。当然は顔めっちゃ赤い。
私の顔の位置が、ちょうどクラウディウス王子の心臓の音が聞こえるくらいの位置にあるので、王子の鼓動が否応なしに聞こえてくる。
王子の胸の鼓動が、早いのがわかる……
すると王子は私の頭の上に自分の頬を乗せ、深く深く息をされた。
そして、しばらく私を、放してはくれなかった。
……どうすればいいのかな、ずっと腰をひねっているので、ちょっと腰が痛くなってきた。
そんなことを思いつつ、少し体を動かすと、王子は私を抱きしめ直した。
「すまない、気持ちを抑えられなかった。今、私は一人の男としてここにいる……こんなこと、するつもりではなかった……ずっと、隠し通すつもりだったのに……」
隠し通すつもり……
それはきっと、この世界の第一王子なので、まだ世界の状況が落ち着かない中では、お役目が一番大事と思っていらっしゃるからに違いない。
……でも、理由はそれだけでもないかも知れない。
なんでもこの世界は一夫一妻制で、離婚も禁止、よって王族の伴侶選びは慎重に慎重を期さないといけないので、小さなころから王族は、余計な混乱を引き起こさないためにも、女や金などの欲を跳ね除け、寄せ付けないように教育され、また、プライベートで婚約者以外の異性とデートしたり、プレゼントをあげたりとかも、一切できないそうだ。
そんなこともあって、王族は自分の気持ちを、婚約という形が整うまでは、表に出してはいけないという。
一夫一妻制で、離婚も禁止となると、伴侶選びにはどうしても、慎重になっちゃうよね……
ずっと隠し通すおつもりだったクラウディウス王子のお気持ち、当然だなと思った。
「でも私は、自分の気持ちを押し隠すことが、できなかった……王族である前に、ひとりの男として君の前に立ちたいと願う自分がいる……」
そう仰って、クラウディウス王子は私をさらに抱きしめられる。
王子の胸の鼓動が、また一段と早くなったような気がした。
私はとにかく何をどうしていいのか分からないので、ただクラウディウス王子の胸の中で、じっとしていた。
すると、クラウディウス王子が軽く息を吐き、仰った。
「ひとつ、忠告したい。君は今まで育って来た環境が環境だから、親しく接してもらえることに喜びを感じて、少しでも感謝の気持ちを表したいとか、何か役に立ちたいとか、そんな気持ちで周りと接しているのがよくわかるが……それは、男が勘違いする時がある。特に、容姿も中身も優れた女子に、命でも助けられようもんなら……男なら、真剣にならないはずがない。これは私だけではない……
言っていいのだろうか、ルークも……いや、ルークだけじゃない、命を助けるなど関係なくとも、君のその持って生まれた天性のものでルシフェルも、そして他領地の男まで……正直きりがない。君は勘違いさせてるつもりはさらさらないのは良く分かるが、容姿に加えその能力、男が勝手に好きになって寄ってくる、だから……できれば自覚して欲しい」
そう仰って、クラウディウス王子は、また私のことを抱きしめられた。
クラウディウス王子……ルーク兄様のことや、そしてルシフェルのことまで……ご存じだったんだ……
いつからご存じだったんだろう……
あと、エミール様のことに関しては、ひとりの男云々とかではなく、完全にご自身の趣味と興味だと思うんだけど、でも、私に意識が向いているといえば、向いているともいえるか……
私も薄々感づいている。顔だってさ、最初鏡見たときだって、本当に驚いたもん。自分の顔だと信じられないくらいだった。
能力だって、私は転生してきているから転生特権とかもあるし、あとモーゼの杖とかも……
でも、自分ではどうしていいのか分かんないし……
「あの、自覚して欲しいとは、つまり、何をすればいいのでしょう?」
クラウディウス王子は、私を抱きしめられたまま一切動かれなかった。
私がすべきこと、できることを考えて下さっているのだろうか。
しばらくしてクラウディウス王子は、私を抱きしめられながら、また私の頭をゆっくりと、なでなで始められた。
「正直、私にも分からない。君はただ王立学院生活と神体山解放と魔力奉納という日常を送っているだけで、これ以上、どうしようもない」
王子はひとつ、ため息を吐かれた。私の頭の上に王子の頬があるので、息が暖かいのが分かる。
「どうしようもないというのは私にもわかっているのだが、ただ、これ以上ライバルが増えるのは困る、と、正直思っているだけだ」
意気消沈気味にそう仰って、王子は私を抱きしめ直し、今度は反対側の頬を、私の頭の上に乗せられた。
クラウディウス王子も首がだるいのだろうか。私はひねり続けてる腰が、ちょっとだるいけど。
なんかちょっとこのひっつきたがるこの感じ、クラウディウス王子は甘えたさんなところあるんじゃないだろうか? 一人っ子さんだからかな。
大人っぽいのに強引、色っぽいのに甘えたさん……典型的なギャップ萌えだよね。こりゃモテモテだ。なんかちょっとズルい。
……っていうか、王族はいろいろ禁止事項があるのに、私とこんなことしていて、いいのかな……?
いや、いいわけないからこそ、さっき『隠し通すつもりだったのに』と仰っていたわけで……
でももうそれができなかったから、今こんな状態で、『一人の男としてここにいる』とか仰るわけで……
なんかもうホント、いろいろ考えたら考えるほど、顔が赤くなってくるな……
私がクラウディウス王子の胸に顔を埋めると、王子がボソッとシャレにもなんないことを呟かれた。
「全てのことが終わったら、王族命令で、君を后することもできないでもないが……」
「き、后!?」
私はめちゃ驚いて、思わずクラウディウス王子の胸から顔を離してそう言うと、今度はさらにきつく抱きしめられ、王子は髪を撫でていた手で、私の顔を自分の胸に押し付けられた。
「声を、あげてはいけない……次、声をあげたら、君の口を塞ぐのは、私の親指でも、私のこの胸でもなく……私の唇だからな」
クラウディウス王子はそう仰って、私の頭の上にご自身の唇を押し付けられた……こんな風に、強く押し付けるぞと言わんばかりに。
ぜ、絶対に声出しません! 出しませんから!!
で、私は悲鳴をあげることができないので、心の中で精いっぱい悲鳴をあげていると、クラウディウス王子がまたゆっくりと、話を続けられる。
「……だが、王族命令とか無理強いとか、そういうのは趣味じゃない……私は君に、選ばれたいと思っている」
そう仰って、王子は私の髪をまた優しく撫でられた。そして、私の頭上を少しだけ頬ずりされた。
私のことを愛おしいと思って下さってるのは、本当によくわかる。
でも、どうすればいいんだろう……私の気持ちが固まるのを待てばいいのかな……
ルーク兄様や、ルシフェルのことだって……
そんなことを考えていると、少し沈んだ声でクラウディウス王子が仰った。
「あと、ルークとルシフェル、君の話題が上ったときだけなのだが、少し微妙な空気になる。お互い、まあ隠しているつもりなんだろうが、見ていれば分かる。それにはあまり、波風を立てたくないと私は思っている。
また、私のことも……極めて残念なことながら立場上、自分の気持ちを表明することが今はできないため今日のことはここだけの秘密だ。私はこの書庫室を出たら、いつものクラウスに戻る」
クラウディウス王子は私の心でも読めるかのように、ルーク兄様やルシフェルについて言及された。
そうだよね、二人のことを考えるとそれがいい……
そう思って少しほっとしていると、
「ほっとしているな」
と仰った。
なんで見透かされたんだろう……ずっとクラウディウス王子の胸に顔を埋めているので、表情なんてわかりっこないのに……
私は何も言えずじっとしていると、
「返事がないが?」
と返事を促されたので、少し顔を横に向けて、口を王子の胸から離し、答えた。
「声をあげてはいけない、と言われてます」
すると、髪を撫でていた手がピタっと止まり、両手を私の肩の上に置き私をご自身の胸から離して、そして私のことを、じっと見つめられた。
「確かそうだったな……次に君が声をあげた時は、私の唇で、君の口を塞ぐと」




