はたから見た一枚岩の上にいる私
そしてクラウス先生は、私のことをじっと見つめられる。
うう、そのように真剣な眼差しで見つめられ、そして同意を求められて、拒否できる女子はこの世にいないと思います……
というわけであまりに恥ずかしいので、話題を変えてみることにしよう。
「……あの、ひとつ質問なのですが、クラウス先生は私のこと、過酷極まりないと仰いましたけれど……確かに自分でもとても辛くて大変な任務だと思い、精一杯努力しているのですが、はたから見てて、私はどのように映っているのでしょう?」
私がそう尋ねるとクラウス先生が仰るには、神体山解放時一枚岩の上にいる私は、体はぼんやりと光に包まれているように見えるものの、でも、一枚岩全体に漂う黒くて少し紫色が混じっている貪汚の瘴気に、さらに上から覆われていて、それに呑まれてしまいそうなのだという。
それで、見るからに私は危険いっぱいらしいんだけど、だからといって自分たちがその一枚岩の上に乗ることができないし、助けに行くこともできないし、結局神体山の山頂にいる魔物を倒すことしかできないので、そんな自分がとても歯がゆいと、クラウス先生は仰った。
「山頂の魔物退治に集中しなければと思いつつも、やはりどうしても気になり、時々ソフィーの様子を見てしまうのですが……本当にいつ見ても、胸が潰れそうです……」
クラウス先生のお顔に苦悩の表情が広がって行く。
世界のためとはいえ、ご自身が拾ってきた少女に過酷なことをさせていると、自責の念にかられていらっしゃるのかも知れない。
そしてそのお気持ちは、私が一枚岩の上に乗っているときだけでなく、いつも私に対して抱いていらっしゃる感情なのかも知れないな……
私はクラウス先生の目を見て、キッパリと言った。
「クラウス先生がそんなに気に病まれることなんてないです。神の御意思かウリエルの気まぐれか何かは分かりませんが、私がモーゼの杖所持者として選ばれた以上、私がやらなければならないことですし、またそれをしなければこの世界が滅んでしまうわけなので、結局は私、自分のためにもしていることですから……それよりも、私が神体山解放に集中できるように、本当に命懸けで魔物たちと対峙して下さり私のことをいつも守って下さって、本当に感謝しています。ありがとうございます」
私はそう言ってにっこり微笑むと、クラウス先生は少し微笑まれたあと、口をきゅっときつく結ばれた。
そして立ち上がり、私の座っている椅子のひじ掛けに腰をかけて、私の頭を優しく撫でられた。
「こんなことしか、できない……」
とクラウス先生は寂しそうに仰る。
そんな寂しそうな表情を、なさらないで欲しいな……
それでなくてもクラウス先生は、昨日ホントに命を落としかねなかったし、ご自身に与えられていることを、世界のために、いつも全力で取り組んでいらっしゃる。
お互いができることを精一杯取り組んでいる……それで、いいんじゃないかな……
「とても嬉しいです。こんなに励ましてもらって……むしろ、お気を使わせて申し訳ないです……クラウス先生のそのお気持ちに、精一杯応えたいって心から思ってます」
本当は、皆んなの期待を裏切ったらどうなっちゃうんだろう……っていう不安、ないと言えば嘘になる。でも、世界の存続がかかってるので、とにかくひたすら前に進むしかないと、私は思っている。
……で、思ってはいるんだけど、とにかく今クラウス先生が、私の椅子のひじ掛けに、軽く腰をかけていらっしゃるのもあり、すごく近くにいらっしゃるんで、本当めちゃドキドキしちゃうな。
私の頭をなでなでして下さってるのは、とても嬉しいんだけどさ……
私がそんなことを考えていると、クラウス先生は、私の頭を撫でていないもう一方の手をゆっくりと上にあげられた。
そして、その手がどこに行くのかなと思って見ていたんだけど、結局その手はなすべきことがないのか、宙をさまよい、ことのほか所在なげで、結局何をするでもなく、クラウス先生の太ももの上に戻った。
クラウス先生の顔を見たら、どこか悔しそうに、俯いていらっしゃる。
私はそんなクラウス先生の表情を、じっと観察してみる。
……そうか、金髪だから、まつ毛の色も金色になるのか。
金色まつ毛から覗くように見える闇色の瞳……めちゃ幻想的……
そしてクラウス先生の物憂げな表情も、本当に美しいなあ……
笑顔ももちろんステキなんだけどさ、こういう物思いにふけっていらっしゃる様子のクラウス先生の表情はあんまり見ないし、また、金髪王子モードでは初めてじゃないかな? なので、思わず見惚れて、私の”心のサプリアルバム”に、永久保存してしまった。
……って、あ、見惚れている場合じゃなかった。
物憂げな表情をされているということは、ひょっとしたらクラウス先生、死にかけるほど頑張っていらっしゃるにもかかわらず、それでもまだ満足できずご自身の不甲斐なさみたいなものを感じ、気に病まれているのかも知れない。
全く、筋違いも甚だしい。
これは私、クラウス先生を全力で励ましたいな。
いつも励ましてもらってばっかだもん。
今もクラウス先生は、私の頭をなでなでして私を励ましていらっしゃるけれど、今度は私の番である。
とはいっても、どうしようかな……
そうだ、いつもルーク兄様がして下さる”お手々ぎゅっ”とかがいいかな?
私、いつもそれで兄様から励ましてもらって、めちゃ元気出るもん。
さすがに大の大人であられるクラウス先生に、私ごときが頭なでなでするわけにはいかないし、よし、”お手々ぎゅっ”、しよう!
私はそう思いつき、先ほど所在なげに宙をさまよい、今はクラウス先生の太ももに置かれている手をそっと取って、両手で包んだ。
そして、クラウス先生の瞳をしっかり見て、言った。
「あまり、気に病まないで下さい。クラウス先生は本当にご立派です。いつも世界のことを考えて、率先して問題に立ち向かい、命懸けで人々を救い、世界の王子、そして次期世界の王様という重責を全うされています。皆の期待に押しつぶされず、神体山解放も順調で、結果を出し、期待に応え続けています……
あと、クラウス先生は、王族の替えは”神の御意志”でなんとでもなるみたいな仰りようですけれど、クラウス先生の替えなんて絶対にいませんから。私にとってクラウス先生は、この世にただひとりです。だから、本当ならもっとご自身を大事にして欲しいし、あんな死にかけるようなこと二度と起こって欲しくないのに……私だって、こんなことしかできなくて……本当に歯がゆいです……」
私は先生の手を両手で包み、きゅっと少し力を込めてみた。
クラウス先生は私にとって、とても大切な人だ。っていうか、恩人そのものだ。
少しでも、伝わるかな……この手のぬくもりがクラウス先生の胸に、じんわり広がってくれないかな……大切なんだよ、絶対死んで欲しくないよって……
すると、クラウス先生の顔が、みるみるうちに一気に赤くなっていった。耳まで赤い。陶器のような色白肌なので、赤くなったら一目瞭然、めちゃ分かっちゃう。
……え?
私が驚いて、クラウス先生を見て目をぱちぱちさせていると、クラウス先生は一瞬驚いて、そのあと視線をさ迷わせ始められた。
ご自身の顔がみるみる紅潮し、それを自分でも分かってはいても自力で止められない、そんな戸惑いの表情に私には見えた。
これは、何と声をかけるべきか……いや、声をかけないほうがいいのか……?
今まで見たことないクラウス先生のお顔めちゃ真っ赤なご様子に、私も戸惑い、とりあえず私の両手の中にある先生の手を、そっと先生の太ももの上に戻した。
するとすかさずクラウス先生は、ご自身の両手で私の頬を包み、私の顔をちょっと強引に自分の方に向け、顔をめっちゃ近づけて、じっと私をご覧になった。
「私だけ顔が赤いのは、さすがにずるい」
「ち、近いです、クラウス先生……」




