神体山解放後なのに貪汚の瘴気が……?
すると、一枚岩に漂う貪汚の瘴気だらけの中、モーゼの杖の光がさらに強まり、一枚岩の中心部を中心として、徐々に光が円形に広がりはじめた。
その光る円には魔法陣が描かれていて、光が徐々に広がっていくにつれ、その魔法陣の全貌が明らかになっていく。そして、光が徐々に広がっていくのと同時に、ベルフェゴールの酷すぎる思念も、徐々に外へと追いやられていく。
そして遠くの方で、
「これほど考える隙を与えず絶望をたたみ掛けたのに。これほど思考放棄させても貪汚落ちしない人間は始めてだ……」
とかなんとか悔しがるベルフェゴールの声が聞こえた気がしたけど、最後まで聞き取れなかった。
そして、円状に広がっていた光がさらに広がり、光が一枚岩全てを光で覆う。そして、一枚岩上面いっぱいに出現した魔法陣が、ピカって光って発動、私は一瞬驚いて、辺りを見ると光りながら、前回同様に上にあがっていく。そして大空に広がって、金色の光の祝福となり、大地に降り注いだ。
ああ、いつもと同じだ……やっと、終わった、やっと……
私は激しい脱力感に見舞われ、思わずその場にペタンと座り込んだ。一気に緊張感から解放される。そして、神体山解放に大天使ウリエルの補助ありといえど多くの魔力を使ったので、結構フラフラだ。
そんな中、前回同様、金粉のように降り注ぐ祝福が、神体山を魔力で満たし、それと同時に、その祝福により、辺りにいる魔物たちが全部跡形もなく消えていく様子を、私はぼんやりと眺めていた。
で、いつもならここで、魔物退治に専念された皆さまの、喜びに満ちた歓声が沸き上がるところなのだけど、今日は、違った。
……
なんか、どよめきや悲壮めいた声が次々と私の耳に入って来る。
私は慌てて辺りを見渡すと、私の視界には、黒くて時々紫色が混じる貪汚の瘴気が飛び込んで来た。
……え、魔物……?
そう言えば、今日の魔物……悪霊は、めちゃ数も多くて強かった。神体山解放時の祝福だけでは、倒しきれなかったんだろうか?
でも、皆さまの行動もおかしい。
魔物なら退治しようとするはずなのに、退治するどころか、近寄ろうにも近寄れない、そんな風に狼狽えていらっしゃるようにも見える。
「早く!『エフージオ』を唱えられる者を回復させろ!」
「クラウス様が、大変なことに!!」
……え、クラウス先生……?
私は急いでその貪汚の瘴気が立ち上る場所に走って行った。
正直、魔力はほとんどない。おまけに体力もほとんどない。
今日ほど自分の手足がどれほど重くて、どれほど自由に動かないか、こんなにじれったくて焦る思いに駆られたことはない、でも、自分の出せる精一杯の力で、とにかく必死にその場所へ駆け寄った。
すると、クラウス先生は地面に横たわり、そこからおびただしいほどの貪汚の瘴気が漂っていた。
凄く苦しそうな顔をされている。でもまだ、息はあるようだ。
「ソフィー様! 我々にはなすすべがなく……」
クラウス先生の周りにいた方々が、ほとんど絶望しながら私に訴えかけてこられる。
でも、まだそんな顔しないで……
私は、絶対に、クラウス先生を助けるんだから!!
私は急いでモーゼの杖を出し、力強く「エフージオ!」と唱えた。
魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりとクラウス先生を包んでいく。
『エフージオ』は貪汚を分解吸収、通常の魔力エネルギーに変換する闇属性の最上級魔法。少しでも効果が高いように、私は魔法陣を発動し、『クラウス先生の貪汚をひとつ残らず吸収して』って心から願いながら、呪文を唱えた。
そして、ほんの少しずつだけど、徐々にクラウス先生を覆っていた貪汚の瘴気が分解され、魔力エネルギーとなり吸収されていくのが分かる。
クラウス先生……どうか間に合って……どうか、お願い、助かって!!
私はもう泣きながら、祈りを込めて術を行使した。
私が一枚岩に入る前にいた悪霊たち、めっちゃたくさんいた。
ポルターガイスト、マイリング、ナイトメア、デオヘン、そしてミミック……
そしてそれがどうして、このような状況に……?
私が泣きながらそんな考え事をしていると、ルーク兄様が私を見つけて急いで来て下さった。でも、凄く体力や魔力を使われたのか、本当にふらふらで、今にも倒れそうでいらっしゃる。
「ルーク兄様! 無事で!」
「私も皆も大丈夫だ、ただ……」
ルーク兄様はそう仰って、まず私の涙を指でそっと拭われてから、そっと私に微笑まれ、そしてとても心配そうに、視線をクラウス先生に落とされた。
ルーク兄様の暖かい微笑みを見て、兄様がせっかく涙を拭って下さったというのに、さらにブワッて涙が溢れてくるんだけど、でもまた涙を拭って下さったりしつつ、ルーク兄様は今回の山頂での戦いを、私に説明して下さった。私はとりあえず、ルーク兄様のお話に耳を傾ける。
今回の戦いは、とても大変だったそうだ。
ポルターガイストやマイリングを退治しながら、ナイトメアやデオヘンの精神攻撃に対抗しないとダメだったんだけど、それができずに精神が病み、今のクラウス先生みたいに貪汚の瘴気に覆われる者が続出したそうだ。
今回の神体山解放では、養父様率いる騎士団の中に、魔法師団の精鋭部隊もいらっしゃった。
というのも、イルスガウディム山で貪汚膿に侵されたヒノキが凄く多くなっていたり、他の未開放の神体山からは、麓に下りてきて魔物被害も報告されていたので、あらかじめ魔法師団に依頼し、騎士団の編成に組み込んでいらっしゃったのだ。
で、そんな風に対応はしてあったんだけど、そもそも『エフージオ』をが闇属性最上級の難しい魔法で、魔法師団の皆さまも得意な属性とか、魔法そのものの向き不向きもあり、『エフージオ』を使える方が、そんなにいらっしゃらなかったという。そして、『エフージオ』はめっちゃ魔力を吸収しなければならないので、魔力の器がいっぱいになると、器を広げるか、魔力を使うかしなければならないんだけど、さすがに被害者続出の中、魔力の器を広げている暇はなく、攻撃魔法で魔力を消費しながらまた『エフージオ』、そのルーティンを繰り返していたそうだ。
でも、『エフージオ』をかけられた者はそれだけで回復するわけではなく、誰かが『ヒール』をかけなければ意識不明の状態のままだ。そして、『ヒール』をかけて意識を戻したとしても、すぐにピンピン動いて戦えるわけでもない。そのあと『ビターレ』をかけて体力を回復しなければならないけれど、それらの一連の工程がいろいろと時間がかかりすぎる。戦力は削られていく一方だ。
そして、そんなこんなでもう色々間に合わなくなってきて、貪汚の瘴気に覆われて倒れる人たちがさらに続出、戦える人たちも減って来て本当にジリ貧状態になったときに、騎士団の皆さまを貪汚落ちさせてはならないということで、クラウス先生が貪汚の瘴気で倒れた人たちを救出する側に周り、『エフージオ』を皆にかけていかれ、そしてご自身も、攻撃魔法で魔力を発散させながら対処されていた。
でも、それでもまだ間に合わない、倒れた人が多くそれだと皆を救えないということで、攻撃魔法で魔力を発散する時間的余裕はないと判断され、魔力の器の限界が来ながらも『エフージオ』を唱え続け、貪汚の瘴気を吸収し続けて、そしてその結果……このような状態に、なってしまわれたのだという……
金色の光の祝福が大空に広がって降り注ぎ、魔物をせん滅した後は、悪霊と対峙する必要はなくなり、クラウス先生の努力の甲斐あって、クラウス先生以外貪汚の瘴気に覆われている者はもういなくなったので、とりあえず意識不明で倒れている方々にまずは『ヒール』をかけていかないとということになった。そして光属性が強い光の一族である養父様と筆頭に、ルーク兄様、ルシフェル、そしてエイデン先生も異常に光の魔力が強いので、その施術に今は追われているという。ルーク兄様はその施術の最中に私を見つけられたので、私とクラウス先生を心配、そして状況を説明するために駆け寄って来て下さったけれど。
また、『ヒール』自体はそんなに難しい魔法ではないので、魔法師団の皆さまも、騎士団の皆さまも『ヒール』を使えてまだ魔力的に余力のある人は皆んなで『ヒール』をかけ、一丸となって作業に当たられているという。本当は体力回復の『ビターレ』もかけられるといいんだけど、とりあえずまずは皆の意識を回復させないといけないということらしい。でも、『エフージオ』が使える魔法師団の人には『ビターレ』をかけて体力を回復させ、クラウス先生を助けるために今必死に処置を施していらっしゃるという。
「ルーク兄様、詳細を教えて頂きありがとうございました。兄様は、『ヒール』の作業に戻られますか」
「ああ、今父上が『エフージオ』を使える者を『ヒール』と『ビターレ』回復させているので、ここに連れてくる」
「……いいえ兄様、その必要はありません。養父様はじめ他の皆さまは、他の負傷者を助けることに専念して頂ければと思います……私が絶対に、クラウス先生を助けますから」
私は力強い目でルーク兄様を見た。
ルーク兄様は少し驚かれて、一瞬息を飲まれたけれど、すぐに気を取り直し、私の目を真剣に見つめられた。
「なら、ソフィーに任せたいと思う。何か助けが必要なら、遠慮なく私に声をかけて欲しい」
そう仰ってルーク兄様は、モーゼの杖を持っていない私の左手を取り、”お手々ぎゅっ“して下さった。
「……大丈夫だ」
そうルーク兄様は仰って、力強い目で私をご覧になってからしかと頷かれ、そしてご自身の作業に戻られた。
……ああ、ルーク兄様の”お手々ぎゅっ“はホント久しぶりだ……相変わらずほっとするし、心暖まるな……
よし、心のエネルギーは今満タンだ、絶対にクラウス先生を助けてやる、助けてやるんだから!




