サナモニア山の山頂と一枚岩
まずはいつも通りクラウス先生が、一枚岩までの突破口を開こうと、魔法を唱えられた。
「アルバラディス」
すると、かざした掌から眩い光と共に光エネルギーが放出され、光線上にいた魔物たちは、一気に消滅した。
これで一枚岩までの道筋ができたので、私たちはそこを突破しようとするけれど、今度はっ腐ったヒノキが私たちにめがけて飛んできた!
「ポルターガイストだ! 本体を潰せ!」
クラウス先生が叫ばれる。私は相変わらず下を向いて、頭を抱えつつ、地面と前にいるクラウス先生の足元と、そして、モーゼの杖が放つ一枚岩中心部まで続く光の筋を見て進んで行くしかできないので、状況が分からないのだけど、恐らくは騎士団の皆さまがポルターガイストの本体を叩きに行かれるのだと思う。でも周りにはいつもと違って、大音量の不快音が本当に酷い。パン、パンっていう破裂音や、黒板を爪を立ててキィーって擦るような音、また、悲鳴のような声もどんどんと聞こえてくる。
騎士団の皆さまに、クラウス先生の声、聞こえたかな。
もし万一聞こえていなくても、恐らくはこの腐ったヒノキが飛び交う惨状を見て、養父様がポルターガイストの出現予想され、機敏に動かれると思う。そう信じよう。
でもホント、この騒音、マジで耐えられない。鼓膜が破けそうだ。
私はモーゼの杖を持ってるから耳を押さえることができないので、そのまま耐えるしかなかった。
そして腐ったヒノキだけでなく、もちろん魔物も襲ってくる。
「マイリングだ! 騒音の正体だぞ!」
「あー、エイデン先生の歌のほうが百万倍いいわ」
「さすがに今は、歌っている余裕はないな」
いつもはおしゃべりなルシフェルとエイデン先生、でもあのエイデン先生が歌を歌うの諦めて戦闘に集中するなんて、前回の神体山より相当魔物が強くなっているんじゃないかなって思う。特にマイリングは活発で騒がしく、ひと言でいうと”ウザい”悪霊なんで、余計に面倒なんじゃないかな。
ルシフェルの冗談も、いつもよりトーンダウンしている気がするし……
まあ、冗談言えるだけ、まだ余裕はあるのかも知れないけど……
すると、向こうのほうからリアルな悲鳴が聞こえて来た。
「やめろ! 意識が……意識が……!」
「ナイトメアだ! 心に隙を作るな! 意識をしっかり保て!」
ナイトメアと言ったらその名の通り、悪夢を見せる悪霊だ。
騎士団の方、大丈夫かな、どなたかすぐ祓いの魔法をして下さればいいんだけど……
それにしても今日は、異常に悪霊が多いな……と思った瞬間、私の視界に霧が現れ始めた。
「デオヘンだ! ソフィー、防御結界を張るんだ! 精神に直接働きかけて来るぞ!」
「はい! ルーク兄様! テネムルス!」
私はルーク兄様が言われた通り、闇の防御結界を張った。悪霊だから、光属性の防御結界のほうが効果は高いけど、これから神体山解放で膨大な魔力を消費するんで魔力を取り込めるかなと思い、とりあえず、闇属性の防御結界にしてみた。
でも皆んなは戦いながらだから、大丈夫かな……
ルーク兄様はじめ、皆んなもちゃんと防御結界張ったり何か対策取られたかな……
それにしても今日は、ホント悪霊のオンパレードだな……って私が思っていると、向こうのほうから微かに、
「ダークベヒモスに、ゴーレムです!」
って声が聞こえてきた。
……え、悪霊以外の魔物まで、現れたの? いくらなんでもそれ、多すぎるんじゃ……
いつもならエイデン先生やルシフェルが、軽く会話もしてたりするんだけど、二人はもう既に戦いに集中モードだ。今、よっぽど大変なんだと思う。
私はもうなんか半泣きになってきて、思わず「今日はもう色々種類多すぎない?」ってぼやいてしまうと、エミール様の声が聞こえて来た。
「ソフィー様、ここにいるのは悪霊ばかりですよ。ダークベヒモスやゴーレムは、全てミミックの擬態です。対処方法は他の悪霊とほぼ同じですので、お任せ下さい」
今はエミール様のお顔を拝見できないけれど、私のことを励まそうとして仰っているのは分かった。なので、私も声を振り絞って言った。
「ありがとうございます、私も、頑張ります!」
それでなくても今、皆んなは私を一枚岩へ送り届けようと、多数の悪霊と対峙している。
私は、私にできることを、やるだけだ。
すると、クラウス先生が私に声をかけられた。
「ソフィー様、前へ!」
俯き加減の顔を少しだけ上げると、一枚岩の端の辺りに着いたのが分かった。すごい黒くて時々紫色がちらほら見える貪汚の瘴気が視界に入る。
私は意を決して、一枚岩の上に上がった。
貪汚の瘴気の中は、やっぱり瘴気が体にまとわりついて、すごく気持ち悪いし、恐ろしい。そしてやっぱり、とても息苦しい。
それにしても今回は異常に悪霊が多い。
マジで悪霊のオンパレードなんで、首座悪霊ベルフェゴールの『怠惰』か、悪霊の王とも言われる、魔王サタンの次に強いベルゼブブの『暴食』かな……
ベルゼブブだったら、ホントマジで怖いんだけど……
私がそんな恐怖を抱いていると、相変わらずいつも通り、残酷極まりない映像、音声、人の思念が私の脳に一気に入ってきた。
主に、長時間労働させられている人たちだ。工場で何かの部品を作ってるっぽい。で、同じ作業のルーティンワークに従事していた。で、それが全然苦にならない人も中に入るんだけど、それとは逆に苦になる人もいて、おまけに長時間労働で休みも少ない。そんな中で思考が負のスパイラルに入って行き、抜け出せず……自殺してしまわれた。
自分の人生、ずっとこのままなんだろうか。
ただこの作業を一生続け、食べて排泄するだけの人生……そんな人生を続けていく意味が、本当にあるのだろうか。
自殺してしまわれた人たちの多くが、そんな思考の中次々と命を絶たれていく。
そして、思念の中にはやりがい詐取も凄く多い。アニメーターや漫画家など、締め切りなどに追われ、寝る間も惜しんで仕事をしている。
でも、支払われるお給料は雀の涙で、とても食べていける状態じゃないんだけど、でも夢を諦めたくなくて、夢と現実の板挟みで耐えられず、打開策は何もないと絶望し、命まで絶たれる方もいた。
日本って自殺率も先進国の中で高いほうだけど、忙しくさせ、考えることを放棄させて、その結果、死ぬしかないっていう思考回路になってしまい、自殺してしまわれる方も結構多いのかも知れない。
また、命を絶つまでは行かなくても、とにかく忙殺の日々で、人間的に扱われていないせいで感覚が麻痺し、自身が奴隷のような扱いを受けていることにも気づかないまま、そのまま精神が病んで鬱になったりしてしまい、自主退職される人もいた。
これ、企業的には自殺されたら過労死云々で調べが入り、困るけれど、うつ病での自主退職なら、長時間労働の証拠さえ残さなければ、使い捨てができていいとかいう思惑があったりするのかな?
私がそんなことを一瞬頭に過らせると、どっかの企業で上司が部下に、夜中まで残業させるのにもかかわらず、定時にタイムカードを押させたり、仕事を自宅に持ち帰らせ、自宅で寝る暇も与えないほど仕事をさせたりしている思念が入ってきた。
ああやって、考える暇を与えないほど忙しくさせ、感覚を麻痺させて、人を奴隷化する。本当に酷すぎるなって思った。
そして、私の脳に入って来る思念がそういうものが多いっていうことは、ここにいるのは七大悪魔ベルフェゴールかも知れないなって思った。ベルフェゴールの『怠惰』は、『仕事をせずに怠けている状態』を示しているのではなく、働きっぱなしの人間が『本当の自分の姿になること』を怠けていることだと習ったからだ。
人間のロボット化。
でも、人間は感情を持つから完全にロボットになることはできない。
すると、人間奴隷ロボット化を切望する側の思念が入って来た。
「どの辺りまでなら精神が壊れないか、もし壊れても自主退職させる方向へ持っていく、ギリギリの線を攻めなければならない」
「正直大卒は、体育会系出身しか使えない、体育会系出身は、上の言うことは絶対服従が沁みついてるんで」
「今の教育の流行はお笑い草だな。リーダーシップとか、自分で考えて行動とかそんな奴は使いものにならん。だいたいリーダーは何人もいらないし、自分で考えて行動するならリーダーもいらない。言ってることが矛盾している」
「今の流行りは美辞麗句を並べることだからな。現実が全く見えてない。『とにかく上の言うことを聞け!命令に逆らうな!以上!』だろ」
「ただ、その本音を採用募集のところには記せないから、難しい。上の言うことに忠実な『人間ロボット』が欲しいとは、書けないからな」
「『素直な心と協調性、和を大切にする人材』『マナーを重んじる』だろうか? それでも間違って応募してくる奴はいるだろうが」
「その文句では他の企業とそれほど変わり映えしないが、まあ、本音を書いて応募してくる奴もいないし、変にパワハラ企業と悪評が立つと問題があるので、他の企業の人材募集と遜色ないようにしつつ、少しだけ本音が見えるくらいがいいだろうな」
「本音と建て前、実に難しいな」
「「「「はははははは」」」」
と言って、人間奴隷ロボットを熱望する鬼畜たちは、笑いながら語っていた。
……正直、虫唾が走る。
もちろんこれは七大悪魔が私を貪汚落ちさせようと見せている思念なので、あえて選んでこういう酷いのを私に見せているというのは、わかっている。
でも、人を人とも思わない、使い捨ての駒にしか考えていないこの人たちの会話や色々な人の思念は、私がもし虐待で死ななかった場合、日本で将来中卒でどっかで働くことになったときに受けるかもしれなかった仕打ちだと思うと、心底吐き気がした。
私は闇の感情が膨れ上がってきて、なんとか必死に抑え込み、魔力の器へ落とし込みながら歩いていると、ようやくモーゼの杖の光が指す中心部に辿り着いた。
私は、ゆっくりとひざまずき、両手を一枚岩の上についた。
すると、聞いたことのない声が、脳内に響いてきた。




