あのエイデン先生を説得??
「あの、エミール様……あの暑苦しいエイデン先生の妙な言い回しを、止められたりできますか?」
「容易いことでございます」
え? た、容易いこと!?
私はめっちゃ驚きの表情でエミール様を見た。エミール様は相変わらず、涼やかに微笑んでいらっしゃる。
「……お願いしても、いいですか?」
「承知いたしました」
と仰ってエミール様は颯爽とエイデン先生の隣に立ち、耳元近くで何かお話を始められたようだ。
結構長い間お話をされている。いったいなんの話だろう? 後ろから見てるんで表情までは分かんないけど、さっきまでいかり肩だったエイデン先生の肩が、みるみるうちに下がって来て、どっちかっていうと今は、なで肩にまでなっている。
明らかにエイデン先生が、トーンダウンしているのが分かった。
……エミール様、すごい……いったいどんな魔法、使われたんだろう……?
私が驚いてその様子を見ていると、エミール様が私のところへ戻って来られた。
「ソフィー様、万事上手くいきました」
「え、エミール様、いったい何をされたんですか!?」
「『クラウス先生にこんなところで貸しを作るのは、得策ではない』と、申し上げました」
一瞬、ひんやりした空気が流れる。
いったい、どういうことだろう?
エミール様は淡々と、一切表情を変えず、続きをお話になられた。
「毎年行われている対抗戦ですが、今年はクラウス先生が指揮をとられるそうです。ソフィー様、ご存じですか?」
「いえ、知りませんでした……そうなんですか……?」
「はい、ですので私は、『ご自慢の聖槍は、入学式の自己紹介で、ほんの一瞬だけ、一年生にのみ披露するのが、エイデン先生はお好みなのでしょうか?
聖槍を上に突き上げるだけで、エイデン先生はご満足なのでしょうか?
対抗戦で全校生徒の前で堂々と、その能力、その素晴らしさを披露されるほうがよろしいのでは?
今年の対抗戦はクラウス先生が仕切られますよね。それでなくてもクラウス先生は、入学式での聖具使用に乗り気ではないのに、ここでゴリ押しをして、こんなところで貸しを作っては、対抗戦で聖具使用の交渉をするのは、ほぼ不可能ですね。
その聖槍の素晴らしさを、対抗戦という戦いの場で実際に披露したいとは、エイデン先生は思われないのですか?
もし対抗戦で聖具を使いたいと思われるのならば、クラウス先生には入学式での聖具使用ではなく、対抗戦での聖具使用の許可を得ることに、全力を注がれたほうが、私はよいと考えます。
ですが、”どうしても”エイデン先生が入学式で聖槍を披露したいのであれば、私は止めません。お好きにどうぞ。
エイデン先生の”熱い聖戦”を、対抗戦で全校生徒に見せられないのは、本当に、極めて非常に残念ですね』と、エイデン先生に申し上げました」
……
もう、唖然とするしかないな。
エミール様はこういった交渉術も、天才的なんだ……
「エミール様、本当に、すごいですね……」
「お褒めにあずかり、光栄です。自身の能力をアピールする場がある限り、私は努力を惜しみませんよ」
と仰って、エミール様は爽やかな笑顔で微笑まれた。
にしても今日、エミール様のその”能力”ってやつをいくつか見させて頂いたけれど、もうこれ以上なにも持たなくていいっていうほど、充分過ぎるほど能力をお持ちだ。
あんまりにもすご過ぎて、思わず背中がゾクっとなってしまうな、ホント。
……まあぶっちゃけ、浮世離れした美しカッコよさにも、めっちゃゾクっとくるけどね……ま、まあ、それはいいとして、エミール様はちょっとあまりに色々すごすぎるんで、私などに固執せずにすむ方法を、これからエミール様のことを知って行きながら、全力で考えないといけないなと思った。
ちなみにエイデン先生はというと、クラウス先生に早速取り入っているというか、
「いやあ、しつこく迫ってすまなかった、今度落ち着いたら、一度膝を突き合わせて、ゆっくり話をしようではないか! ガハハハハハハハ!」
とか、氷の防御結界超しにクラウス先生に話しかけていらっしゃるし、クラウス先生はというと、氷の防御結界を二重から通常に戻され、後ろから見る限りでは、ちょっと肩を下ろし脱力されてるようにも見えるので、峠は越えたと判断されたのかなと思った。
でもさあホント、今聖具所持者が私とアドリアーナ先生とエイデン先生なんだけど、次の聖具はもうちょっと普通の人に渡って欲しいよね、うん。
だって、この先生お二方だけだとこれからも色んな騒動を起こしそうで、私ひとりじゃ止められないし、ぜひとももうちょいまともな人に渡って、聖具内まとも勢力が拡大してくれないかなって思った。
それにしても次の聖具はどの大天使がどんな聖具を誰に渡すんだろ?
以前クラウス先生にそれとなくお伺いしてみたんだけど、教えてくれなかった。どうやら、秘匿情報らしい。クラウス先生自体はどの天使がどの聖具、くらいまでの情報は持ってらっしゃるんだけど、それを他人に言うと、誰がどの聖具を持つかという妙な噂が流れ始めたり、その聖具欲しさにその武器ばかり鍛錬したり、その他いろんなことを考えて、七大天使、ひいては神の御意思を無視して勝手に行動する者が出てきて、それが妙な欲を刺激し、最悪貪汚落ちしてしまう危険性もあるということで、秘匿情報になっているそうだ。
でも、その秘匿情報を知っているクラウス先生って、めちゃすごいよね。
……なんか、先ほどのエミール様のお話を思い出した。
クラウス先生の過去を、遡れないという。
これだけ重要機密を取り扱っている先生だから、他領地出身でも怪しい人ではないんだろうけれど、いろいろホントに不思議だよね。
そう言えばクラウス先生は、私に何度か『いつかお伝えするときが来ればいいと思います』みたいなことを仰ってた。
クラウス先生が時々言葉を濁されているのは、ご自身の過去と関係しているのかも知れない。
これは、みだりにお伺いしてはいけない案件だなと思い、私は先生ご自身の口から教えて下さるのを、真摯な気持ちで待とうと思った。
それでなくても今まで私に本当によくして下さるクラウス先生、むやみに困らせたくないもんね。
いよいよ山頂が見えて来た。
今までの神体山同様、一枚岩は相変わらず、めちゃ黒くて時々紫色している貪汚の瘴気に覆われている。
そして、ウリエルの透明防御結界は山道だけなので、山頂に一歩入れば、魔物を迎え撃たなければならない。
なんか、前も多かったけど、今回もめちゃ多い。クラウス先生が前に仰ってたけど、解放前の神体山にいる魔物がだんだんと強くなってきているらしい。前回のイルスガウディム山ではキマイラアグリネスまで現れた。今回はもっと強い魔物かも知れないし、予期せぬことも起こるかも知れない。そんなことを考えていると、私は否応なく緊張が高まってきた。
そしてクラウス先生が、声高らかに告げられる。
「まもなく山頂だ。前回同様、騎士団は魔物の退治に専念、だが、未開放の神体山からは、強種の魔物出現、そしてその魔物による被害が多くなってきている。よって、山頂にいる魔物は前回のイルスガウディム山の魔物よりも強い可能性が極めて高い。決して油断はするな。エイデン、ルーク、ルシフェル、エミール、そして私は、ソフィーのガードに入る。ソフィーを一枚岩に送り届けてから、騎士団と共に魔物退治に合流、王立学院生徒は騎士団長の指示を仰げ、その後は状況の変化とともに追って指示を出す。以上だ!」
やっぱり魔物は強くなっていると思って行動するんだね。皆んなが無事でありますようにって、ただ祈らずにはいられない。
とにかく私のすべきことはただひとつ、皆んなの負担が少しでも軽くなるように、一刻も早く神体山を解放することだ。
やらなければいけない。私は腹を括った。
私がそんな風に決意を新たにしていると、クラウス先生から話しかけられた。
「ソフィー様、いよいよ参ります。よろしいでしょうか」
クラウス先生の真剣なまなざしに、私はコクリと頷いた。




