サナモニア山の山道
そして、その暑苦しいエイデン先生と氷の防御結界を張るクラウス先生の攻防の真後ろで、かつ私の目の前にいるのが、ルーク兄様とルシフェルだ。でも、ルシフェルの様子が、いつもと違ってちょっとおかしい。
いつものルシフェルなら、山道両サイドにある透明防御結界に突っ込んで来る魔物を指差し、大笑いして、『透明壁ビターン!』とか、『神体山ご当地限定魔物ギャグ来た!』とか言って騒ぎだすんだけど、今日は、やけに大人しい……さっきのクラウス先生が仰ってたエミール様の実力が、気になるのかな。
ルーク兄様も、ルシフェルの様子がおかしいことに少し気づいているみたい? ルーク兄様は真後ろにいるエミール様と私に気遣いずつ、ルシフェルに少しエミール様のことを尋ねられた。
ルシフェルは、答える。
「俺も、今日あったばっかでよくわかんないけど、ちょい文よりの文武両道で、ミニ・クラウス先生みたいな感じ? 座学、魔法陣、魔術具作成系は王立学院でトップで、研究所レベルのもあるって。助手の先生が嬉々としてエミールのこと紹介してた」
そのルシフェルの言葉に、ルーク兄様はとても驚かれ、後ろにいるエミール様をちらっとご覧になった。
エミール様の表情は先ほどから一切変わらず、ずっと涼やかに微笑んでいらっしゃる。
でも、ルーク兄様の驚きも、ホント分かる。だって、ルシフェルとほとんと武術の実力変わらないと聞かされた後で、その実力を持ってしても武よりではなく文よりだとルシフェルはいい、おまけに魔法陣作成とかもろもろ研究所レベルの実力もあるって、ちょっと信じられないって思われたんじゃないかな?
ただ、実際クラウス先生のような人もいるわけで、まあエミール様ひとりが突出して凄いということもないんだろうけれど、でも稀有な存在だとは、痛感されたと思う。
でも、他領地の生徒だし……
ルーク兄様は、貴族トップに君臨する光の一族で、そのことに誇りを持って生きていらっしゃる方だから、ひょっとすると負けていられないとか、思われたりとかされるのだろうか……
ちなみにエミール様、魔法もすごいできるんだけど、一応魔法での王立学院トップは、クラウス先生のしごき……いや、趣味の充実……いや、ご指導の甲斐あり、私がトップになってしまっている。
古の魔術のこともあるからね、少しでもご期待に添えられたらいいなと思う。
なんか、ルーク兄様とルシフェルの空気が重いように感じたので、私は少し声をかけてみた。
「ねえ、ルシフェル、明日からさ、ハンナ様も一緒にランチしたいんだけど、いいかな?」
「ハンナって、誰?」
ああ、そうか。クラスが違うから、当然知らないよね、うん。
「去年クラスが一緒でね、私の唯一の友だちなんだけど、今年からクラスが離れちゃったから、魔力伸ばして一緒のクラスに編入できないか挑戦したいと思ってらっしゃって、私もそのお手伝いをしたいと思ってるんだけどさ、ルシフェルは、めちゃ明るいじゃん? で、協力して欲しいの。ランチのときだけでいいから、面白いお話、聞かせてあげて? 私も聞きたいから」
って私が笑顔で言うと、「まあ、ランチの時の人数が、何人増えてもかまわないけど」と、少しぶっきらぼうに答えた。
やっぱりまだ、思うところあるのかな……
そうだ、ルシフェル、入学式の話、聞きたがってたよね?
「ねえルシフェル、入学式のアドリアーナ先生とエイデン先生の話、聞きたくない? エミール様、もうお話仕入れられたんだよ」
私が笑顔でそう言うと、ルシフェルの顔が一瞬輝いた。でも、すぐまた元に戻っちゃったけど。でもルシフェルのこと、面白いに違いないと思っている入学式の話には、めちゃ興味があるようだ。
私はエミール様を手招きし、ルシフェルに入学式の騒動をお話してあげて欲しいとお願いした。
「承知いたしました」
と仰って、エミール様は私にお話しされたように、ルシフェルにも話を始められた。
ルシフェルは、最初は何だかツンツンした雰囲気だったけど、少しずつ目が輝き始めたような気がする。ルシフェル流ツンデレかな?
でも、やっぱりルシフェルは、険しい顔よりも笑顔のほうが似合ってる。エミール様がまた、面白可笑しくお話して下さるといいな。
まあ、エミール様的には面白おかしく話しているつもりは一切なくて、ただ事実を述べているにすぎないのかも知れないけれど。
すると、ルーク兄様が私に声をかけられた。
「凄い生徒が編入してきたね……」
苦笑いするルーク兄様。ホントそうだよ、おまけに私の側近になりたいとか、めちゃ寝ぼけたこと言ってんだよ。ちょっと色々おかしいと思う。
「研究室の助手の先生も、凄く喜んでいらっしゃいましたよ。でもちょっと、怖いかもです。入学式の情報を得るのに一年生を買収するとか、買収は、どちらかというと得意なほうとか……」
私がそう言うと、ルーク兄様は少し驚かれて、そしてまた苦笑いされた。
「それはまた、個性的な人だね。……まあ、ルシフェルとは合うかも知れないが……ただ、申し訳ないが、私はまだ他領地の人間を信用しきれないでいる。だからソフィーは、充分注意して欲しい」
と、ルーク兄様は真剣な表情で仰った。
正直、神体山解放メンバーにも選ばれてるし、クラウス先生が私のガードにつけるくらいだから、大丈夫とは思っているけれど、ルーク兄様を心配させたくないので、私は笑顔で頷いた。
ルシフェルとエミール様のお話は、今ちょうどアドリアーナ先生の『人間空中お手玉』のところで、ルシフェルがお腹抱えて笑っているのが聞こえて来た。
「ちょーおもしれー! 俺もお手玉になりたかった! 俺なら空中時に、”ひねり”を二十回は入れてやるのに!」
って、どこの体操選手かトランポリン選手か分からないようなことを言っている。ルシフェル、相変わらずだなあ……でも、元気が出てきたのなら、よかったなって思う。
それにしてもエミール様、あの面白話を相変わらず飄々と述べていらっしゃるのが、逆にやっぱりシュールで面白いな。
「アドリアーナ先生は、手のひらと空中で男性を転がすのが趣味なようですよ。ですから”ひねり”だけではなく回転、”宙返り”を加えなければ、先生のご期待には沿えないかも知れません」
「そうか! ”ひねり”に加え”宙返り”だな! まあ、俺にかかれば二十回なんてわけないけど……って、俺も今年の入学式、参加したかった~~~!!」
って、ついにルシフェルは、悶絶雄たけびをあげ始めた。
”ひねり”に加え”宙返り”って、それどこの『月面宙返り』ですか?
空中でお手玉されながら、月面宙返りを二十回も入れるとか、想像したらマジで面白すぎるな、うん。
すると、なんとマズいことに、そのルシフェルの雄たけびにエイデン先生が飛びついてこられた。
「ルシフェル! 君も入学式に参加したかったのか!? 実に見どころがある! 君も一緒に『入学式には聖具必須!』と、クラウス先生を説得してくれたまえ!!」
「え、なんで俺が? 俺、もう入学式には参加できないから、関係ないけど」
「君! なんと薄情な! そのように情が薄いようなことで、いったいどうする!? これからどうやって、君は生きていくつもりだ! 君には熱く燃えたぎる情熱がないのか!? 心を燃やせ! ルシフェル!!」
とか仰って、なんかルシフェルとエイデン先生の二人、ちょっとカオスってるな。
クラウス先生が、心を貝のように閉ざしていらっしゃるんで、付け入るスキがないと判断されたのかな、エイデン先生、ルシフェルを仲間として引き入れたいみたいだ。一生徒を取り込んだからといって状況が変わるとは到底思えないけれど、やっぱり仲間はひとりでも多い方がいいんだろうか。
それにしても、『どうやって生きていくつもりだ!』とかなんとか仰ってるけど、そもそもそんな生死に関わるような問題でもないんだけどな、これ。しかも『心を燃やせ!』とか、燃やし方もわかんないし。
エイデン先生のお話は、相変わらず頭に”?”ばっかり浮かんじゃうな。
そしてふとクラウス先生のほうを見てみると、先生はこめかみを指でギュって押さえながら、氷の防御結界魔法『グラッチェスヴァルム』を、二重にされていた。そしてルーク兄様は、そんなクラウス先生に結界の外から声かけして励ましたり、エイデン先生とルシフェルの仲裁に入ったりされている。
ルーク兄様、いつもは窘めるのはルシフェルひとりだけでいいんだけど、今日はエイデン先生も窘めないといけないんで……極めて大変、重労働にもほどがあるなって、思った。
あまりにもルーク兄様が大変そうで、このままでは兄様の体力がもたないかも? なんとかして差し上げたいのだけど、でもあの二人を前にして、私にできることなんか……
そう言えば、エミール様は、どうだろう……?
私はエミール様に、ちょっと尋ねてみた。




