クラウス先生って……?
「え、クラウス先生の情報って、ないんですか!?」
私はめちゃ驚いてエミール様を見た。
また私をからかわれるんじゃないかって一瞬思ったけど、エミール様の表情は真剣そのものだ。何より、クックックって笑っていらっしゃらない。なのでこれは、私をからかってるんじゃないなと判断した。
「先ほどクラウス先生の研究室を見ましたが、非常に驚きました。私がまだ知らない魔術書や魔石、魔術具などが大量にあるのです。あれほどの方、そしてあれだけの研究室をお持ちなんですよ? それなのに……ボールドウィン侯爵家に家庭教師に来られる以前の足取りを、掴むことできないのです……おかしいと思いませんか」
……え、ボールドウィン侯爵家に家庭教師には来られる以前の情報が、クラウス先生には、ない?
私はめちゃ驚いて、とりあえず、目をぱちくりさせることしかできなかった。
「あれほどの方なら、何かで表彰されていてもおかしくないのにそれもない、それに、王立学院の卒業者名簿を見ても……クラウス先生がご卒業された形跡が、ないのです」
え、それって、どういう……?
私はなんだか少しずつ青ざめてきてしまう。
クラウス先生……先生って、どこの誰なんだろう?
「他領地の生徒の可能性が高いですが、では、どうやって王の側近になれたのか、本当に疑問がつきません。さすがに、用もないのに他領の私が、この世界にある他領地全部に入り込み、他領地の卒業名簿を調べることもできませんので、これ以上は調べることができない状態です。ですので、あれほどの才能あふれる先生の謎に迫るべく、私はクラウス先生にも認められる生徒となり、多角度からクラウス先生を観察、調査をしたいなと思いました」
と、めちゃ決意を新たに仰るエミール様、自分の興味が持てる対象がさらに増えて、さらに自身の人生が充実すると、希望に胸を膨らませていらっしゃるのだろう。
なかなかよいことだと思う。チャンス到来だ。
「エミール様、でしたらクラウス先生の側近になられるといいんです。クラウス先生は、去年の話にはなりますがこの王立学院で武術ナンバー1とナンバー2であるルーク兄様とルシフェル二人を相手取り、剣の稽古をされるほど武術にも秀でていらっしゃいますし、研究方面は、実際今日エミール様が研究室をご覧になったわけですから、私が説明することはありません。私の側近なんかよりも、”よほど”素晴らしい人生を送れると思います!」
私はもう自信満々で、そう言い切った。完全に事実しか言ってないな、うん。
でも、私は本当に事実しか言っていないのに、エミール様はゆっくりと、首を横に振られた。
「いいえ、私が、ソフィー様の側近が第一志望なのには変わりはございません。誰にも成し遂げられなかった神体山解放を成し遂げ、誰にも計ることのできない多くの魔力を持ち、誰も使うことができない古の魔術にも挑戦されるソフィー様こそ、私にとっての一番であること、これは揺るぎようもない事実ですから」
と、それはまさに、自身の周りに空気があるのが当たり前なのと全く同じだと言わんばかりに、なんでもないことのように仰った。
そして次の瞬間、表情を緩められ、
「それに私は、楽しい方が、好きなのですよ」
と仰って、またクックックって笑い始められた。
……もう、結局私をからかいたいだけなんじゃないの? 面白い遊び道具を見つけた、みたいな?
私は、”もう、知らない”って気持ちになって、王立学院のエントランスのほうを見ると、クラウス先生がルーク兄様、ルシフェル、そしてエイデン先生や他の生徒たちを連れて、転移陣のほうへ向かって来られた。
わあ、颯爽と歩かれるお姿は、どなたもホントにステキだなあ。
まあ、もちろんその中でも特別光っているのは、ルーク兄様、ルシフェル、そしてクラウス先生だけどね。
身びいきと言われても仕方ないけど、でも事実、オーラが違うもんね、うん。
って、私はそんな華やいだ気持ちでいたんだけど、よく見ると今日は、アドリアーナ先生がいらっしゃらない……ひょっとして、まだ間接魔力奉納から帰って来ていらっしゃらないのかな?
クラウス先生に尋ねてみたら、ビンゴだった。
なので今日は、アドリアーナ先生の代わりにエミール様が、山頂での私の一枚岩に行くまでのガードに入って下さることになった。
「謹んで、拝命致します」
と、神体山解放作戦総指揮であるクラウス先生に、右手を胸に当て敬礼されるエミール様、私にではなく、他人に敬礼されるお姿なら、安心して見ていられるな。伏し目がちな横顔も実に素晴らしくカッコいいと思う……って、見惚れている場合じゃなかった。
クラウス先生が、私たちに説明をされる。
「本日、アドリアーナ先生はエレガンドゥード山の凱旋門で間接魔力奉納中で、同行されない。よって、アドリアーナ先生の代わりにソフィーをガードする役割をエミールに命じる」
私が、『おお、名前の呼び捨て来た! 萌えポイント!』って思っていると、ルーク兄様がすかさず質問された。
「何故、エミール殿なのでしょうか? 私は今日、この者を初めて拝見しました」
すると、クラウス先生が淡々と仰った。
「騎士団の者は騎士団長の指揮下にあるので、できれば慣れたフォーメーションを触りたくない、また、エミールの実力は、ルシフェルと同じか、それより少し劣るレベルで既に実践レベル、騎士団の者と遜色ない、それが理由だ」
すると、ルーク兄様と、そしてルシフェルの顔色も少し変わった。
クラウス先生にそのように言われたら、反論も何もできないだろう。
ルシフェルは、自身の拳を力強く握り、険しい顔をしていた。いつもは本当に冗談ばっかり言って明るいのが一番の取柄なのに、今の表情からは、その明るさのひとかけらさえも見られなかった。
それにしても、エミール様の仰ってたことは、ホントだったんだな……っていうか、”ルシフェルと実力は同じ”とは仰ってなかったので、少し控えめに仰ってたくらいだ。
末恐ろしいな、ホント。一刻も早く、ターゲットをクラウス先生にして頂きたいところだ。
「それでは、行きましょう」
クラウス先生がそう仰って、私たちは皆んな集まり、転移陣からサナモニア山の凱旋門に転移した。
凱旋門に転移してくると、そこには養父様をはじめ、いつもの騎士団の皆さまがいらっしゃった。
養父様は、私たちを見るなり、歩み寄って来て下さる。
「今日も皆、力を合わせて頑張ろう」
ルーク兄様やルシフェルには、肩を叩き、私には頭をぽんぽんとされて、すぐに任務に戻られる。お役目でここに来ているので、父親の表情をされるのは、一瞬なのだ。
それでも、嬉しい、めちゃ癒される。今日も……そりゃあやっぱり怖いけど、でも皆んなのために頑張ろうって思えた。
そして、クラウス先生を筆頭に、私たちは前回の神体山解放同様、光る山道を歩き、山頂を目指した。
この山道が光って見えるのは相変わらず私だけのようで、エミール様は特に何も言及されない。
先頭を歩くのはクラウス先生とエイデン先生、何やら言い争いをしてるのかな? エイデン先生の声が大きいので、後ろの後ろくらいにいる私には、余裕でお二人の会話が聞こえて来た。
「クラウス先生は、生徒たちのあの雄姿をご覧にならなかったのですか!? みなぎる闘志でおもむろに立ち上がり、拳を高く上げ、『未来へ羽ばたく決意』を次々と、力強く表明していたではありませんか!」
どうやら、入学式に『今後は聖具禁止』を言い渡されて、それをエイデン先生はめちゃ不満に思っているらしい。
ジョルジュ先生は王立学院に長らくお勤めの先生なので、そんなに強く言い返せなかったみたいだけど、クラウス先生は去年からの新米教師で歳も若いもんだから、苦情を言いやすいと思われたのかも知れないな。
さらに、エイデン先生の苦情は続く。
「そして最後には感動のフィナーレ! 生徒たちはひしと抱き合い、涙涙の大団円! 若人たちの夢と友情と絆! クラウス先生は、ご覧にならなかったのですか!?」
えっと、いろいろ間違えてますよ。確かに皆さん号泣されてましたけど、”感動”ではなく、”恐怖”と”安堵”で泣かれていたと思いますよ。
でも、エイデン先生のこういう話を聞くと、エミール様の情報の正確さがホントよく分かる。持ってきて下さった情報、ひとつも間違いないんじゃないかって、素直にそう思えちゃうな。
で、クラウス先生はと言うと、さりげなく(?)氷の防御結界魔法『グラッチェスヴァルム』を無詠唱で唱えられ、沈黙を貫いていらっしゃる。
クラウス先生的に、エイデン先生は超がつくほど脳筋だと思われ、どうやらクラウス先生の論理的思考が通じる相手ではないと、最初から匙を投げられているように見えた。
後ろ姿だからよく分からないけど、おそらくは『うるさいなあ』的な表情をされてるんじゃないかな?
だって、氷の防御結界魔法だからね。
『お前、暑苦しい』って、暗に言ってるようなもんだよね。
でもエイデン先生は、クラウス先生の意図がお分かりなのか分からないのか知らないけど、その氷の防御結界魔法を溶かすくらいの勢いで、しきりに苦情を訴え続けられている。
未来に夢を描く若人たちの勇気と希望が、聖槍と宝帯によって、さらに引き出されたとかなんとか……
クラウス先生……マジでご愁傷さまって思った。




