[86]あたしの王子サマ? 〈Ed・L〉+*
ラブラブの二人はコクピットに置き去りにして、あたし達は幸せな気分だけを戴き、早々に退散することにした。けれど階段を昇る大人達には続かずに、再び格納庫へ今度はルクとアッシュを誘う。訝しげな二人を前に、あたしはニコニコ顔で宣言した。
「あたしね……決めたの!!」
「「えっ!? う、うん……!!」」
何故だか二人は同時に唾を呑み込んで、神妙な面持ちであたしの続きを待った。
「あたしの、将来の夢!!」
「「しょ……将来の夢?」」
それから二人の声は、また同時に尋ねた。
一瞬呆気に取られたようにお互いの顔を見合わせ、少しばかりホッとしたような面持ちで息を吐く。
「うん! パイロットを目指そうと思って!」
「パイ……」
「……ロット!?」
「うん!!」
今度は二人の瞳が、驚きで大きく見開かれた!
「それって……飛行船の?」
「ううん、飛行機の!」
「「ええ~!!」」
再び二人の驚く声が同時に叫ぶ。
そう~飛行機のパイロット! いつもは時々自動操縦の飛行船に乗るくらいだけど、今回の騒動でグライダーやパラシュートやエアクラフト、ついには自力で空を飛んで、あたしは目覚めちゃったのだ!!
宙を駆ける爽快感。これからは飛行機の時代だもんね! どうせだったらパイロットになりたい。
「うん……リルならきっとなれるよ!」
「うん! ボクもそう思う」
あたしの夢に二人も瞳を輝かせてくれた。
「そうとなれば……僕達もしっかり未来へ歩き出さないとだね!」
「うん、ルヴィに負けないように!」
二人はもう一度お互いに目を向けて、そうして再びこちらへ笑顔を戻した。アッシュは、ルクは、未来に何を目指すのだろう? 自分の夢と二人の夢。考え出したら沢山の想いが溢れて、目の前がキラキラと光って見えた。三人三様、切磋琢磨して、ステキな未来を勝ち取りたい。そしていつか……あたしも恋したいって思うのかな? その時目の前にいるのは……誰なのだろう??
「じゃあ、まずヴェルに戻ったら、宿題の残りを片付けないとだね!」
「「……え?」」
希望に躍らせていたあたしの胸が、アッシュの一言で……落ち着いた!?
「あーでも……それは帰りの飛行船で頑張るよー?」
「そんなことじゃダメだよ、リル。パイロットになるなら成績も優秀でなくちゃ! ルクももちろん頑張れるだろ? 僕に負けてる場合じゃないものね!?」
「「ひやぁ~~~!!」」
意地悪そうなアッシュのウィンクに、ルクとあたしは悲鳴を上げた!
まぁ……でも、家庭教師代がタダになると思えばありがたいこと、よね?
勉強も遊びもいっぱい楽しもう! 自分のために──未来のために!!
★ ★ ★
それからしばらく談笑したのち、三人で階段を上りながら上階の騒がしさに気が付いた。一体何が起こったのだろう? あたし達は慌ててメインルームに駆け込んだ。
「いったたた……」
「ハニィ、しっかり!」
お腹を押さえるタラお姉様が、シアンお兄様とビビ先生に支えられて、ゆっくりゆっくりサブルームへと向かっていた。えぇと……これって、もしかしてベビちゃんが!?
「ツパイ~どうしよ! ツパイならお産の知識もあるわよね!?」
「なっ、何を言っているのです、ユスリハ……貴女の方こそ経験者ではないですか!」
「そんなこと言ったって、もう十四年も前よ!? あぁとにかく……パパ! お湯沸かして!!」
「う、うんっ!」
お先にコクピットから戻っていたツパおばちゃんと、ママとパパがあたふたしていた。あぁ……ベビちゃん、もうすぐ生まれるんだ! タラお姉様、頑張って!!
「えぇと~他に何が必要だったかしら!? あっ、そうそう、タオル! ツパイ、ありったけのタオル用意して!!」
「は、はいっ!」
「あっ、ルヴィ! ここは女手が必要よ! あなたも手伝いなさいっ!!」
「え? あ、うん!!」
少々パニック気味のママに沢山言付けを頼まれて、ピータンとアイガーも加えたあたし達は、メインルームから必要な道具を探し出した。
いつもと変わらない、でも笑顔溢れる楽しい日々が、またあたし達の許へ戻ろうとしていた。
まもなくタラお姉様にも新しい未来が始まる──シアンお兄様とベビちゃんと──だから『彼』の想いは、しばらくあたしだけの胸の内に留めよう。
リトスとあたしだけの、温かな胸の内に──。
【後日談】
それからまもなくして、タラお姉様は元気いっぱいの男の子を産んだ。
帰国後ベビちゃんに名付けられたのは、ドイツ語で宝石を意味するという「エーデルシュタイン」──『ラヴェンダー・ジュエル』の恩恵が沢山受けられますように、との願いが込められているのだそうだ。もちろん愛称は名前の「前半」エーデルという。
ちなみに調べてみたら『ジュエル』の名前「リトス」も、ギリシャ語で宝石を意味するらしい。リトスはラヴェンダー・ジュエルになるべくして生まれてきたのかも知れない。
もちろんアッシュのスパルタのお陰で、ルクとあたしはあっと言う間に宿題を片付けた。残り数日は楽しく過ごし、名残惜しくも帰郷した我が家は、特に何事もなく無事そこに在った。屋根の上の上を見上げても、ウェスティが仕掛けた糸の片鱗など、全く見つけることは出来なかったけれど。
パパは帰りの飛行船で、口が酸っぱくなるほどジュエルにお説教をくれたらしい。
元々魔法の影響を受けさせたくなくてヴェルから遠ざけていたのに、結局あんな大騒動にあたしを巻き込んだからだって。
でも同性で同い年のあたしだったからこそ、エルムと波長を合わせることが出来て、シュクリに力を与える金色とラヴェンダー色の光を生み出すことが出来たと思うのよねぇ? まぁ……こればかりは、シュクリとリトスのみぞ知る……ところかしらね??
兎にも角にもその叱責の影響なのか、帰郷後のジュエルは以前のように、あたしに「視える」魔法しか与えてくれなかった。リトスの声もあれから一度も聞こえたことはない。でも……これでいいのかなぁって。そうでないと、ついジュエルに頼ってしまいそうだものね。
いつの間にか麗らかな春は終わり、陽光煌めく夏が近付いていた。
我が家に植えたヴェル産のラヴェンダーも、もうすぐ満開になりそうだ。
あれだけ大きな事件を収束したあたしは、少―しくらいは成長出来ただろうか?
時々ラヴェンダーを見ながらエルムを想い出して、ふと考えてみる。
あたしが会った少女エルムは、自信がなくて諦めてばかりで……そんな十四歳の弱い心がサリファに付け込まれ操られ、本来在るべき姿に昇華出来ずにいたのかも知れない。
別れ際に見えた美しいエルム。その変貌に力を与えられていたのだとしたら、あたしもとても誇らしい。
あんなにステキなエルムだものね、操られていたのは「シュクリの演技」だったって、エルムはリトスから聞かされていたけれど、本当はヤキモチ妬いていたのではないかなぁ? なんて、ちょっと思い出し笑いをしてみたりもした。
あ、そうそう……こっそりママが教えてくれたのだけどね。
パパが今回動いた理由。ツパおばちゃんを完全に解放したいという目的以外に、もう一つ理由があったの!
あたしがまだ小さい頃、あたし自身は覚えていないのだけど「なんでお姫サマにしてくれなかったの~!」って、沢山沢山泣かれたことがあったのだって。
それをずーっと覚えていたパパは、三年後に政権から切り離されるならと、あたしを王家に戻してあげたかったらしい。
「いやぁ~もうそんな昔のこと!」ってあたしは笑ったけれど、「父親ってそういうものなのよ」ってママは懐かしそうに微笑んだのでした。
あーでも! だからよね!? いつのことだったか……パパがあたしの言葉遣いを厳しく注意したのは、きっとそのためだったのだと、記憶の端に思い当たる節もあった。
あたしは庭のラヴェンダーを摘みながら、遠く暮れゆく西の空を見上げた。
もうすぐ楽しい夏休み! 今回はヴェルではなくて、ココにルクとアッシュが来てくれる!!
その時きっとパパは知ることになるのだろう、あたしの夢はお姫サマじゃなくて、飛行機のパイロットなんだって!
けれどいつの日か、あたしもお姫サマになる日が来るよ……誰かにとってのお姫サマに。
その日までは……そうね、パパがあたしの王子サマ……かな? まぁ、そういうことにしてあげましょー! ねぇ~? あたしの大好きな優しいパパ!!
【FIN】
全八十六話(図らずも前作『ラヴェンダー・ジュエルの瞳』の総話数と同じでした)最後までお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。
物語は十四歳、思春期真っ盛りの少女の一人称でありましたので(実際そんな世代を体現出来ていたかは、いささか疑問ですが(汗))読みづらいところもあったかと思います。
そしてまだまだ子供のリルヴィに、どちらを選ばせるかなんてことは出来ませんで……三角関係に終止符を打ってほしいと願う読者様がいらしたとしましたら、大変失礼を致しました(謝)。
ただ筆者の脳内では今後の物語も紡がれておりまして、既に決着がついていたりします。もちろん読者様なりに三人がどのような大人になっていくのか、想像して楽しんでいただけましたら有り難き幸せです。
五年前の連載時からお読みいただいていたとしましたら、完結まで大変お待たせしてしまいまして、本当に申し訳ありませんでした。リアルの方がよっぽど予測もしていなかった事態の最中ですが、拙作で少しでも未来が楽しみになれていたらと切に願います。
*この度は誠にありがとうございました*
朧 月夜 拝




