[85]形勢の逆転?
「ツパおばちゃん。ヴェルに戻ったら……いなくなる、つもり、なんでしょ?」
「……!」
あたしの第一声は、ちょっと厳しさを含んでいた。それはおばちゃんの想定を超えていたらしく、声は発しなかったけれど表情は驚きに変わった。
「自分の叔母があんなことをしたから……でもサリファも、いえサリファさんも、二千六百年前に神様に封じ込められた悪意の塊に操られていただけだった。だからもうおばちゃんは自分を責めなくていい。サリファさんもおばちゃんも被害者なんだから」
「そんな眉唾なお話、ヴェル全国民が信じる訳がありません」
おばちゃんはフッと小さく息を吐き出し、視線を足元へ下げた。
「どうして? 十七年前まで空に浮かんでた国に住んでるみんなだよ!? 信じないワケないじゃない! それでなくても今回シュクリだけが飛んでいったのを、みんな目撃してるんだから!!」
「リルヴィ……」
更に激しくなった声色に、落ちていた目線が再びあたしへと持ち上げられた。
「でもそんなことはどうでもいいの! 肝心なのはツパおばちゃんがどう思うかだよ。他人の目なんて気にしなくていい。それじゃあ、何? 今までこんなにヴェルを大切にしてきたおばちゃんなのに、悪意の塊がいなくなったからって、もう国がどうなってもいいって言うの?」
「いえ、しかし──」
「この十七年、ヴェルを統治してきたのはおばちゃん達だよ……ヨーロッパの一員としてこれからって時に、おばちゃんは職務放棄するの? そんなの間違ってる! むしろおばちゃんは首相になって、今までみんなと一緒に準備してきたことが実になるように、ちゃんとやり遂げるべきなんだって!!」
「その通りです」
その時あたしの身体を大きな影が覆った。一本芯の通った力強い声。ツパおばちゃんの戸惑う黒目が、徐々に上がってあたしの頭上を望む。振り向けば先程格納庫で話をした「彼」が、あたしの後ろに佇んでいた。
「師よ……ですが──」
「ツパイ、リルヴィさんの言う通りです。ヴェルの為にも、どうか国政を担ってください。あなたはもう何の引け目も感じる必要はない。それに……あなたにはもう一つ責任を負っていただかなくてはいけないことがあります」
「もう…… 一つ?」
あたしは開かれた扉の端に移動して、ビビ先生に場所を譲った。もうココからはあたしの出る幕じゃない。ビビ先生があたしの願いに応えてくれる、ううん、先生自身もそれを望んだんだ。
「わたしの、ことです」
ビビ先生が一歩を進めた。操作パネルに邪魔されたツパおばちゃんは、後ろへ下がることは出来なかった。
「二年前、あなたとアイガーは、ホルンとわたしの生活に突然舞い込んできました」
「……今回巻き込んでしまったことは、本当に申し訳なかったと思っています」
「巻き込まれたなどとは思っていません。むしろあなたとの日々は楽しかった。ホルンもアイガーという素晴らしい伴侶と十匹の可愛い仔犬を得て、良い母親になることが出来ました。わたしは……彼らも、そしてあなたのことも、家族だと思っています」
「か、ぞく……」
ビビ先生がもう一歩、扉を抜けてコクピットへ。けれどツパおばちゃんは辛そうに俯いたまま、身じろぎすることはなかった。
「久方振りに家族を持てたわたしを、あなたはまた独りにしようというのですか?」
「も、もちろん! アイガーと仔犬達を、ホルンや貴方から引き離すつもりはありません」
「違います。あなたのことです、ツパイ。彼らには彼らの生活がある。なのにあなたはわたしの隣を、また『がらんどう』にするつもりですか? ……ですから。あなたにはそれを埋める責任があると言っているのです」
「……!?」
切なそうに首をもたげたおばちゃんの前に、ビビ先生が辿り着いて。
「わたしと共に、生きてください」
「あ、貴方のような素晴らしい方に、私のような者、など……」
「あなたがわたしを素晴らしいと思ってくれるのなら、あなたこそが適任です」
先生の厚みのある掌が、ツパおばちゃんの小さな肩にそっと触れた。
「い、いえ、師よ……」
「わたしはもうあなたの師ではありません。ビビアンと呼んではもらえませんか?」
「そうヨォ~! それから王家の近衛兵とシアンを救ってくれた時の恩返しも、ツパイ、ワタシたちの代わりにお願いネっ!」
「タ、タラ!? 一体何を──」
突然現れた高く通る声に、ツパおばちゃんが焦ってつまずいて……ビビ先生のたくましい胸に、その顔を突っ込んだ! 慌てて離れようとするおばちゃんを……ビビ先生はもう、放さなかった。
「あ、あのっ──」
「イヤ~ン、ツパイったら乙女なんだから! 赤毛もなかなかカワイイじゃない!?」
「わたしは以前のあなたの眼も髪も、今のあなたも……大好きです」
「「「キャー!!」」」
タラお姉さまとあたし、そしてママの黄色い歓声が響き渡る! って……あらまぁ、こんな狭い廊下に全員が揃っていた! ココにいるみんなが証人だよ、ツパおばちゃん。先生が必ずおばちゃんを幸せにしてくれる。
「政治のことは余り分かりませんが、身の回りのことでしたら出来る限りのサポートはしますから」
「あ、ありがとうございます……師、よ……」
「ツパイ、わたしの名前はビビアン、です」
「……ビ、ビ……アン……」
みんなの手前気恥ずかしいのか、ツパおばちゃんの両手は先生の背中に回ることはなかったけれど。震える肩は泣いているみたいに思えた。
でもこれも、きっと幸せの涙だ──どうか末永~くお幸せに! 「格好いいビビ先生」と「可愛いツパおばちゃん」!!




