[84]逆転の発想?
「ん……」
頬に肌触りの良い何かを感じて目が覚めた。えっと、今まで……どうしていたのだっけ? 触れているのは……ブランケット? 見える天井は我が家よりも近いから、飛行船の中かしら? 確かに飛んでいるような振動を感じる。
凄く眠った感じがした。どれくらいこうしていたのだろう? 起き上がろうとしてふと気付く。何故か両手が……動かない? ちょ、ちょっと待って~以前にもこんなシチュエーションあったよね!? サリファに飛ばされた王宮のおばあちゃんの寝室……まさか今まであたしは夢を見ていて、まさかまだサリファに鎖で繋がれている訳じゃあ……ない、よねぇ!?
恐怖に慄きながら頭だけを持ち上げて、左右に首を振るとヘーゼルナッツ色と赤茶色の髪が見えた。これって……アッシュとルクの頭? あぁ~良かった! あたしの手を握っているのは二人の手だ! 寝台の両側であたしが目覚めるのを待っていてくれたのだろう。二人はきっと待ちくたびれて、突っ伏したまま眠ってしまったに違いなかった。
(ありがとう。ルク、アッシュ)
起こさないよう小声でお礼を言って、今までの経緯を脳内から拾い上げた。
多分あたしが今持っている記憶は、ちゃんと事実なのだろう。インターデビルにサリファを閉じ込め、シュクリはエルムと共にヴェルへと帰還し、あたしはアッシュとルクの乗ったエアクラフトに救われて……でもそうすると、この飛行船は誰の物だろう? カプセルではなく、普通の寝台があるのはとても珍しい。
「あ……」
その時足先の扉が開いて、入室する音が微かに聞こえた。両手が拘束されているので、反動をつけて上半身を一気に立ち上げる。見えた姿は驚いて、瞬間動きを止めた──けど!
「あっ……ルっ、ルヴィ──!!」
「マ、ママ! ママ──!!」
その肩に乗っていたピータンが、そして涙の溢れ出したママがいきなり飛びついてきて! 驚きに飛び上がったアッシュとルクは、寝ぼけ眼から一転してビックリ眼へ、やがて嬉しそうな笑顔であたし達を見守ってくれた!
「良かった! 良かった~本当に無事で!!」
「うん! 沢山心配掛けてゴメンね、ママ……」
ようやく本物のママに会えて、ようやく本当のママに触れることが出来て──ようやく全てが終わったのだと実感する。けれどその途端、あたしの身体が「悲鳴」を上げた。
「ル、ヴィ……??」
「えぇと……エヘヘ。あの、あのね……あたし、ホントにっ……おなかぁぁぁ、空いた──!!」
心からの叫びにビックリ仰天!! 全員見事に固まりました~!!
★ ★ ★
それから三人とあたしは沢山沢山笑って、あたしはメインルームのみんなに一人ずつ抱き締められた。そうしている間にパパが食事を用意してくれて、その後はとにかく無我夢中で平らげた。
シュクリが飛んで行ってしまった後、パパ・ママ・ピータン・アッシュ・ルク・ツパおばちゃん・ビビ先生・アイガー・タラお姉様・シアンお兄様の八人と二匹は、取るものもとりあえずタラお姉様の飛行船で後を追いかけてくれたのだという。シュクリのスピードが余りに速かったので、途中から船内に格納していたエアクラフトで、あたしを助けに来てくれたのだった。
つまりこの飛行船は、以前シュクリ山へ向かった際に使われたタラお姉様の物だった。その時は気付かなかったのだけど、小さなサブルームに寝台が置かれているのは、出産後にベビちゃんと寝られるようにとの備えなのだって。
説明が終わる頃にはあたしのお腹も落ち着いて、今度はあたしの口からシュクリが飛んだ後の顛末が語られた。神様も登場するぶっ飛んだ物語に、みんなの眼は丸くならざるを得なかったけれど、何はともあれ万事上手くいったことに、メインルームに居る全員が安堵した。そう……「ココ」に居る全員は、ね。
あたしはその内の「一人」を、エアクラフトが戻された階下の格納庫へ連れ立った。「彼」に自分の想いを告げ、それから今度は独りで飛行船のコクピットへ──自動操縦なのだから、こんな所に引き籠る必要なんてないのに~どうしてだか出てこない「彼女」に会いにきたのだった。
「ツパおばちゃん、入りますよー」
一応ノックもしたけれど、呼びかけて間髪入れずに扉を押し開く。驚いた小さな背中が、操縦席から勢い良く立ち上がった。
「やっぱり……!!」
あたしの声に恐る恐る振り返るツパおばちゃん。その見開かれた眼は……青みがかった黒い瞳をしていた。
そう! ツパおばちゃんの眼は元々「青みのある黒」だったのだ。そして髪色こそが「赤」だった。ウェスティがジュエルの正当継承者の真逆「黒髪と薄紫の瞳」で生まれてきたように、サリファが関わったがためにツパおばちゃんの「色」も逆転していたのだ。そんなこと、周りを見れば本当は容易に分かることだった……甥っ子ルクの髪も赤茶色だし、ルクの妹シフォンちゃんなんて、それこそ綺麗な赤毛をしている。ルクのパパ──つまりおばちゃんの弟も、茶系が強いけど赤みはあった──その髪が眼が、今まで戻らずにいたことが、ツパおばちゃんが完全に切り離せていない証拠だった。
でも今、目の前のツパおばちゃんの髪は……あぁ、何て美しく鮮やかな紅色なんだろう! ワインレッドのようなバーガンディ。瞳であった時と変わらない艶やかさと深みがある。
「すみません、何となく出ていくタイミングを逃しまして……見事にサリファを封じ込めてくれたことは、この髪と眼が変わった時点で分かりました。本当にありがとうございました。それより……リルヴィ、ご無事で何よりでした」
「おばちゃんに「大丈夫だよ」って宣言したのだもの。無事に帰ってこないとね! 戻ってきたら、ちゃんと話すねって約束したのだし~?」
「……」
イタズラっぽく話を切り出したあたしに、けれどツパおばちゃんは乗ることなく、にわかに表情を曇らせた──。




