[83]シュクリ・エルムの涙? *
それからエルムは名残惜しそうに、ラヴェンダーの花々に守られながらシュクリの火口へ消えていった。
エルムが「シュクリの恵み」と言った光の波は今も続いていて、ヴェルへ向けゆっくりと離れてゆくシュクリから、風に乗せられてあたしにも届けられた。
「こ、れ……涙? だ……」
それはシュクリと、そしてエルムの流した涙だった──全身に浴びて感じられたのは、二人のヴェルを想う温かな気持ち。二度の町狩りで悲しみに暮れた果て、ヴェルを守りたいと立ち上がった二人の……でも今、この涙は辛く淋しいものじゃない。とても希望に満ち溢れていて、平和を願って流された涙だ。
「あ……──」
二人の涙があたしの頬の涙に触れ、更に光り輝いた!
そうだ、確か……『ラヴェンダー・ジュエル』の宿主が流す涙を【薫りの民】の作った香料と合わせると、作られたキャンドルやアロマランプには人々に優しい気持ちを与える力があると云う。
あたしは『ジュエル』の継承者で【薫りの民】の娘だもの。きっとシュクリとエルムの恵みによって、涙が力を持ったんだ!!
サリファはあたしを『軸』にして、世界中に悪意を撒き散らすつもりだと言った。だったら今この涙の恵みも、世界に拡散出来ないかな!?
「え?」
一瞬左眼が勢い良く光り輝いた。あたしの考えにリトスも賛成してくれたみたいだ。あたしは宙に浮いたまま、自分の身体をゆっくりと回転させてみる。あ、大丈夫そう? 少しずつスピードを上げて、シュクリとエルムとあたしの涙は、リトスの力で遥か遠くまで飛んでいった。
グルグルと回る視界から瞼を閉じると、体内を巡る心地良い音楽が聞こえた。──音? ううん、これは声だ。リトスの声? ──穏やかな声音に、耳を、心を、傾けてみる。
ジュエルの中には色んな想いが溢れていた──。
一度目の町狩り。瓦礫の中で死を待つばかりの諦めた自分に、一陣の光が差し込まれた。
四人の少女達は沢山の愛情を持って、自分の身体と心を癒してくれた。彼女達は決して諦めなかった──自分のことも、彼女達自身の未来のことも。
少女達の希望に応えたい、彼女達を守りたい──それがヴェルを復興させるという目標へと繋がった。
けれど再び起きてしまった二度目の町狩り。自分独りではもはや不可能だった。頼れる者は神のみ──霊峰シュクリエルムの神は、自分の祈りに応えてくれた──只一つ、彼女達を永遠に守るためには、人ではいられないとの条件付きで。
「そっか……」
リトスは命の恩人である四人の少女と、彼女達四家系の未来を守りたかったんだ。けれどそんな矢先、エルムは山へ自分の身を捧げてしまった。シュクリエルムはリトスの願いを知り、後半の名「エルム」を彼女に与えて、シュクリとして少女を守ることを約束した。そして三人のお姉さん達は自分達が捧げたラヴェンダーの品と、エルムが捧げたラヴェンダーの種がキッカケとなり、ジュエルを宿した王家と関わりを持つことで、未来永劫一族が安泰であるように約束された……そういうことだった──。
ふとサリファの言葉を思い出す──『ジュエルも結局「全て」を求めた……それは何故だ? ジュエルは「全て」を欲っしたからではない……単に選べなかったからであろう?』
「違う……」
ジュエルは──リトスは……「選べ」なかったんじゃない。「選ば」なかったんだ!
町狩りにやってきた他国の民も、命からがら逃げてきた人々も、そして唯一生き残ったヴェルの四人の少女達も……ヴェルに関わる全ての人に平和を与えてあげたかった。
「ちょーっと度が過ぎたところもあったけどね」
サリファ達二千六百年前の悪意だけでなく、再建されたヴェルの全ての悪意まで、今まで吸い取っていただなんて。
あたしは心の声で笑った。その反応にリトスも照れたように笑ったみたいだった。
「あーでも、あたし達、これからどうやって帰ればいいの?」
エルムは大丈夫と言ったけれど、自分の町やそれより先のヴェルまでなんて、自力で飛べるとは思えなかった。それより……あれ、れ? リトス、回転鈍くなってない? いや、何か……ホッとしたからかな? あたしもちょっと疲れが……あ? ダ、メ……──!
ふいに気が遠くなるような浮遊感に襲われて、あたしの回転はバランスを崩し、真っ青な海へと真っ逆さまに落ち始めてしまった。マントも羽織っているのだし、ジュエルの力で飛べばいいだけの話なのにぃ! 何故だか力が……入らなかった。
ああ、も~どうしよう!? 今度は泳いで帰れって言うの!?
見えるのは遠ざかる空だけだった。頭上の海はどれくらい近付いているのだろう? うーん、でも、ココで諦めちゃったら、あたしの言っていることとやってることって違うよね!? 絶対に諦めない気持ち──エルムにも与えることが出来たんだ。そのあたしが諦めるなんて~手はないのだ!!
「くっ──!!」
あたしは脱力した身体に何とか力を込めて、仰向けの身体を反転させた。その時視界の端にキラりと何かが……光った?
「リル──!!」
「ルヴィ──!!」
あぁ……聞こえる! でもこれって……走馬灯なんかじゃないわよねぇ??
「リル──!!」
「ルヴィ──!!」
「あっ……!」
今度はハッキリと聞こえていた。アッシュがあたしを呼ぶ愛称。ルクがあたしを呼ぶ愛称。見える……小さな白い軽飛行機! あたしを迎えに来てくれたんだ!!
「アッシュ!! ルク──!!」
旋回して一瞬消えた機体が、一気に目の前に現れた! 乗り出して迎えてくれた二人の手に、両手を力一杯伸ばしてみせる!!
「リル!!」
「ルヴィ!!」
「たっ……ただいま!!」
凍りつきそうな冷たい掌が、二人の愛情溢れる熱を吸い取って──
──おかえり、リル。
──おかえり、ルヴィ。
あたしは温かい優しさに包まれながら、遠く彼方から聞こえる二人の声に……幸せそうに微笑んでいた──。




