[82]本当のエルム? 〈El〉+*
あたしを囲う大気の流れが、肩先や指先で白いリボンのようにはためいていた。
同じく目前のエルムからも、全身の輪郭を描く白光が揺らぐ。
どうか、お願いぃぃ……あと数センチ!
なのにこの僅かがなかなか追いつかない!!
こちらを見上げて落ちてゆくエルムの瞳から、滲み出た涙があたしの頬に命中した。それに気付いたエルムは何故だか微笑んで……いや、ダメだよ! 諦めないで!! あたし絶対つかまえるから!!
「さようなら……リルヴィ」
「わっ!!」
その時再びシュクリが噴火した!? その波動はあたしの背中を押すようにグンと一歩を近付けてくれて、あたしはついにエルムの手を握りしめることが出来た!!
「ありがとう……リルヴィ」
「ううん、シュクリのお陰だよ」
エルムを抱え込んで、海原の寸前で旋回する。転回した視界にはインターデビルの真上で噴煙を漂わせるシュクリ、更にその上には不気味な黒煙が……いや、あれ、サリファだ……怒りにまみれて黒い闇と化し、上空からシュクリを呑み込もうとしていた!
「シュクリが危ない……リルヴィ、リトス、どうかアタシの力を使って!」
シュクリの許へ戻ろうと飛行を続ける最中、エルムはあたしの首に両腕を絡め、火口の中と同様あたしと額を触れさせた。その刹那──
「ふ、わ……──」
体内に流れ込んでくる厖大な金色のエネルギー、温かな波光が指先まで隅々と全身を駆け巡る!
──お願い、リトス、リルヴィ……シュクリを、ヴェルを……世界を、救って──!!
胸に響いたエルムの祈りに『ラヴェンダー・ジュエル』が応えた!!
エルムとあたしの体表が発光したと思うや否や、エルムからは金の、あたしからは薄紫の光の帯が内から生まれ、螺旋を描くようにお互いに巻きつきながらシュクリへ向けて伸びていった。吊られるようにエルムとあたしも流されて上昇し、帯の先端がシュクリの山頂へ行き着くのを見届けた。
黒煙が浸蝕しようという直前、双光の帯がシュクリの火口上をグルりと塞ぎ、間一髪触手の行く手を阻む。そして再びの……噴火? ううん、違う……編み目状の帯の合間を縫って、溢れ返ったこの光の波は──!?
「シュクリの……恵み、だよ──」
ゆっくりとおでこを離したエルムが、シュクリを見下ろしながら呟いた。
シュクリの恵み──確か二度目の町狩りの際に、ヴェルに降り注いだという──?
火口上に広がる景色は『ジュエル』の力を以てしても、目を細めずにはいられないほどの眩しさだった。
やがて双光の網はシュクリの光に溶け込んで、金色とラヴェンダー色のマーブルな彩光が、空を天を埋め尽くしていった。あたかも金色の海にラヴェンダーの花びらが降り注いでいるかのように。
サリファの黒霧は光に包まれた途端、悍ましい呻き声を上げて無数の闇粒へと結晶化してしまう。先にインターデビルへ流れていった悪意のように、サリファもお行儀良く列をなして、燃え盛る炎の渦へと、少しずつ、少しずつ、消えて……いった──。
サリファの断末魔がついに潰え、静けさに包まれた虚空の時間。安堵と達成感に満たされて、美しくたなびく琥珀と瑠璃色の雲海を満喫する。
とうとうやり遂げたんだ……シュクリの神様と、その使いエルムと、ラヴェンダー・ジュエルとなったリトスと、そしてあたしで──。
──本当にありがとう。リトス、リルヴィ……
そんな余韻に浸っていた心奥へ、エルムの声が突如響き渡った。あたしはハッと我に返り、慌てて首を正面に戻した。
「あっ、あれ!?」
抱きかかえていた筈のエルムはいつの間にか消えていて、何故だか自分の足元から先にラヴェンダー畑が広がっている!
──ありがとう、リルヴィ……あなたはワタシに諦めないことを、ワタシにも出来ることがあることを教えてくれた。そして……ワタシを諦めないでいてくれた……
次に聞こえてきたエルムの声は、胸の内からではなくラヴェンダーの花群れの先の先だった。その声を辿って視線を上げる。そこにはまるで妖精みたいな美しい女性が佇み、あたしに淡く微笑んでいた。
「えっ、と……エルム、なの?」
微かに面影は残しているけれど、さっきまでの子供っぽいエルムに比べて、ずっと大人びた様子だ。
──うん。ヴェルが待っているから、お先にシュクリと一緒に帰るね。リルヴィ、これでもう会えることはないと思うけれど、あなたに会えて本当に良かった。リトスも……これからもリルヴィを宜しくね……
「え? あ、あのっ、あたしは!?」
こんな無人島に独り──否、リトスと二人で置いていかれても~!?
──これ以上「お邪魔」しても悪いと思うから……でも大丈夫だよ。リルヴィもちゃんと帰れるから。先に戻ってヴェルを元通りにしておくね。……それじゃあ……リトス、今まで本当にありがとう……リルヴィも沢山ありがとう……
「あ……ううん。あたしこそ、色々とありがとう! エルムに会えてとっても嬉しかったよ!!」
あたしの返事とお礼の言葉に、ずっと向こうのエルムはニッコリ笑ったけれど。
同時に涙もいっぱい流していた。その優しく柔らかな泣き顔に、あたしの瞳からも刹那涙が溢れ出した──。




