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シュクリ・エルムの涙  作者: 朧 月夜
■第十一章■ TO THE FUTURE(未来へ)!
81/86

[81]二人のあたし? *

 以前と同じく腰を屈めて、それでも何とか小走りで前進した。やがて『ジュエル』が「ストップ!」と告げるように、明るく発光してあたしの歩みを止める。数歩先の左壁と地面との境界に小さな穴が開いていて、覗いてみれば遥か下方に煙る火山島が見えた。


挿絵(By みてみん)


「了解……あそこね。インターデビルの真上まで行ったら、リトス、後は宜しくね!」


 「分かった!」と言わんばかりに左眼(ジュエル)が明滅したので、あたしは剣先で穴の(へり)を突いて、自分が通れるくらいの大きさに広げた。途端冷たい風が洞内に吹きつける。思い出す──グライダーからシュクリへ飛び降りたあの風を。アッシュの背に抱えられて、パラシュートを開いたあの瞬間を。


「リル、飛行準備! カウントするよ、5・4・3……」


 あたしはアッシュの声真似をして、あたし自身に語りかけた。震える両手にギュッと力を込めて、マントの端に手を掛けた。


「……2・1・GO!」

 

 「ジャーンプっ!!」と叫びながら、あたしは穴にその身を投じた! まとわりつく空気が激しさを増して、目も開けられないまま重力に身を任せる。やがて下降は緩やかに──やっぱりマントのお陰かしら? いや……気付けばすっかり静止して、風もいつの間にか穏やかに……ううん、何故だかさっきまでの淀んだ『気』を感じるのは……ええと、まさかね……これって、つまり!?


「え? あ! えっ!?」


 認めたくない気持ちを抑えつけながらも、仕方なく瞼を開いてみる。ああ……嘘でしょ! 視界が赤黒い……!!


『ふふ……リトスよ、そう易々とわれを騙せると思ったか?』


 火口の入り口で呆然自失していた筈のサリファの霧が、シュクリ山の真下まで長―く触手を伸ばし、あたしを完全包囲しているなんて!!


『何やら二人して楽しそうに、コソコソとナイショ話をしているようだったからな……途中から小芝居を打って聞き耳を立てていたのさ。折角溜め込んできたわれの同志を無駄死にさせられては困るのでね……リトスよ、そろそろわれに譲ってもらおうか』

「……!!」


 今度はあたしが呆然自失する番だった。まったく……どれだけ地獄耳なのよ!! いや……まだだ。きっと策はある! ジュエルには負担を掛けてしまうかもだけど、先にサリファ達を吸い取ってしまえば──


(たくら)みがあるなら早急に諦めるがいい。山頂をご覧? 既にエルムはわれの手の内だ。お前達が不審な動きをするなら、エルムがどうなるか……さて、どう調理してほしい?』

「そんなっ──!!」


 咄嗟に見上げたシュクリの山頂、ジュエルのヴィジョンでなければ見えないほど遠くだけれど、確かにエルムが蜘蛛の巣もどきにがんじがらめにされていた!


 まずはエルムを助け出さないと……でも、あたしすら霧に包囲されてしまった状態だもの。一体どうやってエルムの許へ向かえるというの!?

 先程までのサリファのように、あたしも取り乱してキョロキョロとしてしまった。けれどそんなあたしの視界の端に、幽かなゆらめきが映り込んだ。あたしが飛び降りた穴から……えぇ──と? あ、あたしっ!? まさか「あたし」が小さく手を振っている!?

 あ、いや……あの「あたし」はきっとエルムだ! つまり山頂で捕縛されているエルムは幻影そのもので、トンネルの入り口で振り返って見た「エルムにしがみつかれていたあたし」が、幻影を(まと)ったエルムだったのだ! だったらエルムは大丈夫!! ならば気付かれていない今の内に──リトス!!


「あ……!」


 あたしの心の声に呼応した『ラヴェンダー・ジュエル』から、まるで真っ黒い鉱石のような小さな粒がぽろりポロリと零れ出してきた! 溢れかえる暗黒色の石が、列をなすようにラインを描きながら流れてゆく。まるで雨の如く上から下へと海を目指して──ううん、行き先はインターデビルだ──リトスがヴェルで二千六百年の間に抽出し続けた悪い心は、悪魔の口に吸い取られていった。


『な、なんということを……! エルムがどうなっても良いというかっ!?』


 サリファの触手は放出される悪意の粒を、必死に(すく)い取ろうとしたが叶わなかった。代わりにその先端が少しずつジュエルに絡め取られてゆく。宙に浮かんだままのあたしの瞳(ジュエル)は赤黒い霧を小さな結晶へ変えて、シュクリからインターデビルへと仲介役さながら受け渡していった。


『これ以上、させるかぁぁぁ──っ!!』


 サリファはドスの効いた恐ろしい声で咆哮し、シュクリの山頂へ戻ろうとうねり始めた。まるでトカゲの尻尾切りのように今までジュエルに吸い込まれていた霧の端がプツンと途切れ、あたしから離れ去ってゆく。霧は竜巻と化し、エルムの幻影が高く巻き上げられた。やがて渦は傀儡(くぐつ)を押し潰すように回転を速めて、細く長く天へと昇って……ついに弾き飛ばしてしまった!


『エルム、じゃ、ない……? どこだぁぁっ!! エルムぅぅぅ──っ!!』


 捕食する獲物を見つけんと辺り構わず探し回る肉食獣の如く、サリファがシュクリの火口へ驚く速さで戻ってゆく。 

 ヤバいぃ……あの勢いじゃ、すぐにエルムが見つけられてしまう!


「エルムっ、早くこっちへ──!!」

「シュクリ──っ!!」


 ──え!?


 あたしが飛び降りた穴に見えたのは、既にエルムに戻ったエルムだった。その後ろ姿はシュクリ内部へ向けてその名を叫んでいた。と同時に山全体が一瞬震えた気がした。そしてシュクリが──


「噴火……した!?」


 眼下のインターデビルとは比べようもないくらいの噴煙が、と共にサリファが丸ごと押し出され……思いっきり吹っ飛ばされた!?


「きゃああっ!!」

「え!? エルム!!」


 その反動でエルムは穴から滑り落ちてしまったらしかった。あっと言う間に小さくなっていくエルムに全速力で滑空する。あと少し、もう少し……あたしに向けて手を伸ばすエルムへ、あたしも必死に手を差し伸べた──!!




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