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シュクリ・エルムの涙  作者: 朧 月夜
■第十章■ TO THE SKY(空へ)!
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[76]ジュエルのたくらみ?

 独り赤煙に呑み込まれたあたしの前に、スクリューを横倒しにしたような長い渦が現れた。その中だけはタイフーンの目みたいに穏やかな空気が漂っている。『ジュエル』があたしのために造ってくれた道。パパのマントを纏って浮かび上がったあたしの身体は、吸い寄せられるようにその空間を前進した。

 自分を取り巻く紅いトンネルの先は、徐々に血の塊みたいに赤黒く変化していった。おそらくこの先がサリファの中心なんだろう……エルムが話した通り、悪い心の集まりの「核」。まさしくそんなおどろおどろしい不気味な雰囲気に満ち溢れていた。


『ようやく来たか……長らく待っておったぞ……』

「サリファ……エルム!?」


 ついに『核』へと到達したあたしに向かって、四方八方からサリファの声が響き渡った。そしてあたしの目の前、一気に突撃すれば何とか届きそうな距離に、気を失っているのか動かないエルムが……まるで蜘蛛の巣に捕らえられたように(はりつけ)にされていた!


『われはこの娘が存在しないことには動けなくてねぇ……が、ジュエル、お前はいつも良いところで邪魔をする……お前はもう十七年も前に、ヴェルを解放したではないか。いい加減われも自由にしてはどうだ?』


 陰湿な表情を描く煙が、エルムを中心に八の字を描きながらうねり、その唇のような穴からは更に真っ黒な煙が吐き出されていた。

 こんな邪悪な存在、もう二度と野放しになんてさせない! もう二度と……エルムを乗っ取らせたりしないっ!!

 あたしはおもむろに剣を抜いて、囲う煙を蹴散らしながら眠るエルムを目指した。

 普段なら構えることも難しい重い剣が、まるで自分の手のように操れる。それこそジュエルが協力してくれているのだと実感出来た。


「エルム! 目を覚まして!!」


 意外にもサリファはされるがまま赤く黒い煙を散りぢりにしながら、あたし達を遠巻きに見守っていた。

 剣が蜘蛛の巣のようにまとわりつく糸を斬り裂いて、落ちてきたエルムを全身で受け止めた。


「ん……あっ、リルヴィ……?」

「エルム! 良かった!!」


 エルムを救えればもうこっちのものだ。ジュエルとあたしが手を組んだら、こんなにいとも簡単だなんて~! やっぱりあたしの考えは間違っていなかった!! でも『悪い心(サリファ)』には実体がないのだから、剣では倒せないのだろう。だったらあとはジュエルの力で封印をして……あれ? それじゃあいつものやっつけ方と変わらないのかな? 今後一切エルムを巻き込まないようにするためには、あたしはどうしたら良いのかしら??


『さぁ、時が来た……神よ、目覚めよ。一番大切な伴侶が、ついに奪われるぞ……良いのか? 神よ……』

「……え?」


 渦巻く煙から離れゆくあたし達に聞こえたのは、静かなサリファの問いかけだった。

 「かみ」って、大切な「はんりょ」って……? あたしが思いつくのはたった一つだ……「山の神様シュクリ」と、その「花嫁エルム」。それより奪われるって……エルムが? 誰に!?


『神よ、シュクリよ……貴方が眠っておられる間、エルムを守っていたのはこのわたくしめ……二千六百年前を思い出されよ。エルムが元々愛していたのは……『ラヴェンダー・ジュエル』。そう、あのリトスであったことを……』

「え? あ、え……!?」


 サリファの言葉に呼応するかのように、足のずっと下の方から地響きみたいな轟きが聞こえてきた。両腕で抱え込み支えているエルムがハッとした表情を見せる。サリファの言ったこと……えぇと、良く分からないよぉ~一体全体どういう意味!?


「シュクリ……シュクリ! 誤解よ、聴いて! アタシをずっと困らせていたのはリトスじゃない! サリファが……シュクリがずっと封じ込めてきてくれたサリファが、ねっ! あの、あのねっ!」

「えぇ~……」


 エルムの弁解は焦りのせいか要領を得ず、そうしている間にも益々轟きが大きくなっていく。ともかく……エルムを守ってきたのがサリファって!? そんな嘘っぱち、シュクリが信じる訳がない! でも……これってシュクリの怒り、なの? あたし達は宙に浮いているから衝撃はないけれど、明らかにこの轟音……地面が激しく揺らいでいる!


「シュクリ! シュクリ!! ねぇ、聴いて! リトスは何も悪くないのっ!!」


 エルムの懇願はどんなに大声を張り上げても、地響きに掻き消されてしまっていた。リトスがエルムを奪うと勘違いされているとしたら……この状況ってメチャメチャまずいんじゃない!? ジュエルを宿したあたしがエルムを抱き締めているって……幾ら女の子同士って言っても、リトスがあたしの中に居るっていうのは~でも今この手を放したら、エルム落っこちちゃうよぉ!!


(いか)れよ、ヴェルの神よ……われはこの時を待っていた。この眠りについた五十年余に、如何にリトスがエルムを惑わし、誘惑してきたかを教えて差し上げよう……』

「バ、バカなこと言わないで! リトスはみんなのためにずっと!! え……? 五十年……?」


 あたしはサリファに反論しながら、ふとサリファの言葉に引っ掛かった。五十年余──シュクリが眠りにつくのは五十年から六十年だ。てことは……サリファは本当に「この時を待っていた」んだ! 結界から脱出してもサリファがずっと悠長にしていたのは、自身の力を取り戻すためだけじゃなく、シュクリが目覚めるのを待っていたからに違いない!!


『神よ……リトスには(たくら)みがあるのをご存知か? ヴェル創世から二千六百年、国民から生まれ出でる悪意は全てラヴェンダー・ジュエルに蓄えられてきた。それは何故か? この国を神に代わって支配する……そういうことぞ』

「違う! サリファ!! ね……シュクリ! アタシの話を聴いて!!」


 二千六百年前──ヴェルの神さまシュクリによって、町狩りを行なった人達の残虐な心は、抜き取られ封じ込められた。


 それでも悪い気持ちはまた生まれる……町狩りをした人達だけでなく、被害に遭った人達にも、そして、あたし達にだって……そう、例えば(ねた)みや(そね)み、支配欲や差別による(さげす)み──何処にだって存在する淀んだ心。でもヴェルには……そう、ヴェルにはずっと存在せず、平和で穏やかな世界が広がっていた。確かにそんなおとぎ話みたいな状態、ジュエルの力があってこそだった。


 ……でも! それがジュエルのたくらみだなんて──そんなの、絶対、有り得ない!!




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