[73]抜群のタイミング?
あたし達が話し合いを終えて十五分ほどのち、ついにサリファが目を覚ました。
『ふん……やはり「弱虫」が一匹逃げ出したか……?』
「サリファ……? 弱虫って……!? 違う! ルクはそんなんじゃない!!」
『ならば何処へ行った? 『ジュエル』を迎えに行ったとでもいうのか? そういうことなら弱虫は撤回してやろう。……にしても。ではリルヴィ、お前はなんだ? 腰が抜けて動けなくなったか? それともアシュリーに鞍替えでもしたか……!?』
「……っ!」
相当エネルギーを蓄えられたのか、サリファはやたらと饒舌だった。
もちろん散々探し尽くしたけれど、扉を壊せる物など何も見つけ出せなかったのだ。だから今でもアッシュはカプセルから出られていない。それに成す術もなく寄り添うあたしは、サリファの挑発に悔しさを滲ませつつ、ただ唇を噛み締めることしか出来なかった。
『ほぉ……本当に弱虫ではなかったようだ……』
「え? あっ、ルク!!」
天井に響き渡る声から視線を移した先に、息を切らして戻ってきたルクが立っていた。
「ご、めん……ルヴィ。一足、遅かった……」
「えっ!?」
かなり頑張って走ってきてくれたのだろう、ルクの言葉は途切れ途切れで、取り急ぎジュエルを手に入れられなかったことしか分からなかった。数回肩で息をして呼吸を整え、ようやく屈めた腰を戻したルクは、申し訳なさそうに説明した。
「あれからルヴィのお家へ行ったのだけど誰もいなくて……仕方なくタラお姉さんの家まで走ったら、お姉さんとお兄さんと……ルヴィのママにも会えたのだけど、ジュエルはビビアンさんってツパおばさんの弓の先生が持っていったって……一緒にルヴィのパパと、ピータンにアイガーもついて行ったって……」
「パパ……」
ママとタラお姉様・シアンお兄様は無事なのだとホッとした。けれどそれ以外の状況は、今のところ推測の域から出られなそうだ。
おそらくツパおばちゃんは自分よりも脚の速い、且つ出口までの道筋が分かるビビ先生に、あたしがルクに頼んだように『ラヴェンダー・ジュエル』を取りに向かってもらったのだろう。サリファは行き先を指示しなかったから、ツパおばちゃんは鍾乳洞で待機したまま、ビビ先生がジュエルを持って戻るのを待っている筈。そこに……パパとピータンとアイガーも同行した、と思われた。
『それは好都合だ……われらも向かおう。ふむ……二人も興味があるのだろう? 連れていってやる』
サリファは愉しそうに嗤ってヒュウと一息を吐いた。刹那アッシュのカプセルが宙に浮いた!
横倒しになったカプセルの扉がおもむろに開き……ようやくアッシュを出してくれるのかと思ったら、逆にルクもが吸い込まれてしまった!
「ちょ、ちょっと!!」
『お前も入るか? リルヴィ……まぁ幾らなんでも三人は狭かろうて。お前はわれに包まれればいいさ……』
「え? あ……ちょっと待って! アッシュ!! ルク!!」
「リル!」
「ルヴィ!」
紅蓮の波光が二人の入ったカプセルと、更にあたしをグルグルと取り巻いて、鍾乳洞からココまで移動したときと同様、あたし達はその一瞬に気を失った──。
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「もう~行ったり来たり、荒っぽいんだから~!」
「リル、ヴィ……?」
消え去っていた重力が戻って、あたしは硬い地面からだるそうに起き上がった。ついでにボヤキも吐き出しながら。
この水の匂い、薄暗い視界……やっぱり元いた鍾乳洞のドーム空間だ。そしてあたしの名を恐る恐る呟いたのは、ビビ先生の帰りを待っているツパおばちゃんだった。
『……ジュエルはまだ到着していないか……が、まもなくだ』
「リルヴィ、無事でしたか!?」
ツパおばちゃんはサリファの声に警戒しながら、あたしの元へ近付いてきた。その表情はいつになく不安そうだ。おそらくおばちゃんの言った「死よりも惨いこと」が起こってしまったのか否か、それを危惧しているのだろうと察した。
「うん! 大丈夫だよ。ルクとアッシュが守ってくれた!」
「ルクアルノが?」
歩み寄りながらあたしの背後少し高い位置を望むツパおばちゃん。振り返ってみれば、縦になったカプセルがフワフワと浮かんでいて、複雑な顔をしたアッシュとルクがこちらを見詰めていた。
「……とりあえず、何よりです」
今一度ツパおばちゃんへ振り返ろうとした矢先、出口方向から幾つかの足音が響いてきた。一人……二人? 狭い通路からあたし達のいる広場に現れたのは、ルクの言っていた通りビビ先生とアイガー、肩にピータンを乗せたパパだった!
「パパっ! 先生! アイガーにピータンも!!」
あたしの喜ぶ声に、一旦はツパおばちゃんの元へ向かおうとしたパパが、あたしに気付いて駆け寄ってきた。その面はあたし達が無事だったことへの安堵と、今でも辺りに立ち込めている赤い光への警戒で、みんなと同様複雑な気持ちを描いている。
「リルっ!! 無事で良かった……! ツパも、アッシュもルクも……!!」
「うん、ゴメンね、心配掛けて……う、ふうぅ~!!」
パパの両腕が一気に巻きついて、あたしはギュウッと抱き締められた。余りの力強さから変な吐息が零れたのに我に返ったパパは、慌ててあたしを解放し微妙な苦笑いを返した。ピータンも嬉しがるように、あたしの頬に飛びついてくる! ピータン、何ともなさそうだ……と見上げたパパの左眼には、ジュエルが変わらず収められていた。
『さぁて……主要メンバー勢揃いとなったか……ウルよ、いいかげんジュエルを渡してもらおう……』
「サリファ……っ!!」
頭上に漂う煙みたいな赤い光が蠢いて、サリファは激しい雲海の如くたなびいていた。
人面のようなシルエットを象って、時には嘲笑う女性のように、時には怒り狂う男性のように……とうとう決着の時へと辿り着いたようだった──。




