[69]本当の名前?
──あ~ごめん! ちょっと脱線しちゃった。とにかくリトスはシュクリ山の神様にお願いして『ラヴェンダー・ジュエル』になったの。どうしてラヴェンダーなのかは、お姉ちゃん達の作ったお供え物がとても素晴らしかったから。そして……アタシ自身がその『種』になったから、だよ……
「……種?」
頬にほんのり赤みを残したまま、エルムはこちらを見ながらはにかんだ。
種って何の種だろう?
──アタシのお家はラヴェンダーの種を育てていたの。ヴェルで育つラヴェンダーは、みーんなうちの種から育ったんだよー……
「え? えー!」
エルムの家系も……ラヴェンダーに関係してたんだ!!
──アタシはお家があった場所から、種をぜーんぶ探し出したの! それを抱えてシュクリに登って、お祈りしながら火口に飛び降りたら……シュクリがね、アタシをお嫁さんにしてくれたんだー……
「ええっ!? えええええーーーーー!!」
エルムの話す内容が驚くことばっかりで! あたしは「え」しか言えないまま固まった!!
エルムはシュクリの神様のお嫁さん……ってこと!?
──それから大切に大切にシュクリと二人で種を育てて、芽吹いたラヴェンダーは不思議な力を持つようになったの……『ジュエル』になったリトスに魔法を与えるラヴェンダーに……
「……」
余りの驚きにあたしはもう返事も出来なかったけれど、少しずつ『過去』が『今』へと繋がっていった。
種を採って育てる花農家の娘……エルムは全ての種をシュクリに捧げ、二人に育てられたラヴェンダーは魔法の力を持った。そこから三人のお姉さん達によって、現代のようにジュエルに力を与える『薬』と『染粉』と『香水』が作られ……ラヴェンダー・ジュエルを宿すヴェル王の魔法の元となった──!!
──ビックリさせてばっかりでごめんね~でもまだまだビックリすることあるよ。むかーし昔、シュクリ山の本当の名は「シュクリエルム」だったんだよ。シュクリはアタシを迎え入れてくれた時に、後ろの「エルム」をアタシにくれたの。だからアタシは人間だった時の自分の名前を忘れちゃったんだよね~……
「……え?」
「後ろ」のエルム──エルムも……名前の「後半」……ってこと?
──リトスがジュエルになって、シュクリとジュエルの力でヴェルを大陸から切り離して、シュクリとアタシが空に浮かべて……お姉ちゃん達がシュクリとアタシの育てたラヴェンダーでジュエルを助けて……それからずーっとずっとジュエルはみんなを守ってきたの……でもそうなるまでには色々大変だったのだけどね……
「……うん……そう、思う……」
あたしはほぼ呆然自失しながら同意した。
二度目の町狩りが起きた直後、これだけのことをやってのけるなんて……どうにも想像つかないもの!
──なんかゴメンね~ちゃんと説明出来なくて……えぇと、あと何を伝えればいいのだっけ? ……あーそうだ! 肝心なサリファのことね。んーと……ヴェルの人達って、一回目の町狩りでほとんど殺されちゃったでしょ? 生き残ったのはリトスとお姉ちゃん達三人とアタシだけ。その後周りの国から逃げてきた人達で少しは増えたのだけど、それでもヴェルを支えるには少な過ぎて、シュクリは狩りにやって来た悪い人達から、悪い心だけを抜いて山の深い深い所に閉じ込めたの! それがね、サリファなの。サリファは元々町狩りにやってきた大陸の「悪い人達の心の集まり」なんだよ……
「……えっ! え!? ……えぇ~……?」
ダ、ダメだ……そろそろあたしの脳ミソがついて行けない領域になってきた……!
サリファが……「悪い人達の心の集まり」!? ちょ、ちょっと待って……それじゃあサリファは人間じゃないってこと!?
──あぁ……もう、時間ないかも! リルヴィ、良く分からなくても聴くだけ聴いて! 悪い心はいつもはシュクリが見張ってくれているのだけど、封じ込め続けるのはとっても大変なことなの! 消耗した力を取り戻すため、シュクリは六百年に一度、五十年から六十年くらい眠りについて、その間はアタシが代わりを務めるのね。でも……まだまだ未熟なアタシは、すぐサリファに乗っ取られちゃって……いつもこんな騒動が起きちゃう。今まではシュクリが目を覚ます前に、ジュエルが元に戻してくれていたのだけど、サリファは甦る度にどんどんずる賢くなって、とうとうこんなことになっちゃって……だから、ね……みんな、アタシの、せいなの……ごめんね、リルヴィ……本当に、ごめんなさい……
「エルム……」
目の前の少女は徐々に涙目になって、ついには泣きながら謝った。
まだ良くは理解出来ていないけれど、シュクリやエルムやジュエルのお陰で、ヴェルが今でも成り立っているのだってことは、あたしなんかでも何となくは分かる。だからこそ、エルムを責める気なんて毛頭ない! そんな想いを伝えて、ようやくエルムは泣きやんだ。
結局『名もなき少女』はサリファじゃなかったんだ……でも、今この時、サリファはルクだけでなく、エルムまでも乗っ取っていて……この状況を今までどうにかしてきたのはジュエルだった。ならば……やっぱり何とか出来るのはジュエルしかいないってことだ!!
──あー……ごめんね、リル、ヴィ……アタシ……もう、ちょっと、眠くなって……きちゃった……
「えっ!?」
途切れ途切れ何とか言葉を紡ぐエルムに目を向ければ、涙を拭っていた筈の可愛い指が、眠気眼を擦るように、両目をゆっくり端から端へと左右に行ったり来たりしていた。
「あ、ねっ、ちょっと待って! エルムが寝ちゃったら、サリファが出てくるってことでしょ!? サリファはどうしたらやっつけられるの? ジュエルがいれば、何とかなるの!?」
──んー、えっとね……ぇ……
「エルム~!!」
まだまだしっかり理解出来ていないのに! まだまだ訊きたいことが沢山あるのに!!
──お願い、リルヴィ……シュクリ、を、もう、哀しませたく……ないの……、だ、から……ジュエルに、どうか……ジュエル、を……
「エルム、起きて! ジュエルをどうしたらいいの!?」
益々眠りに落ちそうなエルムを励ましつつ、あたしは小さくなっていく声に耳を澄ました。
──ジュエルを……「本当の名前」で、呼んで、あげて……
「本当の、名前?」
辺りを取り巻いている金色の光が徐々に眩しさを増して、エルムの姿が光に消え、唯一最後に聞こえた言葉は──
──……「リトス=ヴェル……=デリテリート」って……
「リトス=ヴェル=……」
「デリテリート」──!?




