[68]はじまりの始まり? *
──起きて……リルヴィ……目を覚まして……
まただ。また、誰かに起こされようとしている。でもアッシュじゃない。ルクじゃない。パパでもママでも……じゃあ、この声は?
同い年くらいの女の子の声だから……えーと、あたしのクラスメート? なんて訳ないか。だったら知らない誰か? ううん、一度だけだけど聞いたことのある声だ。そう、この可愛い声は──
──良かった……無事、みたいね。破けたシャツも直しておいたよー……
「え? わ! ホントだっ、ありがとう!! って……ココ、どこ? アッシュとルクは!? それにあなたは……」
目を開いて咄嗟に起き上がったけれど、気絶する前に見えた眩しい光の中、安堵する少女の姿だけが見えた。
──時空の狭間、次元の狭間? 良く分からないけど、リルヴィの住む世界とは違う所。二人はちゃんと無事でいるよ。アタシは……ツパイが説明したから分かるでしょ? あなた達が言ってた『名もなき少女』……
「う、うん……」
確かに『ジュエル』が見せてくれたあの『名もなき少女』だ。それじゃあ彼女は……サリファってこと?
「あ、あの……サリファは?」
光に包まれる前に、確かサリファは誰かに怒りをぶつけていた。それがこの子ならば、彼女はサリファじゃないってこと、よね?
──サリファは今アタシが何とか封じ込めてるの。でもそれが出来るのはほんのちょっとの間だけ。その内には目を覚ますから、それまでに話したいこと全部話すね。だからリルヴィ、頑張って聞いて……
「う……うん」
少しだけプレッシャーを感じて、あたしは返事を言い淀んだ。まだ混乱の治まらないあたしに、彼女のこれから話す内容をちゃんと理解出来るだろうか?
すると『名もなき少女』はクスりと笑って、
──きっと大丈夫だよ……だってアタシ達、同い年だもん! 難しい言葉なんて使えないから心配しないでー ……
「わっ、本当~「だもん」って言うんだね! ──あっ! いやっ、その……ごめーん!」
──あーううん。この口癖治らないんだよね~ ……
ついツッコんでしまったことに、あたしは慌てて謝った。両掌を合わせて頭を垂れたあたしに、彼女は吹き出すようにコロコロと笑って、あたしも一緒に笑い合った。
ヴィジョンで観たままと変わらない純朴な雰囲気。この幼さを残した少女がサリファだなんて、やっぱり違うに違いない!
ようやく笑いを止めた『名もなき少女』は、猶予がないことを思い出したのだろう、コホンと一つ咳払い、脳内を整理するように話し出した。
──えぇと……まずね、アタシの名前はエルムっていうの。でも本当の名前はもう忘れちゃった……エルムはシュクリ山の神様がくれた名前よ……アタシはシュクリを守る神様の使いなの……
「神様の……使い?」
天使様、ってことだろうか?
あたしは軽く首を傾げた。
──うーん、あんまり細かいことは気にしないで。ジュエルがあなた達に見せた通り、お姉ちゃん達とアタシは一回目の『町狩り』で、リトス──えっと「後々ジュエルになる人」ね──を助けたんだ。でも二回目の町狩りで、また沢山の人達が死んじゃって……とうとうリトスはこの国を魔法で守ろうと、ジュエルになることを決めてしまったの……
「リトス……」
それが……ジュエルの本当の名前……。
エルムは当事者なのだから当たり前なのだけど、まさか『ラヴェンダー・ジュエル』の本名が聞けるだなんて思わなくて、あたしはついぞ絶句した。
「後々ジュエルになる人」──本当にジュエルは人間だったんだ。
── 一回目の町狩りの後みんなで頑張って、前と同じってほどではないけど、ヴェルはまあまあ街らしく戻ったんだよ……それでアタシ達はリトスに「王様になって!」って頼んだの。でもリトスは「僕は王族じゃないから」って。町狩りでヴェルの王族は全滅しちゃったから、アタシはリトスでもいいと思ったのだけどねー。隣の国から逃げてきた人の中にヴェル王家の遠い親戚もいたから、リトスはその人に王様になってもらおうって。それで新王の戴冠式を準備している時に……また町狩りが起こっちゃったの……
「……」
エルムと名乗った彼女は、とてもとても悲しい顔をした。
やっと再建した自分達の街が、人が……また目の前で崩されてゆく、殺されてゆく……どんなに想像しても、それがどれほど痛ましいことか、経験のないあたしにはやっぱりこんな悲しい顔は出来ないだろうと思わされた。
──それでリトスはヴェルの中心に聳えるシュクリ山に助けを求めたの。リトスとお姉ちゃん達三人は、ラヴェンダーで作ったお薬とストールと香水をお供えして沢山祈った……でも、ほら、アタシってこんなでしょ? アタシにはなんにも出来ることなんてないから……アタシは独りシュクリ山に登って、アタシ自身を捧げることにしたの……
「えっ!?」
それって自分を犠牲にしたってこと!?
目の前のエルムはただ「エヘヘ」と照れ笑いをしてみせたけど、いえ、そんなの……普通出来ることじゃないってばっ!!
──お姉ちゃん達はねぇ~三人共みーんな綺麗で優しくて素敵だったんだよ! リトスもとってもかっこ良くて、紳士で働き者で、アタシはもちろん、お姉ちゃん達もリトスが大好きだった。それをリトスも気付いていたんだよね……だからリトスは選べなかった。……あ! アタシが選ばれるなんてことないのは、初めから分かってたんだからねー!……
そう言ってエルムは顔を真っ赤にしながら弁解した。久し振りに見た赤いほっぺに、ツパおばちゃんを、ルクを、懐かしく思い出した。エルム、本当にリトスのことが大好きだったんだね。そして三人のお姉さん達も……「ラヴェンダーで生計を立ててきた三家系の娘達」。ツパおばちゃんとルクの家系──薬を調合する【癒しの民】と、タラお姉様の家系──染色した糸で紡ぐ【彩りの民】、そしてママの家系──芳香を司る【薫りの民】。三人のお姉さん達も好意を寄せていたのに、誰も選べなかったリトス……「選べなかった」──以前サリファが言った言葉を思い出した。
『ジュエルも結局「全て」を求めた……それは何故だ? ジュエルは「全て」を欲っしたからではない……単に選べなかったからであろう?』
あれは一体どういう意味だったのだろう──?




