[63]愛故の拒絶?
『笑わせるな、ノーム……今更お前の肉体など不要だ』
立ち尽くしたアッシュと嘲るルクの狭間で、ツパおばちゃんは背を丸め微動だにしなかった。
『お前はわれが求めた時、自ら時を止めて十四に満たずにいたではないか。それはこうなることを見越していたからであろう? だったら逃げたままでいれば良い……裏切り者にもう用はない』
十四に満たずに……その言葉に引っ掛かった。
あたしの年齢、ルクの年齢、そしてあの「名も知れぬ少女」の年齢。サリファは十四年を越えた肉体が必要だった?
ツパおばちゃんは十四歳になって、肉体を乗っ取られるのを回避するために……自分から四日の内の三日間を眠り続けて、その時を遅らせていたということなの? 確かにパパ達がウェスティを倒した時も、おばちゃんの身体はまだ十歳程度だった筈だ!
『お前の母親を乗っ取って、わざわざお前を産んだというのに……とんだ邪魔者を作り出してしまったものだね。お陰でスティに力を注ぎ損ねた。不出来な子を持つと苦労するものだが……その分可愛いと感じるのは母性本能というものか?』
クックック……見下した嗤いが響き渡る。
サリファは一体何を言っているの……?
「お前の母親」って、ツパおばちゃんのお母さんのこと? サリファは先にツパおばちゃんのお母さんに乗り移って、ツパおばちゃんを産んだというの? それから王妃となったツパおばちゃんの叔母「サリファ」になり、王様との間にウェスティを産んだ?? そんな……そんなことって……今ルクを乗っ取っているサリファは、どんな化け物だというの!?
「何を言われても仕方がありません。ですが私の肉体でも十分でしょう? ルクアルノとリルヴィには、これ以上手を出さないでください」
『ふん……血を分けた肉体と思えば、お前でも構わぬのだろうがな。そんな及び腰の身体など、こちらから願い下げだ。第一お前を乗っ取った途端、お前は自身で首を掻くのであろう? そうなればさすがにわれもこの世に留まれない……が、十四では自害に及べぬほど、お前も我が身が可愛かったか? われの寿命以上に生きて、やっと決心が着いたと言うのか?』
「……」
おばちゃんは……サリファもろとも命を絶とうとしている?
あの「禁じ手」と言ったおばちゃん自身が、まさにそれを実行しようとしていた。従兄の従姉であるおばちゃんも、パパとピッタリ重なり合った。嫌だ……どうしてみんな自分を犠牲にしようとするの? 誰かが死ななければ、この良く分からない因縁から誰も解き放つことは出来ないの!?
『ノーム……とにかくお前には、もう存在の意味も意義もない。リルヴィ、最後の選択だ。われと取引をしよう』
「……取……引?」
「ダメです、リルヴィ! 師よ、早く二人を連れてお逃げください!!」
初めて聞いた荒げる声が響いて、あたしの胸の内には様々な想いが駆け巡った。ココで逃げたら、ツパおばちゃんはきっとルクのために命を捧げてしまう。でも今サリファは最後のチャンスを与えてくれている。あたしが、あたしなら! 『ジュエル』の力を得たなら、もしかしたら!!
「ツパイ、悪いのですが……わたしは行けません」
「え……?」
その時あたしの隣ずっと上から降ってきたのは、正対称に落ち着き払った低い声だった。ビビ先生はあたしの手を握り締めたまま、その身をカプセルの影から現した。
「わたしがこの二年で貴女に教えたのは、命を賭してまで勝つことではありません。生きてこそ勝利はある。貴女が命に代えてルクアルノさんを守っても、彼は悲しむだけでしょう」
「し、しかしっ!」
「貴女が死ぬ覚悟である以上、わたしは此処から動けません」
ツパおばちゃんは身を翻し、ビビ先生の前まで駆け寄った。見上げる表情はいつになく焦燥して、沢山言いたいことがあるのに言えないみたいに唇が戦慄く。反面見詰められた先の先生は頑なな面差しで、真一文字に引き結ばれた口元は断固として動かないことを物語っていた。
このやり取り、「あの時」のアッシュとタラお姉様を思い出させた。あたしのためにルクとアッシュが死ぬことがあったら、あたしは一生重荷を背負うことになると言われた「あの時」を。
「お願いです、師よ! リルヴィをサリファから遠ざけてください!! さもなければ死よりも惨いことが……私はラヴェルに、これ以上の悲しみなど……ですからっ、どうかお願いします!!」
いつの間にかビビ先生の胸元を掴んで、ツパおばちゃんは喉元から叫んでいた。死よりも惨いこと……? これも何処かで聞いたことのあるやり取りだ……そう、えっと……ルクがサリファに取り込まれたら、あたしにとっての脅威になるって、それはあたしに言い憚る内容だって、それが死よりも惨いこと……??
「もちろんリルヴィさんは逃がします。アシュリーさん、リルヴィさんを連れて逃げてください」
アッシュへ呼び掛けた台詞と共に、ビビ先生の右手が鋭く動いた。その手元から投げられた何かがルクの耳をギリギリ掠めて、ルクの身体が後ろにのけ反り──
「リル!」
全ては一瞬の出来事だった。
剣の尖端がアッシュから天井へ外され、その隙を味方につけたアッシュが、ルクの左脇腹から自分の剣を抜き去った。それを下から上へ振り上げ、引っ掛けられたルクの剣が宙を舞う。遠心力の勢いそのままに、アッシュはあたし達へと振り向いて、ビビ先生に背中を押し出されたあたしの手を取った! でも──
「サリファ、取引の条件よ」
あたしは促すアッシュの手を引き止めて、仰向けに倒れたルクの手を握り締めた──。




