[61]光の向こう? *
全員が押し黙ったまま、全ての片付けを終えた。アッシュとあたしのザックの中身も殆どカプセルの中に収められ、それでもビビ先生は軽々と肩の上に乗せて、鍾乳洞へ向けあたし達を導いた。
二手に分かれた道の内、左手の洞穴が選ばれた。右手はグルリとシュクリ山の麓を巡っていて、島東部の出口までは相当時間が掛かってしまうらしい。反面進んだこちらは真っ直ぐ島の西部まで貫いていて、あの四人の乙女達が紅いカニを見つけた海岸の近くに出られるということだった。
「やっぱりこの水の匂い……サリファに捕まっていた時に感じた空気に似ている」
真後ろのアッシュが独り言のように呟いた。ライトで照らす足先の地面も、確かに濡れて艶やかな岩場だ。やがて洞窟の壁面も白く滑らかになって、ポツポツと天井から雫が髪に滴った。
「き……れい……」
ルクのことを想えば、周りを囲む岩の芸術に心奪われている場合ではないし、自分の身の危険も常に念頭に置いておかなくちゃいけない。けれどライトに切り取られた僅かな景色は、まるで精巧な彫刻のように荘厳で美しかった。
白亜の岩肌は宮殿の柱のようで、それが奥の暗がりまで幾重にも続いていた。天井から垂れた長細い氷柱状から、規則的に水の粒が落ちている。すぐ下には同じ岩の突起が伸びていて、水滴が作り出した「石筍」というのだと、この上下が繋がって「石柱」になるのだと、見惚れるあたしにアッシュが教えてくれた。
あたし達が歩む通路みたいな道の横には、並んだように静かな水が湛えられていた。時折降ってきた水玉が何層にも波紋を描き、ピチョン……ポチョン……と可愛いらしい音を立てる。それは洞窟内に反響して、あたかも神聖な音楽を奏でた。ココにもっと明るい光があったらどんなに素晴らしいことだろう。あたしはつい感嘆の溜息をついていた。
「リルヴィ、この鍾乳洞はしばらく続きますから。気を抜かず師について行ってくださいね」
「あ、はっ、はい!」
最後尾のツパおばちゃんから戒められて、あたしは慌ててビビ先生との間合いを詰めた。この鍾乳洞の何処かでサリファはあたし達に攻撃を仕掛けてくるに違いない。その時どうにか「乗っ取られていないルク」に会えて、上手く合流出来たら良いのだけど……。
「この先、微かに明るいのが分かりますか? あの辺りが鍾乳洞のちょうど中心になります。おそらく一番危険な領域となりますから……準備は宜しいですね?」
「……はい、ビビ先生」
それから一時間ほど歩いた頃、左へ折れ曲がる石壁の向こうから、先生の言う通り光が差し込んでいた。振り返り差し出してくれた分厚い左手に、震える右手を伸ばして頷く。包み込む温かな掌は、あたしに勇気を与えてくれた。
「良いですね、リルヴィ? 師の手は何が遭っても絶対に離さないでください。アシュリー、師よ。私がルクアルノの救出を無理だと判断した時点で、二人は必ずリルヴィを連れて逃げてください。どうかお願い致します」
「……分かりました」
背中に掛けられたツパおばちゃんの懇願に、ビビ先生はもう一度振り返って応答した。アッシュは小さく首肯したけれど、声を出すことはなかった。万が一そうなってしまったとしても……本当にそれが正解と言えるの?
「では、参りましょう」
おばちゃんの号令に、全員が行く先へ身体を向けて、得物をひとたび構え直す。あたしもギュッとビビ先生の手を握り返した。見下ろした先生の柔らかい眼差しに、真剣な瞳を上げて合わせた。
そそり立つ、幾筋もの線を描く石灰岩の壁の向こう、真白い光が上方から注いで、まるであたし達を待ち構えているようだ。
ゆっくりと進み、境界となる壁際にもたれて先の様子を窺う先生の隙間から、あたしも明るい景色を目に入れた。
今までの狭い通路とは違って、大きく開放的な空間が広がっていた。天井はボウルのように丸みを持って、中心が一番高く一番明るい。幾つか穴でも開いているのだろうか。外からの光が零れ落ちているのか、放射状の白いラインが地面を眩しく照らしている。囲む岩壁は変わらず美しい鍾乳石が水を刻んで、あたかも何処かの王宮博物館みたいな華やかさだった。路に並行していた溜まった地下水は、壁に沿って小川となり静かに流れていた。
ほんの少しであったけれど、『ジュエル』が見せてくれた遥か昔、四人の少女達が身を隠したあの洞穴に似ている気もしないでもない。
サリファはこのドームの何処かに隠れているの? ルクはそんなサリファに囚われているの? それとも二人共ココにはいない可能性もある。まだあたしには全く赤い光線は見えないし、目の前のビビ先生も、隣に並んだツパおばちゃんとアッシュも、この先どうすべきかを決めかねているみたいだった。
聞こえるのは緩やかな小川のせせらぎだけ。見えるのはドレープのような乳白色の彫刻の壁と、ステージを彩る何十ものスポットライト。その光の中心が……微かに揺らいだ?
白い光線を全身に受けて、その人物は現れた。
赤茶色の艶やかな髪、薄緑色のまあるい瞳、身丈はあたしと変わらないけれど、その姿はいつになく凛として──
「みんな、出て来て。大丈夫だから! ボクだよ……「リルヴィ」」
「……ルク……?」
光の中から現れたのは、あたしを「リルヴィ」と呼ぶルクだった──。




