[60]「ジュエル」の理由? *
涙を堪えて唇を真一文字に引き結んだ。辛いのはあたしじゃない。あたしが泣いてもどうにもならない。それよりも……まずはルクを取り戻すこと、ツパおばちゃんを解放すること、そしてビビ先生とおばちゃんがどうにか一緒にいられる道を探すことだ。
「寝過ごしてしまったでしょうか? おはようございます、リルヴィ、師よ」
小一時間ほどしておばちゃんが、更にアッシュがテントから出てきて挨拶をした。時計を確認した二人が安堵の表情を見せる。未だ六時ちょっと過ぎだもの、あたしが先に起きていたから焦ったのだと思うけれど~?
「早いね、リル。ちゃんと眠れたの?」
「う、うん! 眠る前にパパとママとピータンが見えたから……もうお家にいたけど、ピータンから『ジュエル』が出てきたら、ママはタラお姉様の所へ行って、パパはあたし達と合流するって言ってたよ」
「そう……出来ればそうなる前に解決させてしまいたいね」
アッシュはあたしの差し出したゴザに腰を下ろしながら、薄い笑みを湛えた。
ツパおばちゃんもビビ先生から渡されたゴザに座り、神妙に話を切り出した。
「では、これからのことを話し合いましょう。本来ならルクアルノによって捕獲されないよう、リルヴィの脱出を一番に考えたいところですが、今の状態で二手に分かれるのは得策とは思えません。最も近い出口までには、あの鍾乳洞を通らずにはおられませんから、ルクアルノの救出を優先することにして、全員で向かうことに致します。そうなればリルヴィが危険に晒されるのは必至、リルヴィには極力師の傍に居ていただくことにして、アシュリーと私が救出と援護に集中します」
「リルヴィさん、絶対にわたしから離れないでくださいね」
「は、はいっ!」
お願いした半熟片面の目玉焼きを食パンに乗せてもらい、あたしは優しい笑顔に大きな返事をした。確かにママが「ルヴィ」と呼んだ時の、あの強制的な力に対抗出来るのは、力持ちのビビ先生しかいないと思う。
「それから一つ、全員にお願いがあります」
「お願い?」
みんなの手元にもアツアツの目玉焼きトーストが配られて、しばらく黙々と朝食を進めていた静寂の中に、ツパおばちゃんの落ち着いた声が再び響き渡った。
「万が一にもルクアルノを取り戻せなかった場合、師とアシュリーはリルヴィを連れて脱出してください。最悪の結末はリルヴィがサリファに捕らえられてしまうことです。それだけはどうにか回避したい。どうかその時は私だけを残して、三人は洞窟から退避してください」
「えっ……」
声を洩らしたのはあたしだけであったけれど。さすがにアッシュもビビ先生も驚きに目を見開いていた。
「ルクアルノは私の甥です。弟夫婦の為にも私が必ず連れ戻します。師よ、この二年に沢山のことを貴方から学ぶことが出来ました。ですから、どうぞご心配は無用です」
「ツパイ……」
ツパおばちゃんの紅い瞳には、揺るがない決意が宿っていた。おばちゃんを強情だと言った先生には、もう止められないことは分かっているのだろう。それでもビビ先生は「仕方なく」といった雰囲気は漂わせず、「心から信じている」という熱意のこもった頷きを返した。
「ツパイおばさん、『ラヴェンダー・ジュエル』の力を使う以外、サリファには決定打となる攻撃はないのでしょうか?」
食事を終えて、アッシュが片付けながらおばちゃんに質問した。「ラヴェンダー・ジュエルの力を使う」──おそらく山頂へ登る間に、アッシュもそれくらいのことはパパから聞かされたんだろう。でも現状『ジュエル』も手元にないのだから、確かにどう戦えば倒すことが出来るのか、あたし達には何の情報もなかった。
「残念ながらジュエルの力で封印する以外、拘束する方法は存じません。まぁ、あると言えばあるのですが……ほぼ実行出来ない禁じ手が一つ」
三人の視線がおばちゃんに集中する。「禁じ手」という印象の悪い言葉を吸い込んだ耳が、僅かに震えた気がした。
「サリファは基本人の肉体を乗っ取って行動します。その憑依された人物の命を断てば……サリファ自身もおそらく」
「……」
それはまさしく「禁じ手」だった。誰も人を殺したりなんてしたくない。ましてや悪いことをしているのは、その人ではないのだもの。命を奪われる道理なんてないのだ。
「只、それも一時しのぎでしかありません。この二千六百年の間、サリファのようにジュエル継承者に近付き、ウェスティのような「反逆者」を生み出した王妃は過去に三人。もしかしたら彼女等も全てあの「名もなき少女」の生まれ変わりだったのかも知れません。そうなれば四人目となるサリファを以前のように退けても、数百年後にはまた同じ事件が起こるのでしょう。ジュエルが……存在する限り」
──ジュエルが存在する限り。
あたしが赤い光に捕まろうという直前、ラヴェンダー・ジュエルはあたしに向かって飛んできた。それはあたしを助けようとしたからだと思ったけれど、他にも理由があったのだろうか? サリファを抹消する……そんな機会を窺っていたのだとしたら──
──あたしにはやっぱり逃げている場合じゃない気がする。




