[59]未来の宿命(さだめ)? *
ビビ先生はあたしの期待を裏切らなかった──ちゃんと続きを話してくれた。
ツパおばちゃんが今でもサリファに囚われていること、それが具体的にどのような状況かは分からないということだけど、明らかにおばちゃんは今でも何かに縛り付けられているらしかった。
『ジュエル』の見せてくれたパパが話していたことも、昨夜おばちゃん自身が言ったことも、同じくそういうことなんだろう。それが取り去られなければ、おばちゃんはきっと首相にはならない。逆を言えばそれがなくなれば、おばちゃんは首相に……なるの?
そして先生が言葉を途切れさせた「わたしのこと」。それは詰まるところ「先生の過去」だった──。
「わたしには物心つく前から仲の良い幼馴染がいましてね。彼女は二つ年上な所為か、いつも大人びたことを言ってはわたしを戸惑わせたものでした」
「まだ小さかったわたしには、意味が分からなかったんですよ」先生はそう言って、懐かしむようにクスりと笑った。
「或る春休みの始まり、国外に住んでいる親戚に会いに行くのだと、彼女は両親と飛行船に乗ってヴェルから出ていきました。その出発の折に彼女はわたしに約束を交わさせたんです……戻ってきたら……「婚約しましょう」って」
「ええ??」
先生の苦笑交じりの最後の言葉に、あたしは思わず驚きの声を上げていた。
「わたしがまだ九歳の頃の話ですからね……「結婚」くらいでしたら理解はあったのですが、「婚約」という言葉を知っているほど大人ではなかったんです。飛行船の扉からご両親が彼女を手招きしていましたし、わたしは仕方なく分からないまま承諾をして、それでも彼女は嬉しそうに船に乗り込んでいきました」
「は、ぁ……」
わたしの呆けたような相槌に、ビビ先生は困ったような笑顔を見せた。幼馴染の少女からムリヤリ約束させられた婚約。そんなお願いを受け入れた時も、先生は同じ表情をしていたのだと思う。
「自宅へ戻って母親から意味を教えてもらった時には、それは驚いたものでした。わたしはそれから一ヶ月、胸を高鳴らせながら彼女の帰りを待ちました。幼心にも自分が彼女に恋していることに気付いたのでしょうね。日に日に彼女の申し出が嬉しく思え、彼女の帰国と婚約の実現が焦がれるほど待ち遠しくなった。ですが……残念ながら、彼女はそれきり戻ってきませんでした」
「……え? ど、どうしてですか!? ……あっ……えっ!?」
あたしは飛び上がりそうになる背筋を伸ばし、ビビ先生の哀しげな瞳を見上げた。先生が九歳、彼女は十一歳……先生が九歳って……それって、まさか──!!
「気付いたみたいですね。そう……わたしの幼馴染はラヴェル様の先代、『ラヴェンダー・ジュエル』の力を得て虐殺を行なったウェスティに殺された……偶然にも彼女がヴェルから出てしまったが為に……」
「そ、んな……」
三十年前も二十年前も、虐殺のターゲットになったのは「国外に住む」王族の血縁と、そしてあたし達【三家系】の一族だった。もしも彼女がヴェルにいたら殺されることはなかったのに……でもターゲットになったのって……つまりその彼女って……。
「わたしの幼馴染は……ツパイと同じ【癒しの民】の少女だったのです」
「あ……」
ツパおばちゃんの親戚なんだ……。
「特に話すつもりなどなかったのですけどね、何処からかツパイの耳にも入ったようで……もちろん子供の頃の戯れの約束です。わたしもその痛手に苛まれながら今まで生きてきたつもりはありません。が……ツパイには違うのでしょう。自分の存在がわたしに昔の記憶を甦らせてしまうこと、手を掛けたウェスティが自分の従弟であること、そしてもし自分があの時ウェスティを抹殺出来ていたらと……彼女は今でも考えてしまうのですよ」
「……」
昔のパパのように、ツパおばちゃんの抱えている物が大き過ぎて重過ぎて……あたしの唇は開いても何も言葉に出来なかった。右眼から涙が頬を伝う。ビビ先生はそれに気付き、慌ててハンカチーフを手渡してくれた。
「わたし達は出逢うべきではなかったのかも知れません。それでも彼女はわたしから離れずに、弓を習うことを懇願した。それはおそらく自身の為ではなく、わたしの為なのだと思います。ウェスティの母親サリファを葬ること……復讐など、誰も幸せになれないことは分かっている筈なのに」
あたしの泣きそうな息の音と、先生の深い溜息が洞穴に響いた。でもそれを機に表情を和らげたビビ先生は、
「辛い話をしてしまいましたね。すみません……貴女がわたし達の未来に期待していることを感じてしまったから。ツパイはサリファを消し去れば、わたしの許からいなくなるでしょう。でも……それがツパイの為にも最善なのだと思います」
「先生……?」
潤んだ瞳を恥じらうように、先生は再び食糧袋に手を突っ込んだ。ビビ先生もツパおばちゃんも、お互いのことをこんなに想っているのに……ずっと一緒にはいられないものなの?
「卵も無事だったみたいですね。目玉焼きは片面焼きと両面焼き、どちらが宜しいですか? 半熟も固焼きもお手の物ですよ!」
元気良く掲げられた卵の白さが、水の張られたあたしの眼に、いやに眩しく反射した──。




