[58]年相応の振る舞い?
微かにでもパパとママの姿が見られたお陰で、良く眠れた気持ちがした。
光の差し込まない洞窟の中なので、瞼を開いても明るさは感じられない。隣で衣擦れの音がしたから、ツパおばちゃんはまだ眠っているみたい。途中ビビ先生と交代したのだろうか? 今はまた先生が見張ってくれているの?
「おはようございます、リルヴィさん。お早いですね」
「あ、おはようございます! ビビ先生」
ツパおばちゃんを起こさないように気を付けながらテントの外へ出た途端、優しい音楽のような声が挨拶をしてくれた。大きな身体を振り向かせながら、先生が笑顔で見詰めている。どうやらライトの光が注がないように、自分の影で遮ってくれていたようだ。
「ちょうどミルクが温まりましたから、飲まれますか?」
「わ、ありがとうございます!」
先生は自分の下に敷いていた四枚のゴザの内、三枚を抜いて隣に座ろうとするあたしに差し出した。一枚を返して半分ずっこ、目の前の小さなオイルストーブから、カップに移されたホットミルクを受け取る。一緒に渡された蜂蜜を溶かして、今度こそ本物のほっこり温かなハニーミルクを飲むことが出来た。
「先生は休めたんですか? あたし……交代もしないで、沢山眠っちゃってごめんなさい」
湯気の向こうの柔らかい横顔に、遠慮がちに問い掛けた。甘い香りが痛みそうな胸を癒してくれる。
「途中でツパイが代わってくれました。わたし独りでも大丈夫と断ったのですけどね……彼女は意外に強情ですから。小一時間前にアシュリーさんも来てくださいましたが、そちらはお断りさせていただきました」
「アッシュも……」
曇った表情は傾けたカップで隠せただろうか? 相変わらず不甲斐ない自分に落ち込みそうになる。そんなあたしにビビ先生は、
「貴女は何も気にする必要はないのですよ。リルヴィさんはお幾つですか?」
と温かな眼差しを変えないまま、あたしに年齢を尋ねた。
歳がどうしたというのかしら??
「……十四歳です」
「わたしは今二十八歳です。リルヴィさんはちょうど半分、わたしが貴女の歳には、こんな朝早く起きられませんでしたよ」
「え、そうなんですか? あ、でも……」
先生が胸元から取り出した懐中時計は、午前五時半を示していた。確かに……どんなに早朝用があっても、こんな時間に自力で起きられた試しはない。
「それは余程気持ちが張り詰めている証拠です。貴女はこの数日の間、沢山の心配をしてきました。お母さんとお父さんと仲間と……そして今はルクアルノさんの。それだけで十分、十四歳の貴女の心は頑張っているのだと思いますよ。そしてその想いは皆さんの心に届いています。わたし達はそれに応えているだけ……だから貴女は自分を卑下などせず、むしろ誇りに思ってください。貴女の存在は沢山の仲間を奮い立たせ、その愛らしい笑顔は皆さんを励ましている。貴女はご自分を「もう」十四歳だと思うかも知れませんが、わたし達にとっては「まだ」十四歳なのです。今の貴女は此処に居るだけで十二分の働きをしている、それをどうか納得されて、守られることを受け入れてください」
「守られることを……」
──受け入れる。
それは昨夜ツパおばちゃんが語った言葉とリンクした。
『わたし達は全力で貴女を守ります。貴女にはそれに応える義務がある』
いつか受け入れられるんだろうか? それがみんなにとっても自分にとっても一番良いことなんだって。
「ありがとうございます、ビビ先生」
納得がいった訳ではないけれど、あたしは淡い笑みを浮かべて先生にお礼を言った。
先生もこの気持ちに気付いて、今あたしが「理解した分」を満足したように頷いてくれた。
「ツパイもアシュリーさんもその内目覚めるかも知れませんね? そろそろ朝食の準備を始めましょうか?」
「あの……先生?」
「はい?」
傍らの食料袋へ手を突っ込んで、材料を物色し始めた先生に問い掛けた。変わらぬ笑顔で振り向くビビ先生。この大らかで温かな優しい心は、ツパおばちゃんにとっても癒しの存在になったに違いない。そして今も……以前も先生が、おばちゃんだけを「ツパイ」と呼び捨てにするのは……きっとみんなに対してとは違う想いがあるからだ。
「あの……ビビ先生は、ツパおばちゃんをどう思っていますか?」
「……ツパイを、ですか?」
自分の前に引き寄せた袋から手を止め、先生はゆっくり上方の遠くを望んだ。ややあって視線をあたしへ戻し、
「とても素晴らしい人格者だと尊敬していますよ。彼女はわたしには話しませんでしたが、タラさんが教えてくれました。三年後の首相に推薦されたのだと。ツパイであれば、国民の誰もが納得するでしょう」
「あ、えと……」
もう~! そうじゃなくてっ!!
どうしてこうも大人は恋バナをはぐらかしてくれるんだろう!?
「只……彼女は『過去』と決別しなければ、その地位を得ることはないでしょう。そしてわたしのことも──」
「え?」
言葉半ばで黙りこくった先生の瞳は、もうあたしの目線から逸らされていた。真っ直ぐ先の見えない闇を、淋しそうに見詰めていた──。




