[52]存在の意義?
心地良さを通り越して、圧迫に感じた胸が大きく波打ってしまった。それに気付いて力を抜いたアッシュは、あたしの様子を感じ取ろうと、静かに耳を澄ましたようだった。
早鐘みたいな鼓動にも気付かれてしまったかしら? せめて真っ暗闇で良かったよ……きっとルクやツパおばちゃんにも負けない、真っ赤な顔をしている筈だから。
「ごめん……苦しかったよね」
「う、ううん」
申し訳なさそうな言葉に、慌てて頭を振る。アッシュはもう一度「ごめん」と呟いて、あたしの髪をそっと撫でた。
「さて……ずっとこうしている場合じゃないね。お腹が空いて動けなくなる前に食糧を見つけないと」
「食糧って……でも」
こんな暗がりで、ましてや山の火口底なのだ。触れる物はゴツゴツとした石ころしかないのに、立ち上がったアッシュの声には、何処にも不安要素は見つからなかった。
「サリファはリルを生かす為に僕を解放したのだから、少なくとも探せる範囲に、それ位の物資は置いていったと思うよ」
「物資?」
アッシュの影は答えないまま、付近をうろうろと動き始めた。地面の起伏につまずかないよう気を付けながら、物資らしい荷を探っている。あたしも微力ながら協力して、足先に石以外の何かがぶつからないかと辺りを歩き回った。
「──いった!!」
「リル? 大丈夫??」
小石を掻き分けていたつま先が、大きな塊に邪魔された。危うく転びそうになったので、両腕を振り回してバランスを立て直す。暗闇でもすばやく駆け寄ったアッシュに倣い、あたしも足元に腰を屈めた。
「やったね、リル! これ、僕達のザックの一つだ……てことは、多分此処に……」
アッシュの手がザックのポケットから早速お目当てを発見した。ポッと音でも立てそうな勢いで、二人の間に光が灯る。あたし達はようやくお互いの様子を確かめることが出来た! 淡く小さな明かりでも、アッシュの端整で綺麗な容貌は変わらなく思えた。
「良かった……何処も怪我はなさそうだね?」
「アッシュも! でも、さっき打った胸は大丈夫?」
ライトに照らされたアッシュのシャツは、胸元だけがしわくちゃだった。あたしが掴んだり押し付けられたりしたからだろうけど、あれだけ強く抱き締めることが出来たのは、きっと平気だって証拠よね?
「うん、心配要らないよ。このザック、二人が山を下りる際にルクに預けた物だ。近くにリルに渡したザックもあるかも知れない」
アッシュは手にしたライトを周囲の地面にかざした。確かにもう一つ、あたしが背負っていたザックがぽつんと遠くに発見される。けれどそれを取りに行きながら辺りを見渡したアッシュは、他には何一つ見つけられことに至極ガッカリしたみたいだった。
「アッシュ……?」
「ああ……ごめん。剣も見つかればと思って。リルを掴まえた時までは、鞘に収めて身に着けていたんだけど……さすがにサリファに没収されたみたいだね」
「そう……」
結局上手い返答も出来ぬまま、あたしも一緒に消沈してしまった。そんな自分にホトホト愛想が尽きてしまう。どうしてこうもダメなのだろう。残念そうなアッシュを元気づけられる気の利いた言葉の一つも思い浮かばないなんて。
「リル」
「……うん?」
気まずそうに持ち上げたあたしの瞳に、映り込むいつもの朗らかな笑顔。アッシュはこうしてあたしを常に安心させてくれる。なのにあたしは……もう一度頭頂部が重苦しく感じた刹那、アッシュの表情が苦しそうに一変して、お腹を抱えて……呻き出した!?
「うぅ……」
「ア、アッシュ!?」
「うう~!」
「えっ? ど、どうしたの!?」
丸められた背中をさすってあげながら、ただあたふたとしてしまった。やっぱり打ち付けた胸が痛むのだろうか? いや抱えているのはお腹なんだから、今朝食べた物に当たっちゃったりしたのだろうか? ザックの中に薬はあったかしら?? 動揺と混乱の狭間を行ったり来たり、あたしは成すすべもなくアッシュとザックを見回してしまった。そんなキョロキョロと挙動不審な耳に響いてくる、楽し気な……笑い?
「くっくっく……」
「え? アッシュ!?」
痛みや苦しみを抱えている筈の両手は、いつの間にか笑いを堪えようとお腹を押さえつけていた……??
「……って~唸りたくなるくらいお腹が空いた!」
「アッシュ……??」
「火を起こせる物はないけど、缶詰くらいなら食べられるよ。ライトの電源がなくならない内に何か食べよう、リル」
──いつもありがとう、アッシュ。
真っ暗でも、出口が見つからなくても、何もなくても。アッシュがいてくれるだけで勇気が持てた、元気が出た。
「んー! あたしもお腹空いたー!!」
そしてココに困ったり慌てたり、楽しく振り回されてくれるルクも一緒にいてくれたら──!!




