[49]天使の微笑み?
「お、姉様……?」
ほんの一瞬の出来事だった。けれどパパを平手打ちしたのは、明らかにタラお姉様の掌だった。
『……だけど。一言言わせてもらうわヨ? どうしてまた独りきりで行動したのヨ!? どうして今まで隠してきたの!! まるで二十年前のあの時みたいに……全てを独りで背負い込もうとするなんて……だからワタシはリルヴィちゃんを向かわせたのヨ。リルヴィちゃんとユスリハちゃん、どんなに二人を助けたいと思っても、さすがに二人の目の前で自分から命を差し出せないでショ! それともアナタは自分の娘に、父親が自ら死んでいくところなんて見せられるの? ラウル、アナタを止めるには……ワタシにはもうそれしか方法が見つからなかった。二人には本当に申し訳なかったわ……だけど!!』
『……ご、めん……タラ』
パパの声は掠れて、幽かに震えていた。目尻の端が僅かに赤い。それは叩かれたせいだったのだろうか。それとも涙を堪えているのだろうか。
きっとパパはあの時を思い出したんだ。パパが『鍵の付いた祈り』で死ぬのなら、自分が舌を噛んで先に死ぬ! ってママが叫んだあの時を。ママはパパの考えをお見通しで、全身全霊でパパの行動を止めようとした。そしてタラお姉様も……もしかしたらツパおばちゃんも、それを止めるためにパパを追いかけたのかも知れない。
『アナタもアナタヨ、ツパイ! 名前にそんなカラクリがあったこと、どうして今までナイショにしてきたのヨ!? サリファはともかく、昔恋人だったウェスティに、ワタシも操られていたかも知れないって気を遣ったワケ?? 従弟の従姉だからってそんなところ、ラウルに似る必要なんてないんだから!!』
『タ、タラ……?』
パパがまくし立てられたと同時に、戻ってきたツパおばちゃんの姿が画面の隅に映り込んだ。いきなり怒りの矛先を向けられたことに、おばちゃんは驚いて呆気に取られたみたいだ。そんな投げつけられた言葉を良く噛み砕いたツパおばちゃんは、タラお姉様の気持ちを悟って申し訳なさげに俯いた。
確かにお姉様がまだ十代の頃、先代王と王妃サリファの息子ウェスティは、タラお姉様の幼馴染であり睦まじい恋人だった。なのにウェスティは王位継承と共に豹変して、その「悪意」に気付いてしまったお姉様とパパの命を奪おうとしたのだ……更に十年後にはツパおばちゃんとママのことまで!
無言で下を向いてしまったパパとツパおばちゃんの姿が、左右に行ったり来たり、交互に視界に映し出される。
このコロコロ変わる『画面』の動き……どうもタラお姉様を中心に流れているような気がする。みんなのヴィジョンがあたしに伝わるのは、おそらく『ラヴェンダー・ジュエル』の力なのだろう。となれば『ジュエル』を呑み込んだピータンを、タラお姉様が左手にでも抱えているのに違いない。それならピータンは間違いなく大丈夫ってことだ!
『まったく……ツパイまで図星ってコト? ワタシにはシアンが居るのだから、もうそんな心配しなくてイイわヨ』
呆れた口調でタラお姉様は溜息をついた。と途端画面がお姉様を見上げるように上昇したものの、瞬間真っ暗になってしまった。これって多分……シアンお兄様とのラブラブな光景に、ピータンが恥ずかしくなって目を塞いだんだな~……でもそれはシアンお兄様も無事だって証拠だ! 案の定再び現れた画面には、タラお姉様に寄り添うシアンお兄様の笑顔がうっすらと見えた。
『余計なお世話だったのなら一安心です。が……隠していたことは詫びねばなりませんね。タラ、失礼を致しました。そしてラヴェル……リルヴィを奪われてしまったこと、心より……謝ります』
今度は右へ回転した画面が、深く低頭する青みがかった黒髪で一杯になった。
『ツパの所為じゃない。今更秘密裏に独りで動こうとした自分が悪いんだ。お陰でリルどころかアッシュとルクまで巻き込んでしまって……本当に申し訳ない』
薄紫色の髪が勢い良く垂れ下がり、それはアッシュの叔従父であるシアンお兄様と、ルクの伯母であるツパおばちゃんの正面で長く留められた。
『とりあえず……起こってしまったことを悔やんでいる場合じゃないわ。ある程度の事情はもう「カレ」から聞いているから、とにかく早急にこれからのことを考えまショ。まずはどうやって、火口に落ちた三人を見つけ出すのか助け出すのか……ツパイ、その作戦会議の為にも、そろそろ操船室から『カレシ』を連れて来て、ワタシ達にも正式に紹介なさい?』
『か、か、か……れ……し?? タ、タラ、一体何を──』
おお? ツパおばちゃん、顔が真っ赤になった! さっすが~鋭い! タラお姉様!!
やっぱりみんなは弓のお師匠様の飛行船に乗っているんだ。
『イヤ~ン、ツパイったら乙女なんだから! 赤目も初めて見たけど、そんな赤面した顔も初めてなんじゃない? 伝令を届けにウチへ現れた時から、意中のカレだって気付いてたわヨ~』
伝令って……ママがサリファに攫われた後、あたしがお姉様のお宅に向かう間に駆けつけたっていう「使いの人」のことだろうか? まさかそんな頃から見破っていたなんて……タラお姉様ったら侮れない!!
『お、乙女でもありませんし! い、い、意中の人なんかでもありませんっ!!』
そしてツパおばちゃん、こんな強敵を目の前にしたら、どんなに反論しても無駄だってば……。
『タランティーナさん、そろそろお話はまとまりましたか? こちらの準備は万端です。いつでも出発出来ますよ』
ジュエルをお腹に入れたピータンの視線が動いた。丁寧で優しい声色に、全員の気持ちが戸口へ向かう。
『あ、イイところに来たわ。その前にワタシのことはタラでイイわヨ。で……ツパイったらネ~』
『タ、タラ!!』
みんなの許へ現れたのは、予想通りの背が高く屈強な身体つき。短い焦げ茶色の髪と、浅黒い肌がいかにも弓の名士って感じだ。年齢はツパおばちゃんの外見と同じ二十代後半くらいかな。ゆっくりと近付く縦にも横にも大きな影が、一番近くに立っていたおばちゃんの小さな身体に影を落とした。
『どうかされたのですか、ツパイ?』
『あ……い、いえ……』
振り返ったおばちゃんの正面に腰を屈め、羽が触れるように柔らかく、おばちゃんの頭に手を添えたお師匠様は、その仕草も笑顔もまるで陽だまりのように温かかった。
『ご無事で何よりでした。これでも心配していたのですよ』
『お、恐れ入ります……師よ』
恐縮したおばちゃんにニコリと笑い、お師匠様は再び身を起こした。やがてゆったりと跪き、全員を見渡したのち、パパに向かって頭を垂れた。
『改めまして、お初にお目に掛かります、ラヴェル様。ビビアン=ヴェル=グレイと申します。以後どうぞお見知り置きを』(註1)
これこそ真の騎士かも!? 上げられた微笑みは「生命のある」という名にふさわしく、眩しいほどの輝きを放ちながら、いつの間にか全員を魅了していた──!!
[註1]ビビアン:アルファベット表記は「Vivian」ですので、正式には「ヴィヴィアン」であるのですが、リルヴィ、ラヴェルと「ヴ」の付く名前が多いので(苦笑)、彼の名は「ビビアン」とさせていただきました。




