[45]最後の好機? *
「だ、誰? ……あなた」
「おおや……もう気付かれてしまったか」
「えええ?」
震えるあたしの問い掛けに、ママの優しかった面差しは、突然鋭く変貌した! ルクはあたし達の会話について行けず、咄嗟に疑問の声を上げた。この口調、前にも聞き覚えがある……悪意で満たされたこの声は──サリファ!!
「もちろん『われ』しかおらぬであろう? 残念ながら遠隔操作しているだけで、この肉体はわれの物ではないがな……これはユスリハに見せかけたザイーダの一匹……触れても気付かないのは無理もない、元々ユスリハの髪から生み出したのだからな」
「……!」
あたしったら、ザイーダに抱き締められた上に、ずっと手握っちゃってた!!
その忌々しい薄笑いの説明に、あたしの掌は怖気で痺れた。幾らママの髪を使って生まれたとしても、やっぱり沢山の人々を襲った化け物に違いないのだから!
「無駄な抵抗はしない方が良い。ルクアルノ、剣を捨てて降伏をし」
「あ……っ」
「ルクっ!!」
会話の途中で理解の出来たルクは、抜いておいた剣を構えたものの、既にそれは見抜かれていた。先に「ママならぬサリファに操られたザイーダ」はあたしを引き寄せ、背後から腕を絡め、いつの間にか手首から先だけ変身を解いて、鋭い爪を首に突き付けたのだ!
「い、いやだ……あなたはルヴィの身体が必要なのだから、ボクが降伏しなくたってルヴィを傷つけたりしない筈。だったらボクは……あなたに取り込まれない内に、あなたを倒す!」
「ふん、分かっているじゃないか。でも良~く考えてごらん? われの手中にあるのはリルヴィだけじゃない。ユスリハもまたわれの光の中だ」
「ル、ルク! 剣を置いて!!」
「くっ──」
慌てて懇願したあたしの叫びで、ルクは悔しそうに剣を落とした。どうしよう……このままじゃ、ママを助けるどころか、最悪のシナリオになってしまう!
「物分かりが良いのは賢い証拠だよ。さすがはわれの又甥だ。さて……仕上げといこうかね。ルクアルノ、お前はウルの許へ行き、『ラヴェンダー・ジュエル』を奪い取ってきておくれ。さもなければユスリハの命はない」
「「そんな……」」
ルクとあたしの情けない声が重なった。
ママの姿のザイーダに羽交い締めにされたあたしと、困ったように立ち尽くすルク。あたし達はお互い迷路に迷い込んでしまった瞳を合わせていた。サリファの言うことを聞く以外に道が見つからない……このまま『ジュエル』とあたしがサリファの物になったなら、みんなは、ヴェルは、どうなってしまうというのだろう!?
「取ってきてくれさえすれば、ユスリハは解放してあげるよ。それくらいの約束は守ってあげよう」
「ぜ、絶対よ!」
あたしは思わずルクの代わりに返事をしていた。
せめて……せめてママだけでも助かって、パパ達と一緒に逃げてくれたら。
懇願の眼差しが、ルクの戸惑い揺れる視線を刹那に押しとどめる。
「わ、分かった」
「ルク……」
垂らした両拳を握り締めて、ルクの瞳はあたしから外され、岩壁の向こうのパパに向けられた。
「良い子だね、ルクアルノ。ほうら……われの気が変わらぬ内に、さっさとおゆき」
ルクは一度あたしの真横の「ママ・ザイーダ」をキッと睨みつけ、ゆっくりと山頂へ上がっていった。ルクのあんな険しい表情、初めて見たかも知れない。徐々に遠く小さくなるルクの背中を見届けるために、ママ・ザイーダがあたし共々身体の向きを変えた。その先にはルクの存在に気付いたパパ達の、驚く様が遠くとも鮮明に見て取れた。
どうしたらいい? 今のあたしに何か出来ることは??
ふらついた足横に硬い何かが当たる。拘束されていて見えないけれど……これ、きっとルクが放った剣だ。
ルクがジュエルを手に入れて、ママが解放される時、どうにかこの剣が使えないだろうか?
あたしは剣がママ・ザイーダの視界に入らないよう、出来るだけ胸を張った。見ればルクは既にパパの目の前に立ち、この状況を説明している。
「もうすぐだ……もうすぐジュエルが、われの手の内へ……」
近い未来の成功にほくそ笑んだサリファには、周りのことなどもう見えてもいない様子だった。てことは、ママが解放される瞬間、それがきっと唯一のチャンスに違いない!
パパがこちらを見下ろしたことに気付いた。二人の周りに集まったツパおばちゃんとアッシュとアイガーも、不安そうに目を向けたことが感じられた。
口惜しそうな面へ向け、徐々に上がってゆくパパの右手。まるで応えるように淡い紫の光を発するラヴェンダー・ジュエル。ついにパパの掌に取り出されて……
「今だっ!!」
「えっ?」
嬉しそうなサリファの声が大きく放たれ──と同時にママではなく、あたしの身体が解放された!? でも──
「きゃあっ!!」
あたしはママ・ザイーダに力一杯背中を押され、岩壁の向こうへ突き飛ばされた。驚いたあたしは硬い地面に手を突きながら、つい叫び声を上げてしまった。
「ルヴィ──!!」
「あ……」
聞こえてきたのは……赤い光線に捕えられているママの、あたしを呼ぶ声だった──!!




