[44]戦いの途中?
一度登った道なのに、明らかに昨日とは景色が違って見えた。
「宝物」の半分が戻ってきてくれたことは、あたしの勇気を何倍にも膨らませてくれた。
今朝の炎も、赤い光線も、ザイーダも……今はちっとも怖くはない。ママがいる、それだけで、あたしの手はもう震えたりなんかしなかった。
「ココからは気を付けないと。出来るだけ身を屈めて、まずはあの岩陰まで走るよ」
昨夜野営を張った場所の先まで到達して、残り少ない木立の影で振り返ったルクは、神妙な顔つきで斜め上を指差した。言い方が何だかちょっとアッシュっぽい。そう思ったら笑ってしまいそうだったけれど、あたしもまた神妙に頷いて、後ろのママの顔を見上げた。
「了解よ。大丈夫、走れるわ」
「うん、無理しないでね」
ママの頷きと共に、ルクはひっそりとカウントを取った。あのパラシュートを開いた瞬間のように、「GO!」と言われて真っ直ぐ先の岩壁を目指す。森から林、林から岩場へと変化した山の斜面には、三人がスッポリ収まるほどの大きな岩が、山頂まで点々と隆起していた。
「この調子なら、パパの所まですぐに着けそう!」
幾度目かのダッシュを経て、あたしは息切らしながらも明るい声を上げた。登るにつれ傾斜がきつくなるのは辛いけど、山肌はゴツゴツと波打って、あたし達の姿を隠してくれる。
駆け上がっては呼吸を整え、とうとうあの赤い光の柱が見えた! その目の前に対峙するパパとアッシュとツパおばちゃんとアイガー。周りの地面にはザイーダの屍骸が何匹も散らばっている。それでも剣と弓を構えた三人と、威嚇の体勢のアイガーの姿は、もう長いこと膠着しているように思われた──って? どうして戦いは留まっているのだろう? 人質のママはココにいるのに!?
「ラヴェル……お願い、わたしのことは放って逃げて!」
──……え?
まるで絵のようだった無声の映像から、ふと聞こえてきたのはママの声だった。でも……ちょっと待って。あたしの隣にママはいる。なのにあの悲痛な声が発せられたのは、赤い光の中心からだ。
そして確かに、赤く染められたママの姿がそこにあった!?
「ルヴィ、惑わされないで。あれはきっとサリファが造り出した幻影よ」
「え? そ、そうだよね……どうしよう、パパに早く知らせないと!」
冷静に答えるママの横顔を見ても、あたしはつい焦燥した。タイミングを見計らって叫ぶなり飛び出しても、ヘタをしたらサリファの攻撃がパパ達に及びかねない。それにもしこちらにも攻撃が来てしまったら、防ぎようがないに違いない。
「ラヴェル、お願いだから退却して!」
「ユーシィ……」
幻影のママは依然パパに説得を試みていた。
一体サリファはどうしようというのだろう? どういう意図で幻影のママを喋らせているの!?
「わたしには分かってるわ……また『ジュエル』に祈るつもりなのでしょ? 『鍵の付いた祈り』で、サリファを「居なかったことにする」つもりなのでしょ? ダメよ! そんなことして貴方が消えるくらいなら、わたしが先に舌を噛んで死ぬんだから!!」
「……う……」
「ええ……?」
幻影ママがまるで見抜いたかのように告げた『鍵の付いた祈り』。それは昔パパがジュエルを亡きものにしようとして、自分の命と引き換えに発令した唯一無二の魔法だった。あの時はママがギリギリ解除する『鍵』を見つけ、パパは二年弱の眠りについただけで済んだけれど……もしパパが本当にそのつもりだったなら! パパは今度こそ死んでしまうかも知れない!?
幻影ママの言葉に、パパは図星といった表情で言葉を詰まらせ、同時にあたしは小さく驚きの声を洩らしていた。でも……これってどういうこと? サリファが自分を消されないように、ママの幻影を使って誘導しているとも思えるけれど、あの必死なママの叫び、まるで本物のママみたいだ!
「ルヴィ、ボクが真実を伝えに行ってくるよ。二人はココで隠れていて」
あたしは頭を混乱させたまま、幻影ママの言葉を反芻した。岩に掴まって固まったあたしの背中に、ルクが振り絞った声で語り掛ける。振り返れば既に剣を抜いた、いつになく真顔のルクが立っていた。
「で、でも……ちょっと待って。何だか何かが間違っている気が……」
何だろう、このスッキリしない気持ち。ルクを引き止めながら、右眼がキョロキョロと動いてしまった。ママはちゃんとココにいる。あたしの横で、みんなとあたしを心配しながら。今でも止まったままの目の前の光景に、眼を見張り耳を澄ませながら。ママの掌は今までと同じ柔らかさを保って、今までと同じく温かかった……なのにあたしは何を不自然に感じているの?
「ルヴィ、此処はルクアルノに任せましょう。ルクアルノ、わたしが囮になるから、その間に飛び出してちょうだい」
「ママ……?」
──ルクアルノ。
そうだ……今まで「ココにいるママ」は、ルクの名前を呼ばなかったから気付かなかった! いつものママはルクをあたしと同じように「ルク」と呼ぶ。それじゃあ今あたしの真ん前のママは!?
「あ、あなたは……?」
「「……ルヴィ??」」
このママは一体何者なの──!?




