[40]別れの時? 〈年表〉
少しの沈黙の後、傍らで伏せていたアイガーが、飼い主を気遣うようにその足元へ寄り添った。
「私は本来ウェスティの花嫁候補としてではなく、叔母と従弟の都合の良い「遣い」として育てられることとなったのです。ウェスティがかつて犯した殺戮からも見て取れるように、彼らには『ジュエル』を操りヴェルを掌握するという目的がありました。その為の遣いとして……ですが思いがけず、その呪縛から逃れる好機に恵まれます。私が三歳の頃、サリファがウェスティを懐妊し、王家が花嫁候補を確保し出したことが事の始まりでした。候補者の一人として、王から時を止める魔法を掛けられた私は、お陰でジュエルの力を分け与えられ、サリファの思惑も、彼女が私を「ノーム」と呼ぶ意味も知りました」(註1)
三歳で判明した衝撃の事実。賢いツパおばちゃんならば、幼心にも理解出来たのだろうけれど……裏切られた気持ちは、ちゃんと消化出来たんだろうか?
「ジュエルの手助けにより、その時私は自分の名前から、後半の「ノーム」を切り離したのです。その行為により、私の名が「ツパイノーム」であるという真実を知り得る者は、サリファ以外消えました。と同時に、私はサリファの呪縛からも解放されたという訳です」
名前の一部を捨てて、自由を得たツパおばちゃん。なのに何故だか何かが引っ掛かる気がするのはどうしてなのだろう? 第一今まで何度もヴェルに来ているのに、今回に限ってパパが動き出したことも気にならなくはない。
「ですから」
あたしが問いを発する前に、ツパおばちゃんの言葉が続いてしまった。
仕方なくあたしは顔を上げて、ツパおばちゃんの面を見詰めた。
あれ? どうしてその真っ赤な瞳は、あたしの方へ向けられているの??
「ですから、リルヴィ。貴女は此処で山を下りてください。そしてルクアルノ、貴方もです」
「「……え!?」」
耳を疑う台詞と共に、おばちゃんの視線が捉えたのは、ルク。
「ですから」って……いきなりそんなこと言われても、全く意味が分からないってば!
ルクとあたしは一緒に驚きの声を上げ、同じタイミングで顔を見合わせてしまった。
「……それは……ユスリハおばさんが起因しているということですか?」
絶句したあたし達の代わりに問い掛けたのは、アッシュ。
ママが起因しているって……一体全体どういうこと!?
「察しが宜しいですね、アシュリー。仰る通りユスリハが原因です。彼女はリルヴィを名前の後半「ルヴィ」と呼びます。通常でしたら何の問題もありませんが、サリファの手中にある現在、もし彼女が知らず「ルヴィ」と呼べば、リルヴィを獲得するチャンスを与えてしまうことにもなりかねません。それはルクアルノとて同様です。万が一にもルクアルノがサリファに捕えられ、貴方が「ルヴィ」と口にすれば、リルヴィはサリファの物となるでしょう」
「そ、んな……!」
そんな……やっとママに手が届く所までやって来たのに! やっと……ママを助け出せるのに!!
あたしは思わず立ち上がり、叫んだ口元を両手で塞いだ。
「リル、言うことを聞いてくれ。ママを助け出すのに、君が捕まったら意味がない」
見上げるパパの静かなお願いに、刹那一つの疑問が明らかになった。ずっと気になっていたんだ……パパがあたし達と合流し、ツパおばちゃんの説明を聞く前に、どうしてあたしに「帰りなさい」と一度も言わなかったのだろうって。それはれっきとした「連れて行けない理由」が、あたしを納得させられると思っていたからなんだ。
「パ、パパ、でも──」
「リルはもう十四歳だ。ママの所為で君が捕まってしまったら、ママがどんなに悲しむか──もう分かるだろう?」
「パパ……」
何か手立てを見つけようと右往左往する瞳が、パパをおもむろに立ち上がらせた。あたしの両肩に手を置いたパパの表情が、瞬間あの時を思い出させる──ママが攫われた後、一緒に行くと駄々をこねて、パパに辛そうな顔をさせてしまった時──「リル、どうか分かってほしい……パパは……もしリルとママ、二人が同時に危険な目に遭ったら……どちらかなんて……選べない」
「……ご、めんなさい……」
ジュエルの力が目覚めない今。
これ以上パパを困らせてはいけない。これ以上ママを助け出すリミットを縮めてはいけない。
あたしは仕方なく承諾した。心がどんなに反発をしても、こればかりは受け入れなければ。
「良い子だ、リル。気を付けて帰るんだよ。ルク、悪いけど、タラの家まで娘を宜しく頼むよ」
「はい……」
パパの抱擁の中、俯いてしまったあたしには、ルクの姿は見えなかったけれど。ルクの声も掠れてとても残念そうに聞こえた。きっとあたしの気持ちに共感してくれて、そして自分自身も、ママの救出に力を貸せない悔しさともどかしさがあるんだ。
「リルヴィ、どうか気落ちしないでください。必ず私達でユスリハを救い出します」
「うん……ごめんなさい、ツパおばちゃん。でも、ありがとう……ココまであたしを連れて来てくれて」
本来ならあの合流した一昨日の時点で、おばちゃんはあたしを帰したかったに違いない。それでもギリギリまで同行させてくれたのは、あたし達の意を汲んでくれたからだ。
「では参りましょう。リルヴィ、ルクアルノ、どうか気を付けて」
二手に分かれた支度が整った。ツパおばちゃんの掛け声が、「三人と一匹」と「二人」を背中合わせにした。
「ツパおばちゃん、アイガー、アッシュ、パパ……絶対無事にママと一緒に帰ってきてね!!」
全員が一斉に振り向き、笑顔で手を振りながら斜面を登ってゆく。
名残惜しそうに足の動かないあたしを、ルクは後ろから何も言わず見詰めていた──。
■第五章■ TO THE MYSTERY (謎へ)! ──完──
[註1]時を止める:前作をお読みでない方には分かりづらいと思います。ヴェルの王継承者の妃には、年齢の近い事が重要視される為、三年先に生まれていたツパイは花嫁候補の一人となるべく、時を止める魔法を掛けられていた時期がありました。
※年表をクリックしていただき、更にクリックすると大きく且つ鮮明に表示されます。




