[38]過去の事実? *
~その朝はいつになく冷え込みが厳しかった。
日の出前からこっそり家を抜け出して、海風が頬に痛い岸辺へ急ぐ。
もう「お姉ちゃん達」は磯の手前に揃っていた。
太陽の光が注ぐと共に、岩影から出てくる小さなカニを捕まえるのだ。
身体も年齢も一番小さなアタシを心配して、お姉ちゃん達が手を伸ばし岩礁へ誘った。
大丈夫よ! アタシ、もう十四歳だもん!
「だもん」って言い方がまだまだ子供だわ──お姉ちゃん達はそう言って笑うけれど。
仕方がないじゃない、口癖なんだもん!
ほら、また「だもん」って言った──三人の綺麗な笑い声がアタシを包み込む。
やがて夜が明けて、キラキラと散らばる陽光が海面を輝かせた時、まるでルビーのような赤いカニが、大きなハサミをニョキニョキと出してみせた。
歓声を上げたくなる口元を引き締めて、慌ててトングを突き出す。ハサミに抓まれてしまったら、指を怪我してしまうもの。
でも残念~! カニはアタシの気配に驚いて、再び岩陰に隠れ、そのまま逃げてしまった。
もう少し慎重にいかなくちゃね──お姉ちゃん達に諭されて、アタシがぷうっと頬を膨らませたその瞬間。
見詰めた水面が急に赤く染まった。でもこの色はカニじゃない。見上げれば街の方角の空に、立ち込めるおびただしい炎。
もしかして……大人達が噂していた『町狩り』が始まったのかしら──お姉ちゃん達の不安げな呟きが、アタシの身体を凍らせた。
草原や山脈の部族が野蛮な武器を使い、他の町を滅ぼすのだという『町狩り』。最近山一つ内側の町が攻め込まれて、生き残りの数人が、命からがらアタシ達の町へ逃げてきたばかりだ。
今向かっても危ないだけ……とにかく一旦身を隠しましょう──お姉ちゃん達は震えるアタシを連れて、海岸の丘陵、木々が繁った奥の洞穴を降りていった。
このトンネルは人工的に造られた物だけど、その先は自然に出来た大きな鍾乳洞に繋がっている。そこには数十人が十数日生きられるだけの物資が保管されていた。
もしも本当にお姉ちゃん達が危惧する『町狩り』だとしたら。皆はココに逃げてくるだろうか? 逃げる人々を追って、『狩人』もココに辿り着いてしまうだろうか?
お父さんは? お母さんは? お姉ちゃん達の家族は一体どうなるの!?
アタシ達は鍾乳洞の奥の奥、岩壁の影にしゃがみ込み身をひそめた。
天井の小さな穴から注ぐ日光が、血のような深い夕焼け色に染まるまで。お姉ちゃん達に抱かれて、アタシはいつの間にか眠っていた~
「こ、れは……!?」
脳裏へ映し出された鮮明な光景に、あたしは思わず声を洩らしていた。
四人の少女達が海岸で楽しそうに戯れ、それも束の間、内陸を包んだ炎に慄き、洞窟へ逃げてゆく──というヴィジョン──ツパおばちゃんの話した昔話が、内一人の少女の視点で映像化され、突然夢のように広がったのだ!
「『ジュエル』が見せた……『記憶』、なのか……?」
隣からパパが掠れた声で呟いた。現状ジュエルの宿主はパパだから、もしこれがジュエルによるものだとしたら、一番リアルにヴィジョンを感じたのはパパなのかも知れない。
「どうやらジュエルは私達全員に見せてくれたようですね。が、これはジュエル自身の記憶ではない筈です。ラヴェル、貴方もご存知の通り、「この時」ジュエルは未だ存在しておりません」
「ああ……そうだった」
ツパおばちゃんの冷静な解説に、パパは大きく息を吐き出し、こめかみを掌で覆って瞳を伏せた。
とても辛そうな様子に思えるのは、ジュエル自身がそう感じている、ということなんだろうか?
以前からこういったヴィジョンをジュエルに見せられてきたあたしは、この事態にも平常心を保てていた。反面アッシュとルクは初めての体験に、まだ脳ミソが混乱しているみたいだ。
「あの……この四人の女の子が、おばちゃんの言う三家系の少女達と「名もなき少女」なの?」
「はい。そして一番若く身体も小さい十四歳の少女、ジュエルが視点を合わせた彼女こそが、名もなき少女だと思っています」
「十四歳……」
──あたしと同い年。
ツパおばちゃんの答えに、あたしの瞳はパチパチと瞬いた。おばちゃんの「思っています」には、かなりの確証があるように聞こえたからだ。
「まだサリファが先代王の妃として王宮に暮らしていた頃、彼女は私の前で悔しそうに呟いたことがあるのです。「わたしが『彼女達』と同じように成人し、もっと身体が大きければ」と」
年齢も身体も小さかった名も知れぬ少女。確かに今見たヴィジョンとも一致する発言ではあるけれど?
「このヴィジョンの後、少女達は荒れ果てた町へ戻り、ようやくたった一人の生存者を見つけ出しました。懸命な看護の末、数日で彼は意識を取り戻します。その青年こそが……」
ツパおばちゃんの紅い視線が、再びパパの左眼に注がれる。
自分の見解に信憑性を感じたあたしが、自信満々「王家のご先祖様だったのでしょ!?」と言いかけた瞬間、
「彼こそが『ラヴェンダー・ジュエル』の原型となる人物でした」
「「「えええっ!?」」」
もう一回! 余りに突拍子もないおばちゃんの答えに、三人の大声が森の繁みに反響した──!!




