[36]誰の叫び? *
「おばちゃんっ!? アイガー!! アッシュ、ルク!!」
あたしは紅蓮と化す炎の熱を、両腕で避けながら叫んでいた。渦のようにうねる焔が、あたしの視界の邪魔をする。三人と一匹はどうなったのだろう? きっと無事よね……? 誰か応えて!!
「おばちゃんっ!? アイガー!! アッシュ、ルク!!」
今一度叫んでみたが、誰の応答もなかった。あたしが悪いんだ……あたしが傍にいたら、みんなに危害が及ぶことはなかったのに……!
サリファの赤い光線が、この焚き火の威力を強くしたのだろうか? 立ち昇る光がまるで凝縮するように、周りの空気を歪ませて見せる。火の向こうにみんなはいるのだろうか? ならばどうして返事をしてくれないの!?
「お願い、サリファ……みんなを、ママを返して!!」
あたしは両手を胸の高さまで差し出して、激しく燃え盛る炎に一歩近付いた。突如あたしを欲しがるように、それは赤い触手を広げ……波のように頭上から覆い被さってきた!!
「──リルっ!!」
「えっ!?」
赤の脅威に襲われる寸前、その呼び声と共に身体が何かに囲われて、あたしは危機一髪助けられていた。リルって……アッシュなの? ううん、違う……この声を間違える訳がない! あたしを抱き締めるのは──ずっと会いたかった……パパだっ!!
「パパっ!!」
「大丈夫か!? 一体、これは……?」
ああ……パパが真ん前にいる! あたしを包み込んで、心配そうに見下ろしている。このぬくもりも触れる大きな手の質感も、あたしがパパに守られていることを教えてくれていた。
「お願い、サリファ……みんなを、ママを返して!!」
あたしはパパの抱擁の中で振り返って、もう一度目の前で揺らぐ炎に懇願した。ツパおばちゃんがザイーダに襲われた時には遠くにあった『ラヴェンダー・ジュエル』も、今はすぐ真後ろのパパに宿されているのだ。あたしはサリファに叫びながら、心の中で『ジュエル』に祈った。なのにジュエルは何も応えず、サリファももう攻撃してくる装いは見せなかった。
「サリファ、お願い……お願い、だから!!」
「リル……これ以上は」
パパが心配して、あたしの腕を畳ませた。と同時に焔の威力も衰えていく。やがて元の焚き火に戻って見えた向こう側に、三人と一匹の倒れ伏す姿が現れた。
「おばちゃん! アイガー!!」
あたしはパパの腕の中から、まずはツパおばちゃんとアイガーに駆け寄った。腰掛けていた筈の焚き火の傍から見ても随分遠い。化け物みたいに大きくなった火の勢いで、吹き飛ばされてしまったのだろうか?
「は、はい……どうやら無事のようです」
いつも通りの静かな答えと一緒に、おばちゃんが気だるそうに起き上がった。アイガーも気絶していたことに自身でも驚いたみたいだ。突然横倒しの身体を飛び跳ねさせて、大丈夫と伝えるように元気に吠えた。
「アッシュ! ルク! 大丈夫か!?」
あたしの右側ではパパが二人を揺さぶっている。先に目を覚ましたのはルクだった。まだぼんやりと虚ろな瞳がこちらを向いた瞬間、ルクは正気を取り戻したようだった。でも……?
「あ……あっ……ああ……あああ──っ!!」
その顔を真っ赤にして、いきなり叫び出したのは一体何故?
釣られて振り返ったパパと、意識を取り戻して上半身を持ち上げたアッシュの瞳が、ルクの視線を追って驚き、瞬時に硬直する。……って??
「あっ、やだっ!!」
あたしは三人の見ている先を辿り、慌てて胸元を両腕で覆った。そうだった……あたし、バスタオル一枚だ……!!
「リ、リル! 早く服を着てきなさい。ルク、アッシュ……これ以上、娘を見たら──斬る!!」
い、いやぁ~パパ、そこまで言わなくても!?
本気だと示すように、パパは剣を抜き立ち上がった。あたしを隠すように仁王立ちに背を向け、二人の前で剣を頭上に構える。いえいえパパ~もうルクは鼻血出して卒倒してるし、アッシュも急いでそっぽを向いたんだから……。
「ご、ごめんね、みんな! それじゃ……」
とにかくパパの気を鎮めるためにも、早く着替えに行かなくちゃ! あたしはおばちゃんの目の前でしゃがみ込んでいた身体を、一気に持ち上げ……なのに、あらら? 一緒について来る筈のバスタオルが!?
「きっ……きゃあああああっ!!」
あたしの足はタオルの端を踏んづけていた! 立ち上がったあたしの胸から、バスタオルが……スルリと落ちた──!?




