[34]二人の恋バナ? *
夜が更けて、葉群れに囲われた丸い空は、真っ黒な暗闇に覆われていった。目の前の焚き火が頬に温かい。男性陣は炎の向こうの木々の根元、あたしのテントにルク、一人しか入れなくなってしまった二人用テントにアッシュ、そしておばちゃんの寝袋でアイガーも静かに休んでいる。
今宵の夕食、あたしは残り僅かな缶詰からコンビーフを拝借し、リュックの底に入れてあった玉ねぎと一緒に小鍋で炒めた。右手へ下った窪地で谷を流れる清水を見つけ、飯ごうで炊いたショート米と合わせてボリュームを出した。強めの胡椒とコンソメの味付けで、なかなかの好評を得ることが出来たけれど、ドライトマトと干しベーコンで作ったスープは少し味気なくて、ママの具沢山ポトフが恋しく思い出された。
「あの……ツパおばちゃん」
昨夜のアッシュのように、火を転がしていた枝の動きが止まる。おばちゃんは無言でこちらを向き、あたしに首を傾げた。炎から逸らしても、やっぱりおばちゃんの瞳は赤く輝いていた。
「サリファが言った「二千六百年の執念」てなあに? それに「ノーム」って……ツパおばちゃんのことなの?」
「……」
おばちゃんは答えないまま首も手も戻してしまった。再び掻き回された炎が、パチパチと火の粉を巻き上げる。
「どちらもラヴェルと合流出来た際にお話致しましょう。彼に追いつかなければ、一つも事は始まりません。それにルクアルノにも知る必要がありますし、アシュリーも知りたいと願うに違いありません」
「ルク?」
アッシュの「願い」はともかく、ルクに「必要」があるとは意味が分からなかった。でもきっと、明日にはパパにも会える筈。今のところ山頂で動きは見られないし、パパも救出と攻撃を仕掛けるのは、翌日を考えているのだろう。
「じゃあそれは、パパに会えるまでガマンする。でもこれから訊くことは、必ず答えるって、おばちゃん約束して」
「約束?」
再び向けられた疑問の仕草に、あたしは満面の笑顔を見せ……それからつい「したり顔」をしてしまった。
「何か嫌な予感がします……お約束は出来かねます」
「ええ~いいじゃない! たまにはあたしの言うことにも答えてよ~!!」
「たまにはなどと……此処まで同行させたのも、かなりワガママを聞いてあげていると思うのですが?」
なかなかこの鉄壁は打ち破れないものだ……でもいいもんねー答えてくれなくても、きっと分かっちゃうんだから!
「ねぇ~おばちゃん。おばちゃんってさぁ~弓のお師匠様のこと──」
「──し、し、師が一体何だというのです!?」
「……!」
真髄に辿り着く前からコレだもんね! 分かりやすいなぁ~ツパおばちゃんったら!!
「お師匠様のこと、好きなんだよねぇ??」
「んなっ……な、何ということを言うのですか! し、師には尊敬の想いはあっても……そ、そ、そのような感情など一切──」
ダメだ~こりゃ。おばちゃんのほっぺ、目よりも火よりも赤くなってるよ。
「お師匠様って何歳? 名前も教えてよ~」
「そのようなこと、リルヴィにはお教え致しません!」
「えーどうしてぇ? 内緒にすることなんてないのに~」
あれだけの弓を操る人だ。きっと筋肉ムキムキでカッコイイに違いない!
あ? でも──
「もしかしてツパおばちゃん……自分がずっと年上なのを気にしてるの?」
「えっ? い、いえ……」
おばちゃんは二十代後半に見えても、実際中身は五十歳ちょっとだ。そんなことが恋に踏み出せない壁になっているのなら。
「歳なんて関係ないと思うんだけど……おばちゃんは時間を止められていたのだもの、本当の年齢は止まった時間を引いた分だよ」
「いいえ。肉体以外、私の実齢はやはり五十一歳であるように自身でも感じているのです……あ! い、いえ、それが問題なのではなく……。師はお若くとも、穏やかで冷静で、物事を客観的に見定められる大らかな気質をお持ちです。ああいうお方は──」
「まさしくツパおばちゃんにピッタリじゃない!」
「え? あっ、いや、そういうお話ではなくて!!」
おばちゃんはあたしのツッコミに、もう埒が明かないと思ったのだろうか、真っ赤な顔をそっぽへ向けて、逃げ出すように立ち上がってしまった。それでも数歩進んだ先で、何かに気付いたようにふと足を止めた。
あれ……振り向いたのは、あたしとおんなじ「したり顔」……??
「リルヴィ。昨日仰いましたね。「私にも何かがあったのか?」と。私にばかり尋ねるのは平等ではありませんよ。貴女もそろそろ白状なさい」
「えっ……あ、い、いやぁ~そんなこと言いましたっけ~??」
まさかの反撃が始まるとは!
あたしもお茶を濁すように立ち上がって、炎の向こうへ回り込んだ。速足で追いかけられたので、ぐるりと焚き火に沿って逃げるしか出来なくて……
「白状なさいって、おばちゃんだってまだ何も答えてないじゃない~!」
「訊いた方から答えるべきです。ではリルヴィが答えたなら、私もお教え致しますよ」
「ええ~……そうは言われてもぉ~~~」
おばちゃんの攻撃にタジタジになりながら、あたしは早歩きでグルグルと逃げ回った。あたしの気持ちはまだ固まっていないのだもの。今誰かに話せる段階じゃない。それにツパおばちゃんに話したら、パパやママにまで伝わってしまいそうだ!
「リルヴィ、お待ちなさい!」
「やだー! 絶対言わない!!」
いつの間にか逆転したあたし達は、ひたすら炎を回り続けた。この時ばかりは先の不安も何処かへ吹き飛んでいってくれた。
くるくる・クルクル、めぐる・メグル。
「ル、ヴィ……? ツパおばさん??」
しばらくして次の見張り役となるルク&アイガーが起き出してきたのに、止まるどころかアイガーまで加わって、何が何やらワケの分からない追いかけっこが延々続いてしまう。
「ル……ヴィ~~~……」
「えー? ウソでしょ! ルクっ!?」
それを呆然と傍から見ていたルクは、勝手に目を回して倒れちゃった──!?
■第四章■ TO THE CHOUCRE (シュクリ山へ)! ──完──




