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シュクリ・エルムの涙  作者: 朧 月夜
■第四章■ TO THE CHOUCRE(シュクリ山へ)!
30/86

[30]「彼」の理由? 〈L&As〉

「リル……? 眠れないの?」


 それから──。

 あたし達はとにかく歩き、とにかくシュクリを登り続けた。


 進む東路はずっとなだらかな傾斜の森で、「これなら楽勝じゃない!」とあたしはほくそ笑んだくらいだ。あれだけ歩いたのだから相当山頂に近付けたと思っていたのに……何処まで行っても、どんなに見上げても、お山のてっぺんはまだまだ遠くて……気付けば息切らし肩で呼吸してしまう始末だった。見かねたツパおばちゃんが一休憩させてくれて、その間にどんどん登りつめたアッシュとルクがお先に野営を張り、あたしの拾った枝で火を起こしておいてくれた。お陰で二人の場所に何とか辿り着いた頃には、遅い夕食の準備も整いつつあった。


 食事を済ませたあたしはバッタリとテントに倒れ込み、いつの間にか死んだように眠りこけてしまった。

 サリファからの攻撃を考慮して、山頂に一番近い場所へテントを張ってもらったので、今頃はみんなもあたしの眼下で休んでいるだろう。


 あたしのテントはコンパクトな一人用、ツパおばちゃんは昨夜と同じく星空の(もと)、寝袋でアイガーと一緒に休むと言っていたっけ。アッシュとルクは二人用のテントを持っていたものの、ルクが上空から落とした際に、骨組みがかなり曲がってしまった。応急処置でどうにか一人は入れるようになったので、交代で火の見張りをすると言っていたけれど──どうやら今はアッシュがその係を務めているみたい。


「ううん……良く眠れたよ。ごめんなさい……いきなり迷惑掛けて……」


 (たきぎ)のぱりんと()ぜる音でふと目覚め、外へ出たあたしに、炎に照らされた優しい笑顔が問い掛ける。申し訳なさそうに俯くあたしのへの字口も、温かな光できっと気付かれちゃっただろうな。


「道は緩やかだったけど、ツパイおばさんの歩調も速かったし、結構な距離を歩いたと思う。普通の女子だったら途中で根を上げているよ。リルは十二分に頑張ったし、数時間で起きてくるなんて凄いよ」


 アッシュはそんなあたしを柔らかく見上げて、いつものように励ましてくれた。なのに隣の切り株へ腰を下ろしたあたしは、何となくアッシュの顔が見られなかった。

 彼の握る枝が火を転がして、揺れる(あか)が力を増す。紅──サリファ。疲れてなんかいる場合じゃない……早くパパに、そしてママの許に辿り着かなくちゃ!!


「テントは寒くなかった? ブランケットは足りてる?」


 何も返事をしなかったあたしの横顔に、アッシュはもう一度声を掛けた。なんか、ごめん……落ち込んでいるつもりはないけど……アッシュが優しければ優しいほど、弱音を吐いてしまいそうだよ……。


「うん……あったかいから大丈夫」


 この焚き火のように、サリファの心も温かければ良かったのに。


 何とか絞り出したあたしの答えに、今度はアッシュが応えなかった。再びの沈黙が気になって、見上げた彼の横顔は薄っすらと笑んで……やっぱり綺麗だった。


「あのっ……」

「んん?」


 振り返るペール・ブルーグレイの瞳。火と混ざり合って、一瞬ラヴェンダー色に見える。


「アッシュ……どうしてこんなに危険な思いまでして、あたしのパパとママを助けに来てくれたの?」


 ヘタをしたら死んでしまいかねないのに……幾らあたしを家族と思ってくれたとしても、他人の両親のためにこんなこと、普通だったら出来ないよ。


 おもむろに枝を置いたアッシュは、あたしの真剣な瞳を真っ直ぐ見詰めた。にっこりと笑った顔は、いつも以上に優しかった。


「初めてリルに出逢った時のこと、まだリルは五歳だったから、きっと忘れていると思うけど……僕は鮮明に覚えてるんだ」

「え……?」


 あたしの質問に対する返事とは思えなくて、あたしは微かに驚きの声を上げた。

 それを見たアッシュはクスりと笑い、今一度燃える燈に視線を落とす。


「パパに抱っこされて、隣に寄り添ったママへ笑い掛けていたリルは、パパとママの沢山の愛情に包まれて、まるでキラキラした宝石みたいだった」

「アッシュ……?」


 やっぱり意味が分からないよ。

 それは自分の家族と比べていたの?

 あたしは彼の名を呟きながら、少しだけ首を(かし)げてしまった。


「リルは二人の想いが詰まった宝石なんだよ。それは今でも変わらない。リルはちゃんとパパとママに愛されていることが分かっているし、それに応えようとしている自分がいる。だから、ね?」

「だから……??」


 もう一度こちらを見詰めるアッシュ。焚き火に溶かされたみたいな潤んだ(まなこ)が、もう一度ニッと笑いかけた。


「だから君にはパパとママが必須なんだと思ったんだ。どちらが欠けても輝けなくなる。石はね、光があってこそ輝くんだよ。時に光を屈折し、反射し、吸収して……輝き続けるリルを、僕はずっと見ていたい。ただそう思っただけ」

「輝き、続ける……」


 それは……それは、アッシュが両親から愛情をもらえていないと思っているからなの?

 違うよ、アッシュだって……ちゃんと愛されている筈! 愛されているからこそ、アッシュだって輝いている筈!!


 あたしは一瞬そんな想いを口にしてしまいそうになった。でも……タラお姉様に内緒にしてと言われたのだ。叫びたい気持ちを押し殺して、グッと一文字(いちもんじ)に唇を引き締めた。


「だ、だからアッシュは、ずっと鍛えてきてくれたの……?」


 代わりに零れ出した言葉は、彼の過去に問い掛けていた。

 もし本当にシアンお兄様の言った通り、宝物(あたし)を守るためだとしたら──それはあたしから輝きを失わせないために、ということにも……繋がる?


「まさかこんな風に、実際役立つことになるとは思ってもみなかったけどね。少しでもリルのパパの力になれたら、僕も嬉しいよ」

「あの、ありがとう……だけど、お願いだから無理はしないで、ね」


 あたしのすがるような眼差しに、アッシュは「うん」と一つ頷いてみせた。と同時にその面差しが、照れ隠しするようにはにかんだ。


「本当のことを言うとね、僕は初めラウルおじさんから剣術を学びたかったんだ」

「え? パパから??」


 その時もう一つの明かされていない秘密に繋がった気がした。

 もしかして……アッシュの憧れの人って──あたしのパパなの?


 王宮から自宅へ立ち寄った際の、アッシュの言葉を思い出す──「僕も少なからず君のパパの過去を知っているからね。あんなに辛い人生を歩んできたのに、いつでも笑顔を忘れなかったのは、本当に強い心を持っているからだと思うよ」


 確かシアンお兄様は小さい頃に両親を事故で亡くされて、アッシュのお爺様の元、アッシュのお父様と共に厳格に育てられた。そんな縛り付けられた環境から自由を手にしたお兄様を、アッシュは理想の存在に掲げたのだろうけど……それ以上に憧れる対象だとタラお姉様が言ったのは──同じく辛い過去を持つパパのこと、なんだろうか? ──だからアッシュはどんな時でも、笑顔を絶やさずにいようとしているの??


 まだぼんやりとしか見えないどちらの結論も、アッシュは鮮明にするつもりはなかったみたいだ。戸惑ったままのあたしに答えることなく、「明日も早いから、もう休んだ方がいい」と戻るよう促した。


「さ……良く眠って。僕ももう少ししたらルクと交代して休むから」

「う、うん。本当にありがとう、アッシュ。あたし達のために来てくれて。あたしを連れて来てくれて」


 これ以上アッシュの時間を邪魔しちゃいけない。あたしはそう思い、急いで腰を立ち上げた。お互いの目の高さがちょうど合ったその刹那──


「おやすみ、リル。また明日」


 ──……え?


 アッシュの温かな右手があたしの左頬を包み込んで、右の頬には……柔らかな唇が僅かに触れた。

 彼からの「おやすみの頬にキス」なんて、今までにもなかった訳じゃない。


 でも……。

 驚いてしまうくらい近かったのだ! あたしの唇の右端に!!

 

「……お……、おやすみ……っ!」


 咄嗟にすっとんきょうな声を上げて、あたしは勢い良く身を(ひるがえ)した! まるで逃げるように足が勝手に動き出して……


 出来るなら、すぐさま鏡で自分の顔を確認したかった……あたしの頬は、燃える炎のように赤くなってはいなかったかしら?? と──!!



挿絵(By みてみん)




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