[3]左眼の秘密?
「ギ、ギブアップです! パパ……ママぁ~!!」
茹でアスパラを食べきらない内に、畳みかけるようにやって来たスープ&リゾット。あたしは「リルの分だよ」と与えられた大盛り三皿の内の、何とか七割方を胃に収めたものの、残るそれらを目前にして、ついに弱音を吐いてしまう。いやココで吐かなかったら、違う物を吐いちゃいそうだ。
「あれ? もう?? リルは痩せてるんだから、もう少し食べてもいいと思うけど」
べ、別に~ダイエットしてる訳じゃあないんだからね、パパ!
ただ……もう、お腹が一杯なんだってば~!!
「じゃあ取っておいてあげるから、後で食べるのよールヴィ? それからお休み中の宿題、ちゃんと持ってきたでしょうね?」
左斜めのママは意地悪そうな視線を向けながら、残り物を容器に移し出した。って、ママとパパが食べてきってくれてもいいんですが? 宿題もやってくれてもいいんですが??
「うう……持ってきたわよー、でもさぁ? ヴェルから戻っても一週間はあるんだよ? どうして帰ってからじゃダメなの??」
うちの学校は九月で学年が変わる。だから春休みにはちゃんと宿題が出されるのだ。その代わり長い夏休みは自由研究だけだから、とってものんびり出来るのは……羨ましいでしょ?
「最後の一週間で出来た試しがないからに決まってるでしょー! この道中は邪魔する友達も居ないんだから、絶好の勉強タイムじゃない」
そうして呆れ顔で弁解の余地もない答えを見出したママの横で、パパは目を閉じ腕を組み、「うんうん」と深く頷いていた。
「はぁ~い……。あーでもでもパパぁ~、ちょーっと今回の数学は難しい上に、枚数が多いんだよね~。ランチの後片付けするからさー?」
こういう時はパパに頼るに限る。ママが厳しい分、パパはちょっぴりあたしに甘いのだ。更に猫なで声で手伝うともなれば……
「ダメよーパパ、甘やかしちゃ! ママだってルヴィのことは可愛いけど、この間の成績表見たら、さすがに放っておけないんだから!」
「……って、ママが言ってるよ、リル? 頑張ってね」
パパは苦笑いをしながら、あたしに視線を合わせるように頬杖を突いた。
……そうですか、そうでしょう、アレを見ちゃったなら、やっぱりね。
あたしも同じ苦々しい笑みを返して、諦め半分だるそうに立ち上がった。
とにかくお腹が重たい。言っちゃった手前、まずは片付けをしよ。
あたしは二人で会話を始めた両親を背にして、独りキッチンへ向かった。ケトルを火に掛け、リビングに向かい合わせの流しに立つ。楽しそうに談笑するママの横顔とパパの広い背中が見える。パパの左眼は義眼だから、ママは必ずパパの右側に座るのだ。
小さい頃はママがパパの正面に座って、二人の間に座らされることが多かった。そうすればパパはあたしとママ、二人が良く見えるし、二人共あたしの面倒を看られたから。でも大きくなってからはパパの真ん前が多い。もう癖なんだろうか? パパの右斜めにママ、そのまた右斜めにあたし。そうしてパパはいつもあたしの真正面でニコニコと笑っているのが定番だ。
お湯が沸いてケトルがピーピーとあたしを呼んだ。ポットに移して二人の許へ。数分してティーカップを彩ったのはラヴェンダー・ティー──『ジュエル』の色とパパの髪色。
「あ、そうそう~ルヴィ! ジュエルはいつも通り、ヴェルに着く前に保管庫に入れなきゃダメよー。忘れない内に戻しておいてちょうだい。あなたも久し振りだから早く慣れておいた方がいいでしょ?」
その色を見たママが、思い出したようにあたしの左眼を指差した。ああ、やっぱり今回も保管しないとダメなのかー……ジュエルも今のヴェルを見たいと思うんだけどなぁ?
不服そうに相槌を打ったあたしは踵を返して、キッチン・カウンターに置かれた小さな保管庫を開いた。仕方なく左眼に挿し込んでいたジュエルを取り出し収納する。
──ん? あれ? 言わなかったっけ? あたしもパパと同じく左眼が義眼なのだって。更にいつもは『ラヴェンダー・ジュエル』を義眼として挿入してるって~?
だってラヴェンダー・ジュエルは、薄紫色の瞳みたいな宝石だから!
そしてあたしは……ジュエルを宿すために生まれてきた……『次代継承者』だからだよ──!!