[28]紅の戦慄?
「ルク! ルクー! 無事ね!?」
取る物もとりあえず、アッシュとあたしはルクがぶら下がっている筈の大きな樹を目指し、根元から樹上へ大声で呼び掛けた。
「う、うん~何とか大丈夫みたい……」
弱々しいルクの声が枝葉の奥から聞こえてくる。アッシュはあたしにココから離れないよう念を押し、その幹を軽々と登っていった。
周りはまだまだ森の装いで、頂に近付くにつれ木々はまばらになる。サリファから隠れるにはちょうど良かったみたいだけど、山頂は随分遠くに思えた。
「まったく……タラはこんな子供達に、なんという無茶をさせるのです……」
「え?」
突然背後から怒ったような声が投げ掛けられて、あたしは急いで振り向いた。
歩み寄るシルエットは小柄な女性のようだった。髪を昔のママのようにポニーテールにして、けれどその色は青みがかった黒髪で……って、ツパおばちゃん!?
「リルヴィ、何処も怪我はしていませんか? ルクアルノの荷はもう見つけてありますので安心してください」
「う……うん、アッシュもあたしも大丈夫。あの……ツパおばちゃん、よね??」
目の前で止まった明らかに「ツパおばちゃん」に、あたしはそれでも不思議そうに問い掛けてしまった。だってその顔も服装も、いつものツパおばちゃんではなかったのだから!
常に鼻のてっぺんまで伸ばされていた前髪は、眉毛の辺りで綺麗に切り揃えられていた。当然眼が見える状態だけど、どうしてなのか両瞼とも瞑って俯いたままだ。格好は登山用に動きやすい上下を身に着けている。でもその左胸には防御用らしき硬質の胸当てが装着されていて、右手には……大きな弓を携えていた!
「こんな姿、お見せしたくないから独りで出てきたのです。……が、もはや仕方がありませんね」
ツパおばちゃんは大きく肩を上下させて、諦めたような溜息を吐いた。そうしている間にも二人が幹を伝って地面まで降りてきた。振り返ったあたしの瞳には、みるみるうちに変わっていくアッシュとルクの表情が読み取れた。彼らの目も口も驚愕の色を見せながら開かれる──って、そんなに驚くことかしら?
「「お……おばさんっ!?」」
同時に二人が驚きの叫びを上げたので、あたしは慌てて首を戻した。その先には……瞳を開いてあたし達を見詰めるツパおばちゃんの……その眼が……まっかっか!? ──だった!!
「どうやらラヴェルもユスリハも……そして『ジュエル』でさえも、リルヴィには明かさずにいた模様ですね。私の眼が赤いことを」
「え……? パパもママも知ってるの!?」
あたしの戸惑う声にツパおばちゃんは頷いた。
「通常『先天性白皮症』でもない限り、赤い目の人間などそうはいませんからね。特にヴェルには……現状一人も存在しません。ですから今まで隠してきたのですが……ラヴェルは以前からこの事実に気付いていて、ユスリハもおそらく一度は目撃している筈です」(註1)
そう言って再び瞼を伏せたツパおばちゃんの声色は、何処となく口惜しそうに聞こえた。
でも『アルビノ』の人って、髪の毛なんかは白いのよね? ツパおばちゃんは染めている訳でもなさそうだし……ってことはそういう訳ではないんだろう。なのにどうしてお目目がウサギさんみたいに真っ赤なの!?
「ともかく今は立ち止まっている場合ではありません。ルクアルノの二つのザックは、アイガーが集めて私の荷物と共に見張ってくれています。早く登らないとラヴェルが益々遠くなりますから……行きますよ」
「え? ……えっ、えー……ツパおばちゃん、あたし達を連れて行ってくれるの!?」
踵を返して背を向けたおばちゃんに、あたしは咄嗟に訊き返してしまった。タラお姉様の取った行動に、とっても憤慨していた様子だもの、てっきり追い返されると思ったのだ。
「帰りなさいと言っても帰る気などないのでしょう? そのつもりでなければあんな真似は出来ない筈です。ですから……説き伏せる時間が無駄になるだけのこと。但し、危険なことは承知でしょうから、今後行動を共にしたいのなら、私の言うことは必ず聞いてもらいますよ」
振り向きざまに放たれた台詞の内、特に最後の言葉はいつになく手厳しかった。ツパおばちゃんもそれだけ真剣だってことだ。あたし達の無言の頷きを認めて、サッと戻された赤い視線は、まるでサリファの光線を思い出させた。
「あっ、おばさん、すみません。僕が置いてきた荷がそのままなので、すぐに取ってきます」
「分かりました。気を付けるのですよ、アシュリー」
ああ、あたしもすっかり忘れちゃってたな……歩き出そうとする三人を、慌ててアッシュが引き止める。ツパおばちゃんの了承と同時に、あたし達が来た方向へ駆けて消えた。
「あの……さっきルクを助けてくれたのってツパおばちゃんなの? シアンお兄様も??」
荷物を待つ間、あたしは空を見上げながら、あの下降時に起きた二つの謎を思い出した。どうやってルクは木の幹に縫い留められたのか? シアンお兄様を狙ったサリファの攻撃は、誰がどのように食い止めたのか??
「ルクアルノのパラシュートを射ったのは私です。シアンに関しては……あちらは……」
「??」
ツパおばちゃんはそこまで話して、急に言葉をくぐもらせ、口をつぐんでしまった。俯いた頬は微かに強張っている。どうして沈黙してしまったのだろう? 言いたくないことでもあるのかしら?
「お待たせしてすみません!」
そこへタイミング悪く(?)帰ってきたアッシュが加わり、全員がアイガーの許へ歩き出してしまった。先程までの会話は聞けていなかったと思うけど、タイミング良く(!)アッシュが質問の続きをしてくれた。
「ツパイおばさん、いつ弓なんて習得したのですか? あのルクを樹にぶら下げて、彼の落下を止めたのはおばさんですよね? シアン兄さんに向けられた攻撃を阻止したのも……いえ、方角からしておばさんじゃない……あれは誰の手による妨害だったのですか?」
「……」
さっすがーアッシュ!!
図星の推測に、ツパおばちゃんは観念したようだった。口元をへの字に曲げて、再び諦めたような溜息を吐く。やがてぼそぼそと話し出したその内容は──
「弓を習い出したのは二年程前になります。残念ながら私に、グライダーの破片を弾き飛ばして攻撃を妨げる程の矢は射られません……シアンを救ったのは私の師です。麓からの援護を頼んでおりましたから、先に近衛兵への爆撃を逸らしていた筈ですが……どうにかこちらへも間に合ってくれたようですね」
「え……? 麓、から……??」
あたしはもちろん、ルクとアッシュもそれを聞いて、思わずあんぐりと口を開け唖然とした。
近衛兵隊とあたし達、見える範囲の東部に位置していたとしても、どれだけ離れているというのだろう!? その移動距離と矢の射程距離なんて物を考えたら、どんな屈強なお師匠様なのかと全く想像もつかなかった。
そしてそんな呆然自失するあたし達の横で、何故だかツパおばちゃんの横顔は、その眼に負けないほど真っ赤に染まっていた──??
[註1]ユスリハとラヴェルの、ツパイの眼 目撃談:前作をお読みの貴重な皆様、お忘れでしたら『ラヴェンダー・ジュエルの瞳』七十四話文末、加えてエピソード短編「β」をご参照ください。




