[23]明け方の訪問者?
「た、宝……物……」
そう呟いた瞬間、耳に刺さる音が響いて、ルクの剣が空を舞った。
「そろそろ朝食も出来るだろうし、この辺でやめよう、ルク。……あれ?」
自分の剣を鞘に収めたアッシュがあたし達に気付いて、その面は瞬時にバツの悪そうな表情に変わった。
「おはよう、リル……見てたの? 兄さん、内緒にしてって言ったのに……」
「そうだっけ? タラが連れてけって言ったんだよ。どうせ数時間後にはバレるだろ?」
数時間後? 数時間後!?
「お、おはよう、ルヴィ……良く眠れた?」
飛んでいった剣を拾いに行ったルクが、駆け寄りながらあたしに尋ねた。その顔も何だか困惑気味だ……いえ、一番戸惑っているのはあたしなのかも知れないけれど!
「う、うん……ベッドが大きくて快適だったよ……おはよう、ルク、アッシュ」
ルクが昨夜送ってくれた時に話した、あたしとの時間をアッシュと『分け合う』件が、『宝物』とイコールで繋がった気がした。そう思ったら、何となく二人と目を合わすのが気恥ずかしくなった。と共にもう一つの疑問が繋がる──タラお姉様が告げたアッシュのヴェルを訪れる『理由』──それはタラお姉様に剣術を習うためなんじゃないだろうか?
「みんな、ご飯出来たわヨー!」
気まずい空気がお姉様の元気な呼び掛けで、一気に透き通った気持ちがした。あたしは一番に「はーい!」と応え、この場から逃げるように先頭切って朝食の席に着いた。
それからお姉様とお兄様のラブラブな会話を上の空で聞きつつ、黙々と美味しい食事を進めている内に、とうとうエントランスのチャイムが響いた。
「ツパおばちゃんだ!」あたしは元気良く立ち上がり、シアンお兄様の後へ続く。なのにお兄様が開いた扉の向こうに立っていたのは、白髪と白髭のロガールじじ様だった。
「早くにすまんね。ツパイは奥かい?」
じじ様の息遣いは荒く弾んで、額に薄っすらと汗も光っている。
目の前で相対したシアンお兄様が、少し心配そうに尋ねた。
「いえ……ツパイはまだですが……どうかしたんですか?」
「参ったな……此処にも居ないのか……昨夜の事件後から見当たらないんだよ。自宅を訪ねたがアイガーも見えなくてね……てっきり此処へ来たものかと」
「アイガーもですか? 確かに夜半ツパイの使いが来て、今朝訪問の約束はあるのですが」
ツパおばちゃん……きっとパパを追って、愛犬アイガーと一緒に山へ行ったんだ……。
あたしはじじ様とお兄様の会話からそう確信した。ツパおばちゃんが昔自分を「僕」と呼んでいたのは、『ジュエル』のヴィジョンで知っている……最後に「後から参ります」とあたしに言った時、ツパおばちゃんは嘘をついたからこそ、動揺して昔の癖で「僕」と言ってしまったんだ。
「とりあえず中へどうぞ。お茶でも飲んで落ち着いてください」
「ああ……ありがとう。外に従者を待たせているから、ちょっと待っていてくれ」
じじ様は疲れたように息を吐いて、お兄様の手招きに応じた。一度扉を出て、再び入った先であたしの姿を見つけ、「大丈夫かい?」と肩を抱いてくれた。こんなに心配してくれる仲間に囲まれているんだ……あたしは出来る限りの笑顔を見せて「はい」と一つ頷いてみせた。
「ロガール、ツパイはラウルを追っていったんじゃないかしら? いなくなる前に「事の発端は私にもあるのです」って、アシュリーとリルヴィちゃんに言ったらしいから」
全員が着いたダイニングで、タラお姉様が口火を切った。皆神妙な面持ちだ。けれどお姉様だけは、アッシュから聞いたのだろうツパおばちゃんの言葉から、ある程度は予測していたみたいだった。
「事の発端か……彼女には何の責務もないのだがね。やはりサリファの一件が、彼女をずっと苛んできたのかも知れないな」
サリファの一件がツパおばちゃんを……?
「どういう意味ですか? ロガールじじ様」
アッシュが俯いてしまったじじ様の横顔に問う。タラお姉様以外の視線が探るように注がれて、じじ様は持ち上げた瞳で、お姉様に続きを託した。
「サリファっていうのは、あの二十年前と三十年前に虐殺事件を起こしたウェスティの母親、つまりラウルの前王のお妃ヨ。そして……それはツパイの叔母、ツパイの母親の妹だったの」
ツパおばちゃんが言った「おば上」──それはまさしく「叔母上」だったんだ!
「姉さん、それじゃツパイおばさんも、ラウルおじさんと同じく、ウェスティの従姉だったってこと?」
アッシュの再びの問いに、あたしの面は瞬間彼を見上げていた。それってパパはツパおばちゃんの従弟の従弟ってこと??
「そういうコト。でもあんな事件の首謀者の母親でショ? だから今まで誰も、彼女の話を口に出さずに封印してきたのヨ……まぁ、ルクアルノ、あなたはさすがに知っているのでしょうけれど」
今度はみんなの視線がルクに集中する。ルクは身体を縮込めるように委縮して、それでもゆっくり頷いた。
「うん、知ってる……ツパおばさんとボクの父さんの叔母さんが、あのお妃だったって……だけど今まで誰も触れずにいてくれた……だからボクは……学校でもいじめられずに済んだんだ……。でも王宮で働くおばさんは、きっとずっと悩んでる……だから……だからおばさんは、首相にはならないんじゃないかって……」
「あ……」
昨夜見せたルクの辛そうな顔。それがツパおばちゃんの表情と繋がったのも、ちゃんとこうした理由があった。
みんなを不幸にするサリファ。彼女は一体何者なの──!?




