[19]暗闇の目撃者?
「リル……? 何が遭ったの!? 大丈夫!?」
パパが見えなくなって数分後、ツパおばちゃんに背中をさすられ宥められながら、あたしはまだ立ち尽くしたまま泣き続けていた。その呼び掛けに驚いて咄嗟に顔を上げたけれど、それは王宮の様子を心配して駆けつけたアッシュの声だった。
「ア……アッシュ! ママが……パパが……!!」
思わずアッシュにしがみついてしまった。抱き留めてくれた彼の腕は、パパと同じ優しさで包み込んでくれた。
「アシュリー、申し訳ありませんが、リルヴィをタラの家で匿ってはもらえませんか?」
「え……? 匿うって……誰からです?」
あたしはハッとして、アッシュの胸の中から振り返った。ツパおばちゃんはどうするつもりなの!?
「後ほど詳しく説明します……。リルヴィ、まずはタラの許で心落ち着かせてください。彼女の傍が一番安心出来るでしょう」
「ツ、ツパおばちゃんは!? いやよっ……おばちゃんも独りで行くなんて言わないで!!」
「独りで? ……リル?」
あたしはアッシュのシャツをギュッと握ったまま、焦燥を露わにした。ツパおばちゃんまで危険な目には晒したくない! なのにおばちゃんは顔を俯かせて、見える唇は引き結ばれていて、垂らした両手を強く握り締めていた。
「事の発端は私にもあるのです……が、もちろん危ないことは致しません。王を安全な地へお連れしたロガール様に、経緯を知らせてくるだけですよ。リルヴィは先にタラの家へ向かってください。僕も後から参ります」
おばちゃんが……「僕」って言った……?
あたしが最後の言葉を訝しく思っている内に、ツパおばちゃんは敷地の奥へ走り去ってしまった。仕方なくアッシュにお願いをして、タラお姉様のお家へ向かう。必要な荷物を取りに、途中自宅へ寄ってもらうことにした。
「……そんなことが……」
ポツリポツリと途切れがちに、遭ったこと全てを聞かされたアッシュは、うな垂れたあたしのずっと上の方で、唖然とした溜息を吐いた。
まもなく我が家に到着だ。数時間前まで笑顔で溢れていた筈の我が家へ──なのに今は……誰もいない。
「大丈夫だよ、きっと君のパパはママを無事に助け出してくる」
エントランスの手前で依然しゃくり上げてしまったあたしに、アッシュは明るい声色で慰めてくれた。
「うん……ありがと」
「リルが信じないでどうするの? パパはあんなに強いのに」
「え?」
あたしは扉を押し開きながら、すぐ後ろのアッシュを不思議そうに見上げた。どうして? 何故アッシュがそんなに自信満々なの??
開いたままの口元が微かに読み取れたのだろう、アッシュはあたしの疑問に答えてくれた。
「僕も少なからず君のパパの過去を知っているからね。あんなに辛い人生を歩んできたのに、いつでも笑顔を忘れなかったのは、本当に強い心を持っているからだと思うよ」
「アッシュ……」
まだ暗がりのままの室内で、もう一度アッシュに抱きついてしまう。いつの間にかパパと同じくらいに伸びた身長、その抱擁に心地良さを感じながら、でもあたしの心の中には一抹の不安が存在した。
「だからこそ……怖いんだよ……。パパはママのためなら、危ないこともしちゃいそうで……」
涙が一雫、アッシュのシャツに染み込んでいった。背中に回した手に力を込めたその時。
「ルヴィ? ……いる、の?」
扉の外から恐る恐る聞こえてきたのは──ルクのあたしを探す声だった──!!
※ラヴェルの辛い過去は、お手数ですが一作目『ラヴェンダー・ジュエルの瞳』をご参照ください。