[11]運命の出逢い? 〈T〉
ヴェルの王家アイフェンマイアのお城は、我が家からほぼ真っ直ぐ北へ向かって徒歩十分といった所に在る。
広大な敷地はまるで毛足を揃えた緑の絨毯のようで、整然とした木々のこんもりとした丸みも可愛らしい。早咲きの花々が既に幾つかの花壇を飾っている。もちろんラヴェンダーもお城を囲むように生垣を作り、白亜の宮殿を一層白く輝かせる。こんな美しい宮殿で鮮やかなドレスを纏ったら、きっとあたしだってお姫様に見間違えられるだろう! でもママが用意してくれたのは、あたしのピンク・グレーの髪色を映えさせる、白い膝丈のシンプルなワンピースだった。
あれから我が家に到着したあたし達は、アッシュのご教授で約三時間の地獄の特訓(!?)を終えた……。
いつもは使われていないお家だから、三年分の埃が積もっている筈! と、清掃を手伝うという名目で逃げるつもりだったのに、タラおばちゃんとツパおばちゃんが、ある程度の掃除を前日に終えてくれたとのこと。お陰様でルクとあたしの宿題は、七割程度は終わっただろうか? でももうそれ以上は集中力が続かなくて、とうとう根を上げたあたし達を、アッシュは何とか解放してくれた。
それからしばらくゲンナリと机に突っ伏して眠ってしまい、気付いたら昼食会へ出発する時刻が迫っていた。ママに起こされて支度をして、髪は結い上げるほどの長さはないので髪飾りだけを添えて……あたし達が昼寝をしてしまった間に、タラおばちゃんの自宅で衣装替えを済ませたアッシュも加わり、五人で王宮に到着したのは、開催十五分前というちょうど良いタイミングだった。
案の定、礼服に着替えたアッシュはまるで王子様のようで、反面ルクは「着ている」というよりも「着られている」状態だったのは……言うまでもない。
入口で出迎えてくれたのは、敷地内の政府機関に勤めるツパおばちゃんとロガールじじ様。青みがかった黒髪を首の後ろで束ねたツパおばちゃんは、何故かいつも長い前髪で目元を隠していて、小柄で細身で……正直言って「おばちゃん」とは言えない外見だ。というのもツパおばちゃんはまだ若い頃、魔法で時間を止められていた期間があるからなの。本当の年齢は五十歳を越えている筈だけど、そのせいで今もまだ二十代後半にしか見えない。
反面ロガールじじ様はがたいは良いけど、その呼び名の通りすっかりおじいちゃんだ。白髭を蓄えた口元も目元も皺だらけ。でもパパやママが初めて会った時には、もうおじいちゃんだったみたいだから、それは仕方のないことだろう。
「ねぇ、ツパおばちゃん~タラおばちゃんは?」
一通りの挨拶と我が家の片付けのお礼を終えて、あたしがツパおばちゃんに尋ねたその時だった。
何だろう……? この背中に感じる寒々しい空気は??
「あら~リルヴィちゃん……ご無沙汰とはいえ、その呼び名はなあに?」
「ひ、ぃ……??」
声色は明るくてトーンも高いのに、この突き刺さる棘のような雰囲気は──!
「タ、タラおば……あ~いえっ、タラお姉様!!」
振り返った先には片側のこめかみを引きつらせて、それでも笑顔を保とうとする長身の美女が立っていた!
「三年経ったからって、それはないわよねぇ~リルヴィちゃん! ラウルもユスリハちゃんも娘の教育がなってないわヨー」
再び振り向いて背後のパパとママを見やる。二人はあたしに「めっ!」という視線を送りながら、タラおば、ええと、タラお姉様に苦笑いを返していた。
「エヘヘ~ごめんなさいって! お久し振りですータラお姉様! 三年経っても相変わらずお若くてお美しい」
「ヤァだ~何処でそんなおべんちゃら身につけたの? さすがに十代は三年も経てば変わるわネー、顔は益々ユスリハちゃんに似てきたんじゃない? でもそんなお世辞は誰に似たのかしらん??」
「いえ、お世辞なんかじゃないですってば! ──あれ?」
あたしはおどけたやり取りをしながら、今までの再会と同じようにタラお姉様に抱きついた。亜麻色の滑らかなウェーブ・ヘアに色っぽい涙ボクロ、パパより六歳も上の四十代半ばなのに、時間を止められていなくても若々しい姿、溢れそうな形の良いバストも前回会った時と変わりはなかったけれど、抱きついた胸の下は……驚くほど張り出していたのだ! それに気付けなかったのは、いつものスタイルの良さが分かるピッタリとした衣装ではなくて、随分緩やかなドレスを纏っていたからで……これって──!?
「ンフフー! ついにワタシもネ~待望の赤ちゃんを授かったのでした!」
「わっ! タラおばちゃんに赤ちゃんが!?」
「コラっ、誰がおばちゃんですって~!!」
あたしは驚いて身を放し、つい出てしまった呼び名に怒るお姉様に、バツの悪そうな笑顔で謝った。結婚して何年も経つのに、ずっと恵まれなかった赤ちゃん……タラお姉様のお腹にもとうとう宿ったんだ!
パパとママとあたしからの祝福を受けた幸せそうなお姉様の後ろには、アッシュのニコニコ顔に似たシアンお兄様の美形な微笑みがあった。
「タラお姉様、もう一度触っても……いい?」
あたしは恐る恐る手を伸ばした。
「もちろんどうぞ。なかなかの暴れん坊で困ってるの」
丸みのあるお腹にそっと触れる。途端ピクっと動く衝撃を感じて……
「あらん、男の子なのかしら? リルヴィちゃんを気に入ったのかもネ? アシュリーもルクアルノも、頑張らないとこの子に取られちゃうわヨー」
「え?」
少し離れて左右で見守っていた二人を順々に目に入れた。途端そっぽを向く二人……って??
「初めまして、お姉様とお兄様の可愛いベビちゃん」
あたしはお腹を撫でながら、再会と共に得た新しい出逢いに喜びを感じた。
その挨拶に応えるように、先程よりも大きくお腹が波打った──!!
ちょうどラヴェンダーと妊婦さんの画像を見つけましたので掲載してみました☆
こちらのモデルさんには失礼ですが、実際のタラはもう少し細面で華奢なイメージかと・・・(汗)。
後書きに前作で使用致しましたツパイとタラのイラストを置かせていただきます*