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黒い巨体が足を止めた。だが足踏みを続けている。目の色がだんだん黒く変わっていくが、今こそ矢を放つ時ではないのか?
ブ、ブ、ブ。
黒いユニコーンが首を振る。なんだ?
あたりに甘い香りが漂った。
黒ユニコーンは、クルッと向きを変えると、踊るような足取りのギャロップで、待ち受けるユニコーンと馬達の方向に向かう。
ええ?!振り上げたこの剣をどうすればいいんだ?
ボウッ。
後ろに現れたアプレイウス師が私の肩に手を置いた。
「魅了を強化して、黒ユニコーンの気を引いたんじゃよ。」
この甘い匂いはそれか!剣を急いで収めると、私は口と鼻を手で覆った。
「大丈夫。人間には効かん。馬供に犠牲になってもらおう。」
私の愛馬も牡なのだが。ため息が出る。
イザドラがそろそろと戻って来た。
「ユニコーンって、移り気で、気まぐれっていうけど、本当ね。全く集中力と持続力がないのね。」
リオン殿下とセスもこちらに向かっている。私は殿下の様子を確認するために殿下に駆け寄った。が、私の手は振り払われた。投げたことがお気に召さなかったのだろう。元気なご様子だからよしとしよう。
セスがようやく我々の元に戻って来た。
「テオは?」
イザドラが、
「消えたわ。」
ブン、という声と共に、イザドラが、右手の手のひらを空に向けて開く。
「消えた?文字通り?魔法?」
セスが問うと、アプレイウス師が、
「いや、魔力はないと思うがな。さすがに魔法を使われたら、わかるぞ。」
と首をかしげる。
「とにかくこの場から離れよう。ユニコーンが戻ってくるかもしれん。安全な場所まで一旦退却だ。」
セスに、
「どうだ?君の矢であいつを倒せたと思うか? 」
と確認する。倒せるなら何らか手が打てないだろうか。荷物を諦めきれない。
「一発では無理ね。あんたが懐に飛び込むつもりなのは見えてたから、喉元狙ってたんだけど。アプレイウスがもっといい方法があるって言うんで。」
歩きながら小声で話しをする。アプレイウス師に、
「少し時を置いてユニコーン達に近づけば大丈夫だろうか?・・・奴らが遊んだ後に。」
「発情が治れば、どうかの。ずっとあのままじゃないだろうが。それにしてもあの数だ。黒だけじゃなく白のユニコーンも相手にしなくちゃならないような事態は避けるべきだろうな。倒すことを考えんほうが良いのではないか?」
アプレイウス師もセスも戦うことには乗り気ではないようだ。
「処女が近くっていうのもねぇ。黒ユニコーンが牡が好みなら、あんまり意味ないんじゃない?童貞ならいいのかな。あ、私はダメよ。」
童貞の定義はよくわからんが、なんとなく視線が殿下に集まった。馬鹿な。そんな危険なことを、誰が殿下にやらせるか。
沈黙を遮って、イザドラが思い出したように声をあげた。
「あ、殿下、貴方吃音もちなのね。」
皆の歩みが止まった。