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これはやばいやつだ。
「逃げろ!」
と叫んで、殿下を抱えて起きあがる。
セスはすでにはるか先を走っている。アプレイウス師がそれに続く。殿下を抱えた私とイザドラは遅れをとっていた。
「走れ!」
並んで走っているイザドラを再び急かすと、 イザドラが荒い息の下から
「歩いてるように見える?」
と、悪態をついた。
ドッ、ドッ、ドッ
重い足音が近づいてくる。
「・・・お、お、置い、てけ。」
脇の下に抱えている殿下から初めてのお言葉を頂いたが、従うわけにはいかない。なお一層力を入れて、殿下を抱きしめた。
アプレイウス師の姿が突然消えたかと思うと、かなり離れた木の下にいきなり現れる。移転魔法を使うのなら、殿下を一緒に連れていってほしかった。
アプレイウス師の元にセスが走りこみ、こちらを向いて弓をつがえる。3本の矢が一度に飛ばせる弓だ。
ドッ、ドッ、ドッ
音がなお一層大きくなる。鼻息まで聞こえそうだ。
セスの弓がしなる。弓だけで倒せるのか?あの巨体を一度に貫通するほどの威力があるのか?勝算があるのか、走りながらも必死に考える。失敗した時は殿下もろとも踏み潰されるだろう。手が空いていないのは絶対的に不利だ。
セスの声が届いた。
「伏せろ!」
イザドラが急いで頭を下げる、というかそのまま地面に倒れこんだ。そのままイザドラはくるくると回転しながら横に逃げる。
私は迫りくる黒い巨体を見ながら、思い切りよく殿下を矢の軌道から離れた方向に投げ飛ばす。踏み潰されるよりはマシだ。怪我をしない距離で、出来うる限り遠くへ。
殿下の着地を確認することなく振り向き、姿勢を低くしたまま腰の両側から下げていた剣を両手で一本づつ抜き放つ。長くはない。相手の懐に飛び込まなくては意味を為さない。近距離で戦うためのものだ。
だが、特別に重く作ってもらった剣。女性の剣は一振りに威力がないと言われ、それを補うために重くした。鍛錬の末、片手で扱えるようになるまで、どれだけの道のりだったことか。
頭と腰、そして重心を下げて、巨体の足元に飛び込むのだ。セスの矢が届いた時こそそのチャンス。
カキィン。
剣を合わせててその隙間から真っ赤な目を睨みつけた。
ド、ド、ド。
今か今かと矢を待つ。
その時、湖の畔で待つユニコーン達の群から声がした。
ブ、ブ、ブ、ヒーン。
ブルブルブル。