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セスと私が草むらの陰から匍匐前進で進む。我々の視線の先には、馬達たむろしていた・・・ユニコーン達と共に。
湖の畔で、くつろぐユニコーン達、と馬。ユニコーン達の美しい金のたてがみと白い体が光を弾いている。そのたてがみを、私の平凡な栗毛の愛馬が口でつくろっている。
「なんなの、これ?ユニコーンて、こんな感じだっけ?馬を魅了するの?」
セスが隣で呟いている。
「なんにしろ、馬たちを取り返す方法はないかな?少なくとも食料の入った荷物は必要だ。」
私はユニコーンたちから目を離さず答える。
「ユニコーンて、処女だったら近寄れるんじゃなかったっけ?」
そう言うと、セスが、後方に控えていた、イザドラにこちらへ来るよう合図を送った。止める暇もなかった。
イザドラだけならまだよい。殿下とアプレイウス師、おまけにテオまでごそごそ、もそもそと四つん這いで忍び寄ってきた。
こんなに大勢ではすぐに気配を悟られるぞ!
「何よ?」
イザドラがセスに問う。
「あんた、あのユニコーンのそばまで行って、荷物を運んでいる馬だけでも引っ張ってくることできない?」
イザドラが目を細める。
「なんでよ?」
「処女ならユニコーンを刺激しないかもしれないじゃない。」
セスが短く答える。
私は慌てて殿下の耳を塞いだ。
イザドラは、考え込むように左の口角を、キュッとあげると、
「処女じゃないからダメなんじゃない?」
とのたまった。
セスの目が少し大きくなる。
「聖女だとは信じてなかったけど、処女でさえないの?」
呆れたように呟く。
「神殿付きの養護院育ちだからね。とっくの昔にタチの悪い神官に手を出されてるわ。養護院育ちでヴァージンの聖女なんて今時いやしないわよ。」
表情一つ変えずに返事をするイザドラに、さすがのセスも言葉がないようだ。・・・私もない。私たちの視線は、思わずイザドラに集中してしまった。耳を塞いで、会話が聞けないようにしているはずの殿下でさえ、イザドラをまじまじと見ている。
そのイザドラが呟いた。
「何あれ?」
イザドラの視線の先を探る。
他のユニコーン達、そして我々の馬の1・5倍はありそうな真っ黒な馬が湖の中から出現する。
その巨体はまるで油を流したように、黒く照り返している。そして額には黒々とした一本の角。
黒いユニコーン、そんなものが存在するのだろうか。いや、目の前にいる。
他のユニコーン、そして馬達からの熱い視線を集めつつも、黒のユニコーンは、首を高く上げ、嘶いた。
ヒヒーン!!
呆気にとられている私の横で、セスとイザドラの会話が進んでいた。
「黒くてもユニコーンなの?ユニコーンと同じ性質なの?処女なら近づけるの?」
イザドラの問いにセスが鼻を鳴らす。
「処女じゃないなら関係ないじゃない。」
「いや、私じゃなく・・・」
セスとイザドラ、アプレイウス師の視線が、私に集まっている。殿下とテオも、こちらを見ている。
こっち見るな。
アプレイウス師が、
「いや、うーん、どうだろうかの。」
と呟く。どう言う意味だ。
眉をしかめた私の腕を、殿下が注意を促すように叩く。殿下の視線はすでに黒いユニコーンの方向に戻っている。ハッとして私もユニコーン達を再び見つめた。
黒の巨体が、セスの馬に後ろからのしかかっている。
「!」
私は慌てて殿下の目を塞いだ。
セスが、
「私の馬、雄よ!」
と、狼狽している。
思わず、
「「「あんたが言うな!」」」
と小さな声で囁いた。しかし、時を同じくしてイザドラとアプレイウス師同じ発言をしたらしい。皆声が重なって、結構大きなものとなってしまった。
黒い頭の黒い瞳がこちらをじっと睨んだかと思うと、その目がいきなり赤くなった。