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舐めたまねしてくれるんじゃないの。この私を門前払いできると思うとはね。
「とにかく前もってご予約のない方とは、ご主人様も奥様もお目にかかれません。それに、ご主人様はお留守でございます。」
じゃあ、奥様いるんじゃないの。妹ちゃんからの情報によると、このご主人様と奥様っていうのは現イエーツ伯爵である、アーロン・イエーツ夫妻のことをいうらしい。
家令は、私の腕の中ですやすや眠る(お昼寝時間らしい)赤ん坊を見て、一瞬顔色を変えたけれど、その後は、一切赤ん坊に目を向けなかった。その無理矢理な視線が、赤ん坊を知っていることを示しているとしか思えない。
「じゃあ、ご主人様とやらに伝えてくれるかしら。イエーツ家による育児放棄とみなし、貴族院の方に提訴するってね。」
使用人相手じゃどうしようもない、押し入って赤ん坊置いてくるわけにもいかないか、と思い、踵を返そうとした途端、階段から若い男が急足で駆けつけた。
大した距離を走ったわけでもないだろうに、息が上がっている。
「ちょっと、待ちたまえ!当家にその子の育児義務はない!そいつを育てるのは、家を出ていった、ミュリエルとモーガンの責任だ!イエーツ家には何ら関わりのないことだ!」
ここで息が切れたらしい。
「あんたは?誰よ?」
肩で息をしながら、それでもそっくりかえって男が答える。
「次期、イエーツ家当主、エドウィン・イエーツだ。」
なるほど、こいつが遠縁の養子候補ってやつね。赤みがかったブラウンの髪、弛んだ腹回りは、イエーツの出来損ないって感じ。
「正式に貴族院を通して絶縁でもしない限り、ミュリエルはイエーツ伯爵家の跡取りでしょう。そのミュリエルの子をイエーツとは関係ないとは言えないわよね。」
ミュリエルが絶縁されたなんて話があるのなら、妹ちゃんが知らないわけがない。あの子の諜報能力は買っているんだから。
エドウィンが顔を赤らめた。
「現在正式な手続き中だ!手続きが完了したら、ミュリエルやその・・・」
エドウィンの指が私の腕の中で眠っている赤ん坊を指さしている。
「女の腐った、オカマの子供なんぞ、この家とはなんの関わりもなくなるんだ。」
私は一瞬天井を見上げた。あー、久々だわ。最後にこの手の会話したのって、家を追い出された時ぐらいかも。
「お前も、あいつの仲間だろう!女みたいな口聞いて、男に媚び売って・・・」
赤ん坊が目を覚ましたらしい。ゴソゴソ動いているので、エドウィンにこれ以上物を言わすのはやめにした。
2歩踏み込んで、エドウィンの真前に立つと、喚き足りないエドウィンの首根っこをシャツごと空いている方の手で掴み、つまみ上げた。私の肩までない身長のエドゥインの体は楽々持ち上がり、両足が空に浮いている。
「なっ、は、はなせ!」
もう片方の腕の中で、赤ん坊がきゃっきゃと笑う声がする。
「誤解があるようだけど、あたしがオネエ言葉使ってんのは、手っ取り早く相手を見分けるだけのためよ。別に女役したいわけじゃないのよね。なんなら試してみる?あんたみたいなのを穴だらけにするのなんて、わけないわ。」
いや、まったく、こんな奴に興味はないが。どうしてみんな男だったら皆狙われると思うんだろうね。
「あんたみたいに、やたら突っかかって来る奴って、大概潜在的ゲイなのよね。」
「や、やめろ!」
威圧を込めた視線を送ったあとで、エドウィンに濃厚なキスをする。舌は入れない。噛みつかれるとやだし。
「うっ、ふっ・・・」
そのままエドゥインの体を投げ飛ばした。尻餅をついているエドウィンに、家令が駆け寄った。
力関係を理解させるためこれぐらいはやってやるけど、お生憎様、ここまでよ。
口を必死に拭うエドウィンに、
「じゃ、言付けよろしく!私と赤ん坊はストラウス伯爵家にいるから。」
と、言い放って外へ向かった。女手のないウチよりは、(イザドラは明らかに数に入らない)ストラウスの方が何かと頼りになりそうだし。
腕の中の赤ん坊は、何が気に食わなかったのか、
「ぶー、ぶ。」
と口を尖らせている。来た道を戻りながら、未だ赤ん坊の名前がわからないことに気がついた。




