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西の森の入り口で、それまで殿下と聖女を乗せていた馬車を手放した。この先の獣道に馬車は乗り込めない。アプレイウス師と弓使いセス、そして私はそれぞれの愛馬に騎乗しているが、聖女イザドラとリオン殿下は、御者であるテオの操る馬車でここまで来ていた。幼い殿下に徒歩は厳しかろうということで、この先は馬に乗り換え、ギリギリまで進む予定だった。私の馬には殿下を同乗させ、イザドラ様はセスと、と出発準備の段階で指示したのだが、セスに
「いやよ。」
と、にべもなく断られた。
この一言でようやく、妹フリスの言う、“失敗を期待されているメンバー”と言うのに思い当たった。女性に興味のない御仁らしい。
セス・アスターは、私とほぼ変わらない身長と、私より一回り広い肩幅の弓の名手だ。つまりこの男も周りの男性よりガタイが良い、ということだ。弓の名手であることは、ここに到達するまでに、小動物を苦もなく狩る様子を見ても、明らかだった。自慢の腰まで長い黒髪を、全て細かい三つ編みにして、肩のあたりで軽くまとめている。
聖女イザドラが、初対面で、まじまじと目を合わせながら、
「なんでまたそんなめんどくさい髪型にしてるのよ?」
と聞いたら、
「私の美しい髪を伸ばしたまま、弓に巻き込まれないようにするのにはベストな形よ、うるさいわね。」
と、切り返していた。セスはこの髪型をトレッドロックと呼んでいる。美しくあることには、尋常ならざる執念を燃やしているが、同性愛が容易に受け入れられているわけではないこの国で、セスはかなり浮いた存在なのだろう。結果、勇者軍団に仲間入りという訳だ。
イザドラはイザドラで、口をひらけば毒を吐くタイプの聖女らしく、すでに何度かセスとやりあっていた。おまけに同じ馬車に乗っていたので、一番その機会が多かったろうに、リオン殿下と仲良くなった節は全くない。失礼な態度はとっていないようだが、馬車の揺れから来る酔いをどうにかするのに精一杯のようだった。神殿から滅多に出たことのない、箱入り聖女だそうだ。
殿下は殿下で、相変わらず俯きがちで、誰とも交わろうとはしない。頻繁に話しかけるアプレイウス師の言葉に反応する様子も見せなかった。休憩が必要な時には、御者のテオに合図を送り、
「トイレですか?」
と、テオが問いかけているのに頷いているところを見ると、話は理解しているらしい。だがアプレイウス師に返事をしないということは、魔術の訓練も全くなされていないということだ。
アプレイウス師はこのグループで唯一笑顔を絶やさず皆に話しかけている。が、その成果は滅多にない。それでも細い目をなお一層細めて事あるごとに会話を始めようと努力していた。セスの髪型も、ご自分のすっかり白くなった髪に触りながら、
「儂もやってみようかの。」
と冗談を飛ばしていたが、
「禿げるわよ。」
の一言で却下されていた。
すぐに仲間意識が出来るとは思っていなかったが、この状態は酷すぎる。私がリーダーだとは思うのだが、どうすればよいのか、見当もつかない。
胸元に抱え込むように殿下を乗せながら、ゆっくり馬を歩かせる。イザドラを後ろに乗せて、馬の手綱をとるテオを見ながら、つらつらと今後のことを考えていた。
突然私の愛馬が嘶きながら後ろ足で立ち上がった。
ヒヒーン!