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勇者様と言うなかれ  作者: 大島周防
愛の狩人編
49/91

1

「旦那様、起きて下さい。」


執事のジャービスの声がする。


久々の王都で、行きつけのバーに繰り出し、足元がふらつくまで飲んだ。北の砦では、芋焼酎しかなかったから、久々のマデラ酒とバーボンカクテルは美味かった。帰途を祝ってくれる仲間に次々と奢られ、ガンガン飲まされた。


自宅のベッドに倒れ込んだ時は、日を跨いでいるどころか、空が青味を帯びていたから、きっと夜明け直前だったのだろう。


「セス様!旦那様!」


うっさいな。寝入り端なのよ。目も開けなかった。


「旦那様、庭先に赤子が捨てられておりました。いかがいたしましょうか。」


そのうち消えると思っていたジャービスだが、話を止めるつもりはないらしい。ぼんやりした頭で返事をする。


「養護院か教会に連れてけば?街の孤児院なら、捨て子引き受けるでしょ?」


王都に流れてきた貧民が、生活苦から子供を捨てるというケースは後を絶たない。そのための孤児院だ。


「街の孤児ではないようですよ。身なりもよければ、まるまるとした・・・貴族の子かもしれません。旦那様に心当たりは?」


あほか。


「知らないわよ。丈夫そうなら、そのへんにほっときなさいよ。」


そのまま枕を顔の上に当てて、朝の光を遮り、再び眠りにつこうとする。話す意思はないことをジャービスに示した。


「わかりました。」


ベッドの隅、頭の右上が凹む気配がした。意地でも目を開けなかったら、あっという間に意識がなくなった。


・・・という夢を見たと思っていた。



「何これ?」


髪の毛を引っ張られる感覚に目を覚ますと、ベッドの上に、座ったまま、私のトレッドロックを口に入れている赤子がいた。


「ジャービス!」


3度呼んだところでジャービスが現れた。広い家でもあるまいし、どこで油売ってるのよ。


髪の毛をがっちり掴んで離さない赤子のせいで、頭を動かせない。目だけジャービスに向ける。


「何これ?」


赤子を指さすと、ジャービスは、


「もう昼近くになります。お腹を減らしているのではないでしょうか。」


と、いけシャーシャーと答えやがった。


「私の髪食べたってお腹は膨れないでしょ!連れてってなんか食べさせなさいよ!」


「何をでございましょう?生憎私は子供の世話をしたことはございませんし、赤子に飲ませる乳もございません。この館には女手もございませんし。」


あ、それで思い出した。


「イザドラは?」


難民だけではなく、精神的に傷を負った元兵士達の治療を本格的に始めるため、その施設を作る交渉を神殿とすべく、イザドラとテオも王都に戻ってきている。神殿の宿泊施設だと一緒に寝れないからといって、あいつらはウチに居候している。


「すでにテオ様と神殿に行っていらっしゃいます。赤子のことは相談しましたが、『知らなーい。まだ子供産んだことなーい。』とおっしゃいまして・・・」


あいつら、一宿一飯の恩義というのを知らないらしい。赤子は相変わらず私の髪をガジガジしている。ゴワゴワになったらどうしてくれる。


「ばっちいから、お離しなさい。」


ジャービスが赤子に冷静に声をかけているが、そんなの聞きやしない。


「どうやら歯が生えてるから、乳じゃなくてもいいんじゃないの?りんごのすりおろしたやつとかない?あと、私にも水持ってきて!」


赤子に髪を引っ張られて、頭の中で鐘が鳴り始めた。


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