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「旦那様、起きて下さい。」
執事のジャービスの声がする。
久々の王都で、行きつけのバーに繰り出し、足元がふらつくまで飲んだ。北の砦では、芋焼酎しかなかったから、久々のマデラ酒とバーボンカクテルは美味かった。帰途を祝ってくれる仲間に次々と奢られ、ガンガン飲まされた。
自宅のベッドに倒れ込んだ時は、日を跨いでいるどころか、空が青味を帯びていたから、きっと夜明け直前だったのだろう。
「セス様!旦那様!」
うっさいな。寝入り端なのよ。目も開けなかった。
「旦那様、庭先に赤子が捨てられておりました。いかがいたしましょうか。」
そのうち消えると思っていたジャービスだが、話を止めるつもりはないらしい。ぼんやりした頭で返事をする。
「養護院か教会に連れてけば?街の孤児院なら、捨て子引き受けるでしょ?」
王都に流れてきた貧民が、生活苦から子供を捨てるというケースは後を絶たない。そのための孤児院だ。
「街の孤児ではないようですよ。身なりもよければ、まるまるとした・・・貴族の子かもしれません。旦那様に心当たりは?」
あほか。
「知らないわよ。丈夫そうなら、そのへんにほっときなさいよ。」
そのまま枕を顔の上に当てて、朝の光を遮り、再び眠りにつこうとする。話す意思はないことをジャービスに示した。
「わかりました。」
ベッドの隅、頭の右上が凹む気配がした。意地でも目を開けなかったら、あっという間に意識がなくなった。
・・・という夢を見たと思っていた。
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「何これ?」
髪の毛を引っ張られる感覚に目を覚ますと、ベッドの上に、座ったまま、私のトレッドロックを口に入れている赤子がいた。
「ジャービス!」
3度呼んだところでジャービスが現れた。広い家でもあるまいし、どこで油売ってるのよ。
髪の毛をがっちり掴んで離さない赤子のせいで、頭を動かせない。目だけジャービスに向ける。
「何これ?」
赤子を指さすと、ジャービスは、
「もう昼近くになります。お腹を減らしているのではないでしょうか。」
と、いけシャーシャーと答えやがった。
「私の髪食べたってお腹は膨れないでしょ!連れてってなんか食べさせなさいよ!」
「何をでございましょう?生憎私は子供の世話をしたことはございませんし、赤子に飲ませる乳もございません。この館には女手もございませんし。」
あ、それで思い出した。
「イザドラは?」
難民だけではなく、精神的に傷を負った元兵士達の治療を本格的に始めるため、その施設を作る交渉を神殿とすべく、イザドラとテオも王都に戻ってきている。神殿の宿泊施設だと一緒に寝れないからといって、あいつらはウチに居候している。
「すでにテオ様と神殿に行っていらっしゃいます。赤子のことは相談しましたが、『知らなーい。まだ子供産んだことなーい。』とおっしゃいまして・・・」
あいつら、一宿一飯の恩義というのを知らないらしい。赤子は相変わらず私の髪をガジガジしている。ゴワゴワになったらどうしてくれる。
「ばっちいから、お離しなさい。」
ジャービスが赤子に冷静に声をかけているが、そんなの聞きやしない。
「どうやら歯が生えてるから、乳じゃなくてもいいんじゃないの?りんごのすりおろしたやつとかない?あと、私にも水持ってきて!」
赤子に髪を引っ張られて、頭の中で鐘が鳴り始めた。




