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たまたま戻ってきたヴァルの部下に、元兵士達を見守るようにお願いして、私はテオに『奥さん』と呼ばれた女性がいるであろう来客を迎える部屋に向かった。クリストフの叫びの意味を頭の中で探りながら。
部屋に入ると、奥さんは、すでに手の治療を終えて、椅子に腰掛けている。頬の涙も乾いたようだ。子供はテオにすっかり懐き、テオの腕から降りようとしない。割と子供好きされる奴なんだ。
目線で子供を連れて外に出るように指示する。
テオは子供を抱いたまま、すれ違う時に、小声で、
「司祭と関係のあった未亡人です。」
と、囁いた。
なるほど。
立ち上がった未亡人に、再び座るようにお願いして、私も向かい側の椅子に腰を下ろした。
「あの、あの人一体?」
クリストフのことだろう。聞かれて、事情を説明する。
「帝国の元兵士なんですよ。とはいえ、農夫や商人なんかの訓練されていない人たちが無理矢理徴兵されて戦場に駆り出されたので、ちょっと精神的に・・・」
「おかしいんですか?」
顔を引き攣らせて奥さんが聞く。
「だいぶ落ち着いてきたんですよ。ただ、いきなり大声を出したり、血を見たりすると、戦場の記憶が呼び起こされてしまうようで。そうでなければ、本当に穏やかなんです。」
聖女様らしく、そこは嫌味なしに説明したが、アンタのせいよ、を付け加えたいところだ。
「そうですか。すいません。」
案外素直に謝った。
「いえ、ご存知なかったことでしょうし、何かお困りでいらっしゃったのでしょう?私にできることがあるならおっしゃってください。伺いますわ?」
決心して来たのだろうに、しばらく躊躇っている。
「あの・・・私の事・・・ご存知ですよね。あの子は、司祭様との間に・・・生まれた子です。」
まあ、そんなとこだろうと思ってた。様つけて呼ぶほどの奴じゃないだろ。
「そのような噂があることは知っておりました。」
「司祭様にはお知らせしたのですが、ご連絡はいただけませんでした。司祭様からの援助なしに、暮らしが成り立ちません。誰も助けてくれないんです。頼れる人もいません。それどころか、神殿の禁を犯したと、近所の人にも陰口を叩かれて・・・」
声が震えてる。
「あの、その前に。司祭からの援助を願ってらっしゃるのですか?神殿からの援助ではいけませんか?もし、ハリソン司祭を慕っていらっしゃるのであれば・・・」
「そんなことはありません!あんな奴!私が馬鹿だったんです。主人を亡くして、商売が・・・一人じゃできないし・・・相談に来ただけだったのに・・・」
まともな女だったら、どう考えてもハリソンなんかクソだと思うわな。夫を亡くして悲嘆に暮れてる時に引っかかったか?いい加減目は覚めてるだろ。
「では、ハリソン司祭のことは放っておきましょう。私と一緒に解決方法を考えましょう?」
奥さんがうん、うん、頷く。
「商売とは何をしていらっしゃるのですか?」
「毛織物、主に毛布を作って売っております。でも・・・機織りは私がやるんですが、羊毛を洗ったり、それを糸にするのは主人がやっていたんです。洗うのは重労働で。水を吸って重くなりますから。洗っただけでは綺麗にならないし、ゴミを取り除いて、叩いてほぐして、紡ぐのは、主人がやってくれていたんです。今は、私が全部やってます。人が雇えるような蓄えがないので。でも、時間がかかって注文には間に合いません。もう発注する店も無くなってしまって・・・」
糸を紡ぐって、あの、カラカラするやつ?なんだ、ピッタリの人たちたくさんいるよ。
「では、ほぼ無償の労働力さえあれば、かなりの問題が解消されますよね。」
目をぱちぱちさせている奥さんに、解決法を提示した。
「元軍人さん達に、羊毛を洗って糸にするところまでやらせていただきます。お金はすぐにとは申しません。商売が軌道に乗ったら、少しずつお支払いください。」
「ただでお仕事を受けていただけるんですか?」
「そうですね。元軍人さん達は今はまだ、回復期なんです。仕事をすることで、落ち着きを取り戻しているんです。今やってるジャガイモの皮むきの仕事もそろそろなくなりそうですから、糸を紡ぐのは、良い社会復帰の練習になるでしょう。」
「はあ、でも、そんなに発注がないので・・・」
「砦の方で、必要だと思いますよ。私の方から問い合わせておきます。帝国の攻撃に備えて、兵士の補充が行われていますから、毛布の購入は必要でしょう。」
難民もいるだろうし。
「帝国の攻撃?」
驚くばかりで、ピンと来ていない奥さんに、ヴァルのためにも念押しをしておく。
「帝国が、どれだけ平民の人たちを苦しめてるか、難民の方々から伺い知れます。彼らは帝国で不足している食糧や領土を奪うために必ずこの国にも攻め入ります。奥様も、元軍人の方々がどれだけ苦しんでいるか、きっとこれから知る事になるでしょう。街で物乞いしている難民の子供達を見かけたことはありませんか?」
奥さんがまた、うん、うん、と首をふる。
「ああやって、親を助けてたんですよ。帝国は民の苦しみなど全く無関心ですからね。自国の国民をそんな扱いしている国が、ここにやってこないはずがありませんわ。帝国難民の辛苦が、リンデンに広がらないよう、この街と神殿は、しっかり砦と手を組まなくてはなりません。」
呆気に取られてるだけじゃなくて、しっかり難民の苦難を街の人たちに宣伝してね。
商売の目処が立った奥さんと子供(よく見れば、瞳の色がハリソンだった。それ以上お父さんに似ないことを切に祈る)は、しっかりした足取りで帰っていった。明日、テオに糸紡ぎに必要なものを取りにいってもらおう。
キコ、キコの音を思い出していた時、全てが繋がった。あとはヴァルに確認だ。




